異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

後日譚3 オッサンパラダイス -2-

公開日時: 2021年3月1日(月) 20:01
文字数:3,207

「もしもだ、マグダがどこぞの貴族に見初められて、プロポーズを受けたとしよう」

「おのれ、ハビエルッ!? マグダたんになんてことをするッス!?」

 

 ……いや、まぁ。木こりのハビエルは重度のロリコンなので一番ありそうな容疑者ではあるけども……濡れ衣を着せるのはやめてやれ、な?

 

「そんな時、お前は指を咥えて見ているのか?」

「邪魔するッス! 当然ッス!」

「だが、お前に何が出来る?」

「……うっ」

「プロポーズは貴族のすることだなどと、流れに身を任せるような御座なりな恋愛観で、きちんと好意を表明した相手に太刀打ちできるのか?」

「そ、それは……」

 

「結婚してくれ」と明言する男に、「空気で察して」と相手任せな男が太刀打ちできると思っているのか?

 いいか、そこのマヌケ面をさらすバカ男ども、よく聞けよ?

 どんなにお互いが好き合っていたとしても……

 

「女ってのは、分かりきった好意であっても、言葉にしてほしいと望んでいるもんなんだよ」

 

 俺の言葉に、その場にいた連中は、「はぁ~……」と、納得の息を漏らした。

 そんな当たり前のことを、ここの連中は初めて知ったようだ。

 目から鱗がぽろぽろ落ちている。

 

「不安になると、心は揺らぐ…………無くしてから焦っても、遅いんじゃねぇのか?」

 

 少し挑発するように言ってやると、ウーマロは全身の毛をブワッと逆立て、目を血走らせてウッセを睨む。

 

「ウッセ! 必殺の口説き文句を教えてほしいッス!」

「だから、なんで俺に言うんだよ!?」

「あんた、狩猟ギルドッスよね!?」

「だぁからっ! 狩猟ギルドはそういう場所じゃねぇ!」

 

 ウッセが苛立ったようにガシガシと頭を掻き毟る。

 こいつ、こんなに怖い顔してるくせに色恋には奥手なんだよな。怖い顔のクセに。

 

「そういうのは、パーシーが得意だろ!? チャラいしよぉ!」

「はぁ!? なんでオレなんだよ!? つか、チャラくねぇし! オレ、マジ一途だし!」

 

 と、この上なくチャラい反論をするパーシー。

 一途なのは認めるが、お前は存在そのものがペラッペラなんだからチャラいと言われても仕方ないだろう。

 そうだな。こいつなら最初にやって盛大にスベっても問題ない。誰の心も痛まないだろう。

 

「よし、パーシー。お前が手本を見せてやれ」

「はぁ!? あり得ねぇし! マジ意味分かんねぇし!」

 

 パーシーのクセに反論などをしてくる。聞いてもいない『ひよこの雄雌の見分け方』なんかはアホほど話してくるくせに、こっちからやれと言ったことはやらないのか、この男は。そんなんだから月々のメイク代が生活を圧迫するんだよ。

 

「つぅか、オレの純愛は見世物にするような薄っぺらいもんじゃねぇんだよ」

 

 などと、一丁前なことを抜かすメイクたぬき。

 あれだけ露骨にストーキングしておいて、今さら出し惜しみする価値もないだろうが。

 

 俺はチラリとアッスントに目配せをする。

 視線が合い、アッスントが軽く目を伏せる。「何をするのか知りませんが、協力はしますよ」というところか。まぁ、こっちの意志は伝わったようだ。さすがアッスントだ。

 それじゃまぁ、盛大に釣り上げてやるか……

 

「つまりあれか? パーシーは、『ネフェリーが相手じゃ恥ずかしくて見せられない』と言ってるのか?」

「ちょっ!? あんちゃん! ふざけたこと言うなし!」

「けど、恥ずかしいんだろ?」

「恥ずかしくねぇよ! むしろ見せつけてやりてぇよ! オレとネフェリーさんの美しいプラトニックラブを! あんたら全員、感動の涙を流しちまうぜ!」

 

 と、ここでアッスントに向かってサインを出す。

 手のひらを上に向けて指をちょいちょいと曲げる。『盛り上げて』のサインだ。

 

「確かに、ネフェリーさんのような素敵な女性がお相手ですと、さぞドラマチックなお話になるでしょうね」

「だろ!? あんたもそう思うだろ!?」

「えぇ。あれほど素敵な女性はそういませんからね。家庭的で温和でとても女性らしい……」

「いやぁ、さすがアッスントだ! よく分かってる! 見る目があるぜ!」

 

 アッスントがうまい具合にパーシーを盛り上げてくれた。

 ここは俺がもうひと押しするべきだろう。

 

「アッスントも、ネフェリーに言い寄られたら思わずグラッときちゃうよな?」

「へ? ……あ、ま、まぁ、そういうことも、無いとは言い切れないかもしれませんね……素敵な方ですからね。どうなるか分かりませんが……いやしかし、おそらく彼女の方が私など相手にしないでしょう。いやはや、残念なことですが、ふふふ……」

 

 パーシーの視線が鋭くなり、アッスントは慌てて取り繕う。

 純愛とやらは、人を殺人者の瞳にしてしまうらしい。怖い怖い。

 

「しかし、そんな素敵な女性を射止めるとなると、それなりに洗練された『口説き文句』が必要だと、そうは思いませんかパーシーさん?」

「ん…………言われてみりゃ、そうかもな……」

「それでは、どうでしょう? ここで一度、練習してみるというのは?」

「…………そうだな。やってみるか」

 

 うまい!

 アッスントがうまいことパーシーを誘導してくれた。やるなアッスント。

 

「じゃあ、ウッセ。お前、ネフェリー役をやってやれ」

「「はぁっ!?」」

 

 反論の声は、ウッセとパーシーの双方から上がった。

 

「なんで俺がそんなことしなきゃなんねぇんだよ!?」

「ネフェリーさんはこんな厳つい顔の筋肉野郎じゃねぇよ、あんちゃん!」

「いいからやれよ、時間がもったいねぇな」

 

 細かいことにこだわるのは小者の証拠だぞ。

 俺は騒ぐバカ二人を説得し、話を先に進める。

 ウッセがネフェリー役となり、パーシーがそれにプロポーズするのだ。

 ……絵面が汚いなぁ…………コワメンとチャラメンが向かい合って、何やってんだか。

 

 だがこれも、四十二区におかしな文化が定着しないため……ひいては俺の風評被害を払拭するため。無理やりにでもやらせなければ。

 

「よし。じゃあ、ウッセ。とりあえずネフェリーっぽいこと言え。感情移入って結構重要だから」

「んなこと言ったってよぉ……」

「なんでもいいよ。ネフェリーが言いそうなことを言ってみろ」

「んん~…………」

 

 腕を組み、渋い顔で考え込んだウッセは、おもむろに手拍子を始めた。

 

「ハイハイハイハイ、ネフェリーです」

「なんだよ、その愉快な動きは!? あんた、ネフェリーさんをバカにしてんのか!?」

「うっせぇな!? あんなニワトリ女、なんの印象にも残ってねぇんだよ!?」

「ニワトリ女とはなんだ!? ニワトリレディーと言い直せっ!」

「ほとんど一緒じゃねぇか!?」

 

 こいつらに任せておくとアホなやり取りで日が暮れてしまう。

 しょうがないので、『ネフェリー』と書いた紙をウッセに持たせて仕切り直すことにした。ウッセは何もしゃべらない。パーシーは紙に書かれた『ネフェリー』にプロポーズすることとなった。

 

「あ、あの、ネフェリーさん…………い、いい天気すねっ!」

「あ、そういうのいいから。さっさと本題に入ってくれるか?」

「雰囲気作りも大切だろう!? あんちゃん、分かってねぇよ!」

 

 紙に『ネフェリー』って書いただけでカチコチに緊張しているのがありありと分かる。

 こいつがネフェリーとどうこうなるのは、きっと、もっと、ず~っと先のことになるだろうな。その前に、ネフェリーに好きな男でも出来なければな。

 

 そうして、散々照れて、悩んだ挙句にパーシーが放ったプロポーズの言葉が…………これだ!

 

「ネ、ネフェリーさん! ふ、二人で、卵が孵るくらいの温かい家庭を築きましょう!」

 

 …………うわぁ。

 

「なるほど! 参考にしますっ!」

「すんじゃねぇよ」

 

 キラキラと瞳を輝かせるセロンに釘を刺しておく。

 お前は、これ以上変な知識を吸収するな。いいものだけを聞いて学べ。

 ウェンディに『卵が孵るくらいの温かい家庭』とか言ってもキョトンとされるだけだからな?

 

「所詮パーシーはこんなもんか」

「所詮って言うなし! なんでだよ!? いいじゃねぇか、卵が孵るくらいの温かい家庭!」

 

 いいと思うならいつか実践してみるといい。「は?」って言われる未来が見えるぜ。

 

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