「単刀直入に聞くぞ、フィルマン」
「はい、なんでしょうか?」
俺に対して尊敬の念を抱き始めたフィルマンは、俺の質問に好意的な対応を見せてくれる。
よし、これで一気にフィルマンをこちら側に引き入れてしまおう。
「お前が領主の後継者に難色を示しているのは、リベカ・ホワイトヘッドとのことがあるからだな?」
「うっ…………それは」
一瞬言葉に詰まるフィルマンだが、俺の顔をじっと見つめ、何かを納得したように頷いた。
「ヤシロさんに隠し事をしても無駄ですよね、きっと。……そうです。ヤシロさんのおっしゃるとおりです」
フィルマンが腹を決めたようだ。
これまで、誰にも話すことがなかったのであろう本心を、俺たちの前で語り始める。
「僕だって、領主の仕事が尊いものであることは理解しています。そのような地位に就ける自分の身の上を誇らしく思うと同時に、そうなれるように様々な配慮をしてくださっているドニスおじ様には感謝しています……けれど……っ」
「ドニスは獣人族を、偏見の目で見ている」
「じゅう、じんぞく?」
「ボクたちの仲間にはそういう者たちが大勢いるからね。『亜人』だなんて、ボクたちは間違っても呼んだりはしないんだ」
エステラが補足のように説明する。
その言葉が琴線に触れたのか、フィルマンの頬に朱が差し、瞳がきらめく。
「素敵な考え方ですね。……羨ましいです、四十二区が。きっと、四十二区なら、種族の違いなど、結婚の障害にはならないのでしょうね」
「そうであると、ボクは信じているよ」
エステラ自身、まだ結婚を考えていないから断言は出来ないのだろう。
だが、きっとそんなもんは一顧だにされないに違いない。
「エステラ様のおっしゃるとおりです」
ナタリアも、エステラに同意する。
誇らしげに、主の発言の正当性を証明するための言葉を続ける。
「我が領主様の結婚において、障害になるのは胸のなさだけです!」
「余計なこと言わなくていいから!」
「胸がない!」
「余計なところだけを残すな! あと、あるから!」
「小さい」じゃなくて、「ない」って言葉をチョイスするあたりがナタリアだな。
「あ、あのっ! ぼ、僕は、胸の小さい女性を素敵だと思いますよ!」
「フィルマン君、そのフォローはいらないから。それに、『まぁ、なんとなくそうなんだろうな』ってことは分かっているから」
毒を吐かれまくったエステラが、ついに自らも毒を吐くようになった。
フィルマンをロリコン認定だ。
それも仕方ないだろう。なにせフィルマンのストライクゾーンは九歳だもんな。
「そろそろ、話を戻してもいいか?」
「……くっ。ナタリアがいる時はたまにヤシロが『まともな人間側』に立ったりするから……ちょっと悔しい」
騒ぎまくる『おもしろ人間側』の面々を余裕の顔で眺め、俺は常識人として場の空気を正す。
ったく。俺がいないといつまでもふざけるからなぁ、こいつらは。
「ドニスは、リベカ・ホワイトヘッドを迎え入れることに反対すると、お前は考えているんだな?」
「……はい。特に嫌っているというわけではないと思うのですが、そもそも、亜……獣人族との結婚というもの自体が一般常識的にあり得ないと思っているようで……古いタイプの人間ですから、ドニスおじ様は」
時代が変わろうとも、人間の価値観はなかなか変わらない。
かつては、貴族と獣人族の結婚は忌むべきものだという認識すらあったのだ。ドニスが特別偏屈だというわけでなく、「それが当たり前」という認識なのだろう。
その価値観を変えるのは難しい。
「ですから僕は、勇気を出して次のステップに踏み出そうかと考えているんです」
「次のステップ……?」
「はい! 僕と、リベ……彼女の恋愛のステップです!」
……たしか、こいつは今現在『目が合う』を目標にストーカーしているような段階だったと思うんだが。
その次のステップってなんだよ?
『あいさつする』とかか?
「僕っ、彼女と駆け落ちしようかと思っているんです!」
「ステップ飛ばし過ぎだろう!?」
もしくは、ものすっっっっっげぇ段差の大きな階段なのかな!? それ階段じゃなくて壁って言うんだぜ、絶壁ってな!
「それで、落ち着いたところで、『あいさつ』をして『手を繋いで』……」
「お前はあいさつもなしに駆け落ちするつもりなのか?」
「それはもはや誘拐ですね」
「うん。一度落ち着いた方がよさそうだね」
フィルマンの恋愛ステップに賛同する者は皆無なようだ。当然だっつぅの。
「でもヤシロ、どうするのさ?」
小声で、エステラが話しかけてくる。
声には、少しの緊張感が込められている。
「リベカさん……教会に気になる人がいるんだよね?」
「まだ、不確定ではあるがな」
「あの感じからして、間違いないと思うけど?」
「思うだけ、だろ?」
「それは、……そうだけど」
リベカにとって、思い入れの強い人物が教会にいると、バーサは言っていた。
リベカの反応を見ても、それが気になる異性ではないかと思われる。
……が、それはあくまで俺たちの予想でしかない。
真実は違うかもしれないし、仮にそうであったとしても、フィルマンに入る余地がないとは限らない。
なにせ、次期領主と目される男だ。
横入りして掻っ攫うくらいは…………普通なら出来るはずだ。
「ダメならダメで、次の手を考えるまでだ」
俺たちは、フィルマンに彼女を作るのが目的ではない。
フィルマンの強烈過ぎる片思いにケリを付けるのが目的だ。
恋にのぼせて、私生活全体がふわふわしちまっているフィルマンに、地に足をつけろと言ってやるのだ。
「確かに。とりあえず会ってみないことには話が進まないかもしれないね」
そんなエステラの言葉には、「断られる可能性は高いけど」という思いが滲み出しているように思えた。
目が合うと、随分と気を遣ったような苦笑を向けてきた。あぁ、やっぱそう思ってんだな。
「フィルマン君は、リベカさんと話をしたことはあるのかな?」
次期領主候補と、その区の要とも言える麹工場のナンバーワン。面識くらいはあるのかもしれない。
――と、思ったのだが、フィルマンは首を横に振った。
会話をしたことはないらしい。
「お、おしゃべりとかは、結婚してからかと……」
「無言で結婚までこぎ着けるのはたぶん不可能だと思うよ!?」
これには、さすがのエステラもツッコミを入れずにはいられなかったようだ。
フィルマン。それはもはや純情ではない。
ただのヘタレだ。
「でも、何度も見ていますよ!」
「一方的にな」
「リベカさんは気付いてないと思うよ」
「オマケに、行為自体は犯罪者と同じです」
結婚に向かって前進していると思っているのはフィルマンだけだ。
エステラの言うとおり、一度会わせないと話になりそうにない。
ドニスをどうするかは、フィルマンとリベカがどうなるかが見えた後だ。
「それじゃあ、会いに行くか」
「え、いえ、待ってください! 無理ですよ!」
フィルマンが俺にしがみついて必死な声を上げる。
「こんなに明るいと見つかってしまいますっ!」
「会いに行くんだっつの!」
どうすりゃいいんだ、この犯罪者。思考が完全にストーカーだ。
「そ、それに!」
フィルマンが俺の体を這うようにして、耳に顔を近付けてくる。
えぇい、不必要にべたべたすんな! 女には私物ですら指一本触れさせないくせに!
「……僕が館を出ると、使用人が後をつけてくるんです。今はまだ、リベカさんのことを知られたくはありません…………ドニスおじ様に何を言われるか、……分かりませんから」
夜中にこっそり抜け出すのは、闇に身を潜めなければいけない理由があるからというわけか。
こいつが身を隠さなきゃいけない相手は、リベカだけじゃないんだな。
「分かった。なら、俺が連れ出してやるよ」
「……出来るのですか?」
「あぁ。エステラとナタリアが協力してくれたら、な?」
頼もしい仲間にウィンクを送ると、ものすご~く嫌そうな顔をされた。
まぁまぁ、そんな顔すんなよ。人助けだって、人助け……ふふ。
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