「この世界って、重婚は『有り』なのか?」
「『無し』な国があるのですか?」
あ、そういう認識なんだ……
まぁ、こういう世界なら一族の断絶とかを物凄く嫌いそうな感じはあるよな。それこそ、跡取りのためにならなんだってやるってのが当たり前な感じだ。
「もっとも、最近では王族や、その周囲の位の高い貴族くらいしかそういうことは致しませんけどね」
「そうなのか?」
「お金がかかりますもの、複数の配偶者を持つということは」
「ま、それもそうか」
だが、アッスントやポンペーオなら、それくらいの金銭的余裕はありそうだけどな。
「じゃあ、一般人でももちろん重婚は可能なんだな?」
「ええ。制度的には問題はありませんわ。それだけの甲斐性があるのでしたら……」
と、イメルダの目が一瞬で凍てつくような冷たさを見せる。
不機嫌というよりかは……なんとなく、殺意に近しいものを感じたのだが…………
まぁ、さすがにそこまで大それたことではないとは思うが。
「ハビエルにも側室や妾がいたりするのか?」
「もしいたら……」
ズルリ……と、テーブルの下からハンドアックスが現れた。
「…………ワタクシの手で、とどめを刺しますわ」
「……た、たぶん、無いんじゃないかなぁ……ハビエル、奥さんのことすごく大切にするタイプっぽいし……はは」
そこまで大それたことだった……メチャクチャ殺意を振りまいてんじゃねぇか。
侮蔑、嫌悪、生理的不快感。そんなものを隠すことなく顔に表している。
イメルダが刃物を持っている姿を初めて見たが……恐ろしいな。一端の木こりとして、街門の外でも逞しくやっていけそうだ。
話を聞く限り、一夫多妻は認められているが、あまりいい印象は持たれていないようだな。特に、跡取り問題も深刻に受け止められてないような気もするし。
イメルダもエステラも一人娘なのに、どちらの親も息子を得ようとはしてはいない…………ん、そういえば。
「エステラも複数の婿をもらうことが出来るのか?」
「無理ですわね」
重婚が認められていると言いながらも、その件に関しては即答で否定された。
「あんな抉れ乳では、結婚そのものが怪しいですわ」
「いや、本人の資質じゃなくて、制度的にな?」
抉れ乳でもいいってヤツだって一定数いるんだから。
そうじゃなくてだな……
「それも無理ですわね」
「男が複数の嫁をもらうことは可能でも、逆はダメなのか?」
「貞操観念が緩い女主人など、いい笑い者ですわ。それに、婿が複数となれば、跡取り問題で骨肉の争いは必至……目に見えている争いの火種を歓迎する領民など、いるはずありませんわ」
どこの領民も、平穏な生活を望んでいるってわけだ。
領内で権力争いなんか起きた日にゃ、目も当てられないもんな。
「『あくまで』制度として重婚は認められていますが、世間がそれをどう受け止めるかはまた別の話ですから」
「違法ではないってだけで、進んでやるようなことじゃねぇってわけか」
「えぇ。それに、一夫一妻の普遍的な愛こそが美しいと思いませんこと?」
「住民の認識がそういう風に変わってきてるんだな」
「やはり、少々不誠実な気がしますものね、一夫多妻は」
「そんなもんか」
「あら? ヤシロさんは複数の奥方をお持ちになりたいんですの?」
まさか。
一人でも手に余りそうなのに、複数なんか御免だね。
絶対面倒くさいことになる。序列とかヤキモチとか……考えただけでも面倒くさい。
俺は一人の女性を愛し、愛され………………って、なに言ってんだ俺?
自分の思考に、ちょっと照れてしまった。
そもそも、俺なんかが結婚なんて……ないない。似合わねぇよ。
……俺のことなんかどうでもいいんだっつの。
俺が黙ってしまったせいか、イメルダの視線が鋭さを増す。まるで、俺の脳内を透視でもしようとしているようだ。
……やめろ。そんな目で俺を見るな。穴が開いたらどうする。
「ごほん!」
なんだか纏わりつくような嫌な空気になったので、咳払いを一つ挟み込む。
……ったく、イメルダのヤツめ……ったく、ったく。
「これまでの話をひっくるめて、一つ聞かせてほしい」
貴族は人間でなければなれない。
貴族でなくても、人間という種族は若干高く見られており、獣人族とは区別されている節がある。
重婚は制度的に認められており、中央区辺りでは側室や妾を囲っている貴族もいるだろう。
ただし、獣人族は側室にすらなれず、妾扱いが精々だ。
そして、一般人であろうとも重婚は可能である。ただし、それは倫理的にあまり好ましいものではない……と。
つまり、獣人族であるウェンディの家族が、人間のセロンとの結婚において『ウチの娘は人間の妾にされる』または、『それと同等の扱いを受けるのではないか』と考えることになんら不思議はないってわけだ。
そしておそらく、セロンもウェンディもそのことを重々承知している。
これはもしかして……結構根深い問題かもしれんな…………
少し、胸の奥の方が重苦しい感情に押し潰されそうになる。
四十二区の中から出なければ、きっとセロンたちの結婚はうまくいくだろう。なんの問題もない、幸せな生活が送れるに違いない。
なにせ、領主があのエステラなのだ。スラム問題をも乗り越えたこの四十二区には、差別なんてもんはもはや存在しないし、エステラがそれをさせないはずだ。
だが、問題は三十五区に住んでいるというウェンディの両親…………
「なぁ、イメルダ。お前の考えでいい。なんの確証もなくて構わないから、思うままに答えてほしいんだが……」
ただの世間話程度の信憑性で構わない。
俺以外の人間の意見が聞きたかった。
「セロンとウェンディの結婚は、うまくいくと思うか?」
「いくと思いますわ」
あっさりと、イメルダはそう答える。
さも、当然のことであるかのように。
そして。
「だって、ヤシロさんがそうなるように動くのでしょう?」
期待を込めた視線を向けられた。
いや、まぁ……そうなるようにするつもりだけどさ。
そういうことじゃなくて、客観的な意見をだな…………
「好きな人と一緒にいたい……その気持ちと同じくらいに、好きな人には満たされていてほしい……そう思う気持ちは、ワタクシにも分かりますわ」
ふと、乙女のような柔らかい表情を覗かせる。
当たり前なのだが……イメルダも女の子なんだなと、思った。
「みんなが幸せになれる結末を、期待していますわ」
「……俺に過度の期待をするなよ。小心者なんだから」
「うふふ……面白い冗談ですわ」
ふん。信じちゃいねぇか。
聞きたいことも聞けたし、なんとなく問題のアウトラインも見えてきた。
俺は席を立ち、イメルダに礼を述べる。
すると、玄関まで見送りに来てくれたイメルダが、別れ際にこんなことを言ってきた。
「頼ってくださって、嬉しかったですわ。また、いつでも頼りに来てくださいまし」
清々しく晴れた青空によく映える、爽やかな笑顔だった。
こんなことで喜ばれると、なんだか悪い気もしないではないが……また何かと力を借りることになるだろうし、その時は盛大に甘えてやろうと思った。
イメルダの家を出て、陽だまり亭へと戻ってくる。
店内に入ると……
「……マグダはこれがいい」
「あー! それあたしも狙ってたです! 微かにですが一番大きいヤツです!」
「あの、お二人とも。どれも同じ大きさですから。ね? 仲良く分けましょう」
一つのテーブルを囲み、ジネットたちが何やら騒いでいた。
「何やってんだ?」
「あ、ヤシロさん。お帰りなさい」
ジネットが俺に笑みを向けてくれる。が、マグダとロレッタはテーブルの上に置かれた物に夢中なようだった。
「チーズタルトか?」
「はい。『檸檬』のオーナーさんが、新作を作ったのでと持ってきてくださったんです」
それは、ほのかに黄みがかったレアチーズのタルトだった。
直径8センチ程度のチーズタルトが、綺麗に四等分されている。
「みんなで一緒に食べようと思いまして」
一人前の小さなタルトを、包丁で細かく切り分けて……
こんなもん、お前が食っちまえばよかったんだよ。二口ほどで完食出来るようなサイズだ。
それを、こんな細かく分けて……
「……こういうのは可愛い順で選ぶものだから、ロレッタは後で」
「酷いです、マグダっちょ!? あたしもマグダっちょに負けず劣らず可愛いですよ!?」
「お二人とも。それくらいにしてみんなでいただきましょう」
全員の前にチーズタルトを一つずつ配り、ぽんと手を合わせてジネットは言う。
「みんなで食べると、美味しいですからね」
一片の曇りもない、ヒマワリのような笑顔を浮かべるジネットを見て、俺はどこかでほっとしていた。
少なくとも……
ここには、くだらない差別なんてものは入り込む余地すらないのだと、そう思えたから。
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