「ちなみに、綿菓子はさっきみたいに千切ってシェアし合うのも『アリ』だ」
ネフェリーがしてみせたように、綿菓子を千切ってシェアすれば、みんなで一緒に楽しめる。口を付けることもないから、間接キスが気になるヤツでも大丈夫だ。
「じゃあ、みんなで食べよう」
「いいのかい、ネフェリー?」
「うん。みんな友達だもん」
「ネフェリーはいい娘だね!」
「人間が出来てるんさねぇ」
「……マグダは前からそう思っていた」
「優しさが顔にも出てるです! ね、店長さん」
「うふふ。そうですね」
「も、もう、みんな……褒め過ぎだよ。綿菓子が食べたいだけのくせに」
女子たちが顔を突き合わせて笑い出す。
なんともかしましい。
やっぱり、女子はこういう仲のいい感じがいいよなぁ。
「あたしたちもシェアしましょうね~☆」
「あたしたち、仲良しさんだもんね~☆」
「あぁ~ん、楽しみ~☆」
盛り上がっているムキムキオッサンの方には、意地でも視線を向けない。意地でもだ!
「んじゃ、もう一つ作るか」
この綿菓子器は、本体に付いたハンドルを回すことでザラメを入れた筒が回転し、遠心力によって綿状になった砂糖をタライの中へとはき出していく。
割り箸サイズの木の棒を持って綿菓子を絡め取る係と、ハンドルを回す係、二人の人間が必要になる。
さっきは、ノーマにハンドルを回してもらった。
ハンドルは軽い力で回るのだが、終わるまで回し続けなければいけないため、少々面倒だったりする。
本番はデリアに任せようと思っている。
やっぱ獣人族のパワーは必要だな。何をやるにしても。
「すまんが、誰か手伝いを……」
言いながら視線を向けると、きっらきらした瞳がたくさん、俺をじぃ~っと見つめていた。
全員やりたいらしい。
棒に絡め取る方を。
パーシーは気絶してるし、オッサンどもは「乙女に力仕事頼むなんて、ヤシロちゃん、乙女心を分かってなぁ~い」「女の子はね、頼れる男の子にきゅんってきちゃうのよ」とか、訳の分からないことを言われるので頼めない。
結局、俺が回すしかないか。
頼めそうなマグダやノーマは、「自分の番で失敗したくない」一心で、他人のやる作業を見学したがるだろう。
……しょうがねぇな。
「順番な」
「「「「「「はーい!」」」」」」
物凄くいい返事が返ってきた。
園児か、お前らは。
「くっ、意外と難しいさね」
「見てた時は簡単そうだったのに」
じゃんけんで順番を決め、一番になったノーマと、二番のエステラはうまくまとまらない綿菓子に苦戦し、いびつな形の綿菓子を作り上げた。
ノーマは強引に手で形を作り誤魔化して、エステラは妙に細長い変な形になっていた。
「……『白いふわふわしたなんか甘いおやつ』vs『赤いモヤモヤしたなんか光るヤツ』」
「『赤モヤ』使うなよ、こんなもんに!?」
「……ヤシロ、その略称は失礼。これはトラ人族に伝わる由緒正しき……」
「分かったから早くやれ! 疲れんだよ、ハンドル係!」
不服そうなマグダだったが、ジネットに棒を渡され綿菓子作りを始める。
何度か見るうちにコツでも見つけ出したのか、マグダの綿菓子は綺麗なふわふわを形成していた。
「……そしてここで、ザラメ、追加っ」
「勝手に増やすな!」
「……巨大綿菓子を作る所存」
「そういうの無し!」
マグダが勝手に追加してしまったので、急いでネフェリーにバトンタッチしてもらう。
「ちょ、私、まだ心の準備が……!」
いらんいらん、そんな準備。
日本なら、ビュッフェとか行きゃあ置いてあったりする、誰にでも出来るもんだからよ。
俺がガキの頃はデパートの屋上遊園に置いてあったんだよな。百円入れると一回分のザラメが出てきて、本体の横らへんに割り箸が入った箱が付いててさ。
「あ、見て見て! 結構綺麗じゃない?」
「わぁ、すごいです。ネフェリーさん」
あ、考え事してたらネフェリーのやるとこ全然見てなかった。
まぁ、見守るほどのものでもないんだけどな。
……で、失敗した最初の二人が悔しそうに見つめている。
うわぁ、「リベンジしたい!」みたいな顔でこっち見てるわぁ……
「それじゃあ、いよいよあたしの出番です!」
ロレッタが腕まくりをして前に進み出て、普通に成功させた。
「なんか盛り上がりに欠けるです!? みなさん、もっと盛り上がってです! あたしの綿菓子、いい感じに出来たですよ!?」
「いや、マグダとネフェリーも成功させてるし、なんかもう騒ぐほどでもないかなって」
「酷いです! ズルいです! あたしも褒めてです!」
「上手でしたよ、ロレッタさん」
お人好しのジネットがわざわざ褒めてやっている。
まぁ、これで、綿菓子は誰にでも作れることが分かった。
『宴』の際には、ガキどもに自分で作らせてやるのもいいかもしれないな。
「自分で作れる」を売りにすれば、陽だまり亭でも大ヒットするかもしれない。
自分でやると、なんか楽しいんだよな。綿菓子とかソフトクリームとか。
……ソフトクリームは、さすがに無理だよな。
「最後はわたしですね」
そして、満を持してジネットの登場だ。
と言っても、普通に成功させるだろう。
まさか、綿菓子に『こだわり』を発揮させたりはしないはずだ。
「じゃあ、行くぞ」
「はい。お願いします」
ザラメを投入し、ハンドルを回す。
「~♪」
「ごふっ!」
「ヤシロさん!?」
「いや、平気だから……続けてくれ」
突然、ジネットが童謡を歌い出したので動揺してしまった。
俺が教えてやった歌だ……くそ、もはやこの曲は聴くだけで恥ずかしい。
「ジネットちゃん。今のはなんの歌だい? 聞いたことないけど」
「えぇい、エステラ! 料理中に近寄るな! 火傷するぞ!」
「なんだよぉ、もう。怖い顔しちゃってさぁ」
近付いてきたエステラを威嚇して排除する。
……深く突っ込むな。聞き流せ。そして帰り道で転んで頭打ってここでの記憶を失え。
「ふん、ふん、ふ~ん♪」
ん……?
おかしいな。俺が教えた歌はそんなワルツ調ではなかったはずだが……
「ふぅ~ん、ふふ~ん♪」
あぁ、そうだった。
ジネットはリズム感と音感というものを持ち合わせていない生き物だった。
「下手っぴ」
「はぅっ!? ひ、酷いです。確かに、初めてなので手際は悪いかもしれませんけど……」
違ぇよ。綿菓子のことを言ってんじゃなくて、歌の方だよ。
「こうで、こうして、こう~♪」
なぜ歌うのか。
まぁ、楽しそうで何よりだ…………ん?
「~♪」
体を小さく揺らし、弧を描いた口から奇妙ながら楽し気な鼻歌をもらす。
ジネットって……こんな顔をして料理してるのか。
陽だまり亭リフォームの際に厨房をアイランド型のキッチンに変更したのだが、そっちは主に盛りつけや俺が手伝う時に使用していて、ジネットはいつも壁際のかまどを使っていた。だから、いつも厨房に立つジネットを見る時は背中からばかりだったが……
綿菓子器のハンドルを回す俺と向かい合うようにして立つジネット。
少し屈んでタライの中を覗き込んでいるから尚更、今日はジネットの顔がよく見える。
料理をするジネットの顔を、こんなに近くで、真正面から見たことは、これまでなかった。
なんというか……
ジネットの作る料理が美味い理由のひとつが分かった気がした。
こんないい表情で作られちゃ、そりゃ飯も美味くなるわな。
ま、顔で味が変わるわけはないのだが。
そんなことを考えながらも、ついつい見つめてしまう。
ジネットのその笑顔は、なんだか……、懐かしいような気がした。
「ヤシロさん、見てください。上手に出来まし……きゃっ」
ふわふわの綿菓子を完成させたジネットは、顔を上げるなり小さな悲鳴を漏らす。
「ビ……ビックリしました」
「あ、すまん」
まずい。
あまりにガン見し過ぎてしまった。
「どうせまた、前かがみになったジネットちゃんの胸元でもガン見してたんでしょ?」
「ん? おぉ、そうだ。そういうことだ。おっぱいわーいわい!」
ジネットがあんまり楽しそうに料理してるから見惚れていた……なんて思われるくらいなら、「またこのおっぱいマンは……」と呆れられている方がマシだ。
「……な~んか、いつもと違う」
こういう時にはなんでか妙に鋭い勘を発揮させるエステラが、微かに眉根を寄せる。
勘ぐるなっつぅのに。
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