早朝。まだ太陽すら昇っていない時間。
ロレッタが「あたし、一旦帰って今日のお仕事の準備してくるです!」と一時帰宅のために店を出ていった直後、陽だまり亭に、麻袋に詰め込まれた人間が送りつけられてきた。
「おはようございます、英雄様」
「セロン……お前、いつの間に奴隷の売買を……」
『ち、違います、英雄様! 私です、ウェンディです!』
大人がすっぽりと収まるくらい大きな麻袋……っていうか、大人が一人すっぽりと収まっている麻袋からウェンディの声が聞こえてくる。
中に入っているのはウェンディか。
「お前ら……そういう特殊なプレイは家でこっそりとだな……」
『ち、ちち、違います! そのような特殊なプレイでは……!』
「え……っと、『ぷれい』とは、一体なんのことなんでしょうか?」
『はぅっ!?』
懸命に言い訳をしていた麻袋(ウェンディ)が、セロンの純粋な言葉に射貫かれて蹲る。
ふぅ~ん、そーかそーか。
セロンは『そーゆーこと』にはあんまり詳しくないんだなぁ……ウェンディと違って。
「なぁ、ウェンディ」
『すみません。今はそっとしておいてください。どうか、掘り下げないでください……自分が穢れているようで…………いたたまれません』
麻袋の中からすすり泣く声が聞こえてくる。……怖ぇよ。
「あ、セロンさん。おはようござ……きゃっ!? な、何事ですか?」
セロンの足下に転がる泣く麻袋を見て、ジネットが悲鳴を上げる。
まぁ、怖いわな、これは。
「店長さん、おはようございます。実は……」
「……中にいるのは、ウェンディ?」
麻袋を観察して、マグダが問う。
お前鋭いな。泣き声とか匂いで分かるもんなのか。
「はい。実は、事情がありまして……」
「……ウェンディ、重罪を犯した?」
「違いますよ」
『いいえ、セロン……私は罪深い女です……』
「ウェンディ、どうしたんだい!? 君に罪があるとすれば、僕の心を奪ったくらいだよ!」
「「ごふっ!」」
「ほにゃっ!? どうしたんですか、ヤシロさんとマグダさん!? 二人揃って」
く……セロンめ、過去の傷を思い出させやがって…………
あれはたしか、セロンがウェンディにプロポーズするとかなんとか言っていた時に、俺がマグダに(すっごいせがまれて)冗談で言ったプロポーズもどきのセリフだ。
……覚えてやがったのか、自分でその境地にたどり着いたのか……どちらにせよセロン、よくもまぁ平然とその言葉を使えるな、お前。殴りたい。
「……マグダは、ちょっと、用事を思い出したので……部屋に戻る……」
尻尾の毛をぶわっと膨らませて、マグダが厨房へと駆け込んでいく。
なんとなく、マグダもダメージを受けているような……
「……むふーっ」
あ、受けてるなダメージ。やっぱり。
俺の言った冗談がトラウマになってなきゃいいんだが。……なってたらどうしよう。責任を感じるな。
「セロンが麻袋に詰められて出荷されるべきだと思う」
「なぜ僕が!?」
『あと英雄様、私も出荷される予定はありません』
じゃあ一体、なんでこんな奇妙な格好になっているのか。
それも、こんな早朝から。
「実は今、ウェンディは新しい光の粉の研究をしていまして」
「そういや、研究を再開したとか言って光ってたな、昨日」
「はい。それで、日中に光を浴びるわけにはいかないんです」
「夜中に眩しくて眠れないからか? 別のベッドで寝れば!?」
「英雄様、いきなりテンションを上げてお叱りになるのはやめていただけませんか? ビックリしますので」
早朝に嫁を麻袋に詰め込んで持ってきた男に言われたくない。
こっちは今現在絶賛ビックリし中だっつの。
『私は現在、蓄光レンガとは異なる、集光レンガを作ろうとしているんです』
「集光……ってことは、少ない光を集めて光るレンガか?」
『はい。日中でも日が届かない洞窟のような場所でも明るく輝くレンガを作れないかと』
「そんなレンガが作れるんですか? すごいです!」
無邪気にはしゃぐジネット。
確かに、蓄光レンガだと、日に当てておく必要があるが、集光レンガならその必要がない。完全に光が入らない場所は論外としても、薄暗い洞窟内を照らすにはいい道具かもしれない。
『それで、私自身が光っていると、夜間の研究に支障が出ますので……』
「じゃあ、もう家から出てくんなよ」
『ですが、私たちの結婚式が原因で四十二区が危機に瀕しているのに、家でじっとなんて……!』
「それは違うって言っているじゃないか」
麻袋(ウェンディ)の訴えを、エステラが遮る。
毎度のことながら、絶妙のタイミングで陽だまり亭へとやって来たエステラ。
もう、店の前に待機して出るタイミングを見計らっていたとしか思えない。
「セルフプロデュースのうまいヤツめ」
「たまたまこのタイミングになっただけだよ」
俺を指さしてそう言った後、エステラは麻袋のそばにしゃがんで優しい声をかける。
「君たちに責任はない。だから、『BU』とのことはボクたちに任せてくれないか? 領主であるボクと、連帯責任者のヤシロに」
「ちょっと待て、こら」
「なにさ。主犯格って表現の方がよかったかい?」
「勝手に黒幕に仕立て上げんな」
「ボクが知る限り、事件の中心にはいつも君がいたと思うんだけど」
何が事件だ。
今回の一件で俺は、完全なる被害者じゃねぇか。
『BU』に難癖付けられて、お手上げ状態のお前に泣きつかれて、気が付いたら人一倍走り回っている………………
「……俺、実はいいヤツなのかも」
「そこは否定しないけど、なんでそんな死にそうな顔して言うかな?」
「あの、ヤシロさんはいい人ですよ!」
「ジネットちゃん。それ励ましのつもりだろうけど、ヤシロにとどめ刺してるから」
「そんなつもりは……あぁっ!? ヤシロさんがなんだか溶けかけているようにだらり~んとしています!?」
……俺は、目の前で仲間が食われても見て見ぬふりを貫く、貝になりたい。
「とりあえず、セロン。何かあったら話してやるから、ウェンディを連れて帰れよ」
「しかし、英雄様……」
「このままじゃ、ウェンディが何か重罪を犯した罪人みたいに見られるぞ」
「あはは、そんなことは………………」
セロンの言葉が止まった。
「そう言われてみれば、そう見えなくもないかも……」とか思っているのだろう。
『……セ、セロン?』
「はっ!? そ、そんな風には見えないですよ、英雄様!」
「頑張ったなぁ、セロン。でも、嘘はやめとけ。な?」
いつ俺がお前らの敵になるか分かんないんだからよ。
なにせ、俺、来世は貝になる予定だから。
「でも、陽だまり亭に来てくださる方は、みなさんいい方ばかりですし、罪人になんて見えませんよ。ね?」
「それは早計思う、私は」
ドアの向こうからギルベルタの声が聞こえ、そして、ドアが開け放たれる。
ゆっくりとした足取りで、店内へと入ってくるルシア。
そのルシアは、ゴザを体に巻かれ、その上からロープでぐるぐる巻きにされていた。
す巻きだ。
「犯罪者が増えたな……」
「誰がだ! 口を慎めカタクチイワシ!」
どんなに威嚇してみても、す巻きじゃ迫力に欠けるぞ、ルシア。
「なぁ、エステラ。どういう状況なんだ、これは?」
「いやぁ、それが……」
「それは、私が説明いたしましょう」
ルシアの後ろからギルベルタと共にナタリアが入ってくる。
お前か、こんなことをしでかしたのは。
「昨夜、三十五区の生花ギルドの寮へ宿泊したミリィさんのもとへ、再三侵入を試みた不届き者がおりまして」
「おい、給仕長! それは違うぞ! 私は呼ばれたのだ、ミリィたんの魂に! この耳でしかと聞いたのだ、『るしあさんと添い寝したい、よぅ』という、ミリィたんの心の声を!」
「――などと意味不明な証言を繰り返しておりましたので、ギルベルタさんと協議した結果、このようなことになりました」
「うん……報告ありがと。すげぇ目に浮かぶよ、その光景」
「違うぞ、カタクチイワシ! いいから聞け! ミリィたんが、浴衣だったのだぞ!?」
「聞きたくもねぇから黙ってろ、犯罪者」
やっぱり、ナタリアを同行させておいてよかった。
三十五区は危険な街だからな。
「ギルベルタも手伝ってくれたのか。ありがとな」
「当然思う、止めるのは、主人の不祥事を」
「主人をす巻きにするのは当然ではないと思うぞ、ギルベルタ!」
「触角禁止令を出す、少し黙らないと、ルシア様」
「よし黙ろう! お前も黙れカタクチイワシ」
「巻き込むな」
ナタリアから事情を聞いて、朝一で駆けつけた……わけじゃないんだろうな、ルシアは。
きっと「ミリィたんともっと一緒にいたい」とか言って同じ馬車に乗ってきてしまったのだろう。
それで、す巻きか。
ミリィ、トラウマになってなきゃいいけど。
「な? 犯罪者も来るんだから、この店」
「あの、ヤシロさん……っぽく見えたとしても、決して犯罪者では……」
っぽくは、見えるんだな。
ジネットも素直になったものだ。
「ヤシロ氏! 見てくだされ、渾身の揚げたこ焼き(食品サンプル)が出来たでござる! この照り、ツヤ、まさに珠玉の逸品でござる!」
「あ、犯罪者が増えた」
「いや、ヤシロ。彼は特に拘束されているわけでもないのに見た目で判断するのはどうなんだろうか」
見た目で判断したって断言できる時点で、お前も同類だぞエステラ。
つかベッコをどこかのカテゴリーに振り分けようとしたら『犯罪者』か『犯罪者予備軍』かのどっちかだろうに。
「わぁ、見てくださいヤシロさん! まるで揚げたてのたこ焼きみたいですよ!」
「いや、はしゃがなくていいから」
「揚げたてのたこ焼きだと!? それはどんなものだ!? 私は食べたことがないぞ! どういうことだカタクチイワシ!」
「お前もはしゃぐんじゃねぇよ、うるせぇよ」
それぞれが話したいことがあるようで、結果全然話が進まない。
一度落ち着かせる必要があるな。
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