「ジネット、ピーマンをなるべく薄く細切りにしてくれ」
「はい」
「あと、ベーコンかソーセージはあるか?」
「どちらもありますよ?」
「じゃあ、ベーコンにしよう」
「はい」
「それと――」
「とろけるチーズ、ですよね」
嬉しそうな顔で、必要な材料を取り出すジネット。
あの顔は、自分も作ってみたいという顔だ。
以前は俺が一人でやったんだよな。さすがに、ジネットに密造石窯を使わせるわけにはいかなかったし。
「ピザソースはまだ残ってるか?」
「はい。アッスントさんにレシピをお渡しする前に、確認のためにと思って今朝作った物があります」
そこには結構な量のピザソースが。
まぁ、これはタコスにも使えるから無駄にはならないだろうけど……作り過ぎじゃね?
「ヤシロさんがコの字オーブンのお話をされていましたので、必要になるかなと」
「確定する前にこんなに作るなよ。無駄になったらどうする」
「ここ最近、わたしは見積もりを見誤ったことはないんですよ」
確かに、これだけ商品数が膨れあがった陽だまり亭において、下ごしらえした食材が余ったとか、買っておいて食材をダメにしたということは起こっていない。
少なくとも、行商ギルドとの取引が正常化した以降は。
……ジネットって、もしかして予知能力でも持ってるのか?
これだけ豊富なメニューがある中で無駄な食材を出さないって、普通に出来ることじゃないだろう。
天性の勘なのか、熟練の読みなのか…………それはそうと、メニューって漢字で書いたら絶対『女乳』だよな、うん。
「お前はすごいな、ジネット」
と、『女乳』を見つめて言っておく。
称賛だ。拍手喝采だ。
「ありがとうございます。……あの、視線が下過ぎませんか?」
「いやいや、ちょうどいい」
「もう、ヤシロさん」
へいへい。
話をする時は顔を見ればいいんだろ。
「ノーマ、鉄板はどうだ?」
「結構温まってるさよ。これで十分かどうかは、アタシには分からないけどね」
鉄板には十分熱が行き渡っているようだ。
「今度は何を作るですか?」
あんドーナツを一段落させ、ロレッタも興味深そうに俺の手元を覗き込んでくる。
妙に注目される中、生地をのばして、ソースを塗って、ジネットが切ってくれた具材を散りばめていく。
最後にとろけるチーズを載せて、あとはコの字型オーブンへ投入する。
経過を見つめていると、上下は同じように焼けていくが『コ』の字の縦部分、奥の方が手前よりも先に焦げ始める。
手前には鉄板がないから奥の方が先に焼けるのだ。
くるりと生地を反転させる。
これはやっぱ、石窯で焼くより面倒だな。
オーブントースターは便利だったのに、うまくいかないもんだ。
「改良が必要さねっ」
隣で、活き活きとしている寝不足のお姉さんが、俺は少し心配だよ。
……寝ろよ、ノーマ。
チーズがとろけ、生地に焦げ目が付き、ベーコンとピーマンへいい感じに熱が通ったところで、ピザをコの字型オーブンから取り出す。
ふわっと、焦げたチーズの香ばしい薫りが鼻孔をくすぐる。
「いただきます!」
「早い! マグダ、ベルティーナを押さえてくれ」
「……善処する」
笑顔で暴走するベルティーナを落ち着かせてもらいつつ、ピザを八等分にカットする。
刺身包丁でカットしているのだが……
「ピザを作るようになるなら、ピザカッターが必要だな」
「どんなものなんですか?」
「円形の薄い刃がついた物でな、こうやってころころ転がして切るんだよ」
「作るさね! 設計図をくれたらすぐにでも!」
「あぁ、ダメだ。当分頼めないな」
これ以上ノーマに仕事を与えるとノーマのお肌が限界を超えてしまう。
四十二区の美人率が下がるのは憂慮すべき問題だ。
何より、ノーマには綺麗でいてもらわなくてはダイエット料理教室の講師としての説得力がなくなってしまう。
「食べて健康に痩せよう!」って趣旨なのに、講師の肌がボロボロじゃマズいのだ。
今回のピザ、失敗してりゃいいのに……と思ったのだが、これがどうしてなかなか、大成功しちゃったんだよなぁ。
「美味しいです!」
「うん! ちょっと生地が甘いッスけど、それが妙にマッチして……美味しいッス」
「お兄ちゃん! これ、カリッとしてて美味しいですね!? 『カリッ!』『ぅにょ~ん』『うまっ!』です!」
「……以前のピザも美味しかったけれど、マグダはこれも好き」
「う~ん、でも、やっぱり少し生地が甘い気がしますね」
ジネットだけは、プロとして厳しめの意見を述べる。
こいつが手放しで褒めないということは……ピザを陽だまり亭のメニューに加える気満々だということだ。
……ホント、何屋なんだよ、この食堂。
「モリーも食うか?」
「えっと……でも…………」
細い腕でお腹を隠しながら、モリーが躊躇いを見せる。
が、顔に思いっきり『食べてみたい』と書かれている。
「大丈夫さよ。今食べても、食べた分みっちりデリアにしごいてもらえるように頼んであげるからさぁ」
「はい。では、いただきます!」
ノーマに背を押され、モリーもピザを食べる。
「……ん!? 美味しいっ! これ、どのパンとも違う味ですね」
「まぁな。本来は生地がここまで甘くなくて、生地はもう少しもっちりしているんだ」
「そうなんです。それはそれは、至高の美味しさなんですよ。……あぁ、恋しい」
ベルティーナがうっとりと遠い過去を見つめる。
あぁ、これ、近々完成品が食べられると思い込んでる顔だ。俺は作るとは言ってないからな?
お前が勝手に思い込んでるだけだからな?
「そんな料理が陽だまり亭のメニューに加わったら……」
モリーの体がぶるっと震える。
「……私、20キロほど太ります!」
「自重って言葉、覚えようか?」
無制限に食うんじゃねぇよ。
はっは~ん。さてはお前、太った理由って砂糖の研究のためだけじゃないな?
「けどまぁ、このコの字オーブンはデカ過ぎるな。もっと小型化できなきゃ店には置いておけねぇよ」
「そうですね……ちょっと狭くなり過ぎますね」
「大工、厨房をもっと広く建て直すさね」
「お前が小型化すりゃあいいんッスよ!」
「じゃあアイデアを寄越しなね」
「それが物を頼む態度ッスか!?」
きゃんきゃんと言い争う同族。
仲良くしろよ、マジで。
「マグダ~。あんた、ピザ好きかぃね?」
「……好き」
「協力してやるッス! 一日も早く小型化と効率化を実現させるッスよ! 二~三日は眠れない覚悟をしておくッス!」
「望むところさね!」
「いや、ノーマは寝ろ!」
「ウーマロさんとノーマさん、お二人に精霊神様の癒やしと加護がありますことを……」
「なにこっそり祈って働かせようとしてんのベルティーナ!? 休ませてあげて! 倒れるから、あの二人!」
ピザ復活が現実味を帯びて、一部の人間が暴走し始めている。
……これはマジでさっさと復活させなきゃ死人が出かねない。
別にそこまで必要としてなかったんだけどなぁ、ピザ。
……そしてたぶん、エステラが頭を抱えることになる。
パンと見紛う新商品の誕生に。
そして、そいつがパンの売上を落としかねない新商品であることにも。
「すみませんヤシロさん……もう一枚追加をいただくわけには?」
「モリー。運動って、そこまで万能じゃないからな? さっきも言ったけど、自重って言葉、覚えろな?」
照れたような顔で空になった皿を差し出してくるモリーに「あぁ、この娘も陽だまり亭にいる間にどんどん残念化するんだろうなぁ」なんて未来が予想できて、思わずため息が漏れた。
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