「それじゃあ、気を取り直して!」
エステラが声を張り上げる。
そして、ルシアも背筋をすっと伸ばす。
「今日という素晴らしい日を共に過ごせたことに感謝を。そして、新たに家族となる二人の門出を祝して……」
エステラとルシアが視線を交わし、揃ってグラスを掲げる。
「「乾杯っ!」」
招待客もそれに倣い、グラスを持ち上げる。
さぁ、宴の始まりだ!
俺はすぐさま厨房へ戻り、今度はデリアを伴ってフロアへと出る。
「「おぉっ!?」」
「「わぁっ!」」
人間の身長ほどもある巨大なケーキの登場に、会場が色めき立つ。
カウンターの段差を越えた後、台車に載せて、そこからは安全に新郎新婦の前まで運ぶ。
デリア、よくやった。今日一番の難関を乗り越えたぞ。
「さぁ、これより新郎新婦初めての共同作業になります、ケーキ入刀を行います」
「どうぞ、皆様。よく見える位置まで移動して、じっくり見てあげてくださいです!」
ネフェリーとロレッタの言葉に、招待客が一斉にケーキへと近付いてくる。
女性の食いつきが凄まじい。
ノーマに作ってもらった先の丸い長いナイフをウェンディが両手で持つ。
その手の上に、セロンがそっと右手を添える。
二人並んでウェディングケーキの前に立ち、静かに、そっと……ナイフを入れる。
瞬間、拍手が巻き起こった。
実感として、二人が夫婦として認められた。そんな気がした。
厨房の方へ視線を向けると、ジネットやマグダも、ちゃんとその光景を見ていたようだ。
ふとジネットと視線が合い、柔らかい笑みを向けられた。
……なんか、今そういうことされると照れるな。
くそ。たぶんセロンとウェンディのラブラブオーラがここら辺に充満しているせいだ。
明日は丸一日換気し続けなきゃいかんかもな。
さて、これから歓談へと移るわけなのだが……
まず、最初にセロンへのドッキリ企画が実行される。
セロンには内緒でウェンディが作った一品料理が、セロンにのみ出された。
そいつは、なんとも素朴な野菜の煮っ転がしで、見ただけで「美味い」と分かる代物だった。
当然、煮っ転がされている野菜はちぎられてはいない。きちんと包丁で切られた、普通の煮っ転がしだ。
事の経緯がロレッタの口から語られると、冷やかしとやっかみの視線がセロンへと注がれる。
そんなむずがゆくなるような視線にさらされながら、セロンがウェンディの手料理を口にする。
「……美味しい。美味しいよ、ウェンディ!」
ウェンディの料理を食べたことがあるセロンにははっきりと分かるのだろう。ウェンディの料理の腕がどれだけ上がったのかが。
「よかった…………あぁ、緊張したぁ」
可愛らしく言って、大きく息を漏らすウェンディに会場からは笑いが漏れる。
掴みの企画としては成功した方だろう。
会場が和やかなムードに包まれる様を見届け、俺たちは厨房へと入った。
そして、俺たちの戦いの幕は切って落とされた。
料理が始まると俺たちは休む暇すらなくなった。
コース料理は流れるように次の料理を出さなければいけない。
タイミングを合わせて加熱し、温かいものは温かく、冷たいものはひんやりとした状態で客に振る舞わなければいけない。
このタイミングが実に難しい。というか、面倒くさい。
普段の業務では使わない神経をフル稼働させなければいかず、眉間の辺りがピリピリし続けている。
明日、知恵熱とか出なきゃいいけどな。
いいや。明日のことはどうでもいい。
今は、とにかく今を乗り切ることだ!
「ヤシロさん、このソースに軽く熱を加えてください! ただし、絶対に焦がさないようお願いします!」
「任せとけ!」
「沸騰もさせないでくださいね」
「はいよぉ!」
「マグダさんは付け合わせを! 妹さんたちはお皿を並べていってください!」
「……了解」
「「「はーい!」」」
ジネットがきびきびと指示を飛ばす。
なんだか店長らしくなってきたじゃねぇか。
今までの、全部自分一人でやりますという態度ではない。
他人を信じ、動かし、みんなで一つのものを作り上げるようなスタイルに。
他人に頼るというのは、意外と難しい。
特に、自分が得意とする分野を他人の手に委ねるというのは、かなりの勇気がいることだ。
その勇気を、いつの間にかジネットは手に入れていたんだな。
「さぁ、最後まで乗り切りますよ!」
「おぅ!」
「……うむ」
「「「はぁ~い!」」」
地獄のように慌ただしい厨房とは対照的に、フロアではナタリアたちが優雅に、舞うように給仕に勤しんでいることだろう。
それでいい。
客に見えるところは優雅であるべきなのだ。
「グレープフルーツのジュレ、出ました」
皿を下げつつ、ナタリアが外の状況を説明してくれる。
グレープフルーツのジュレは魚料理の後の口直しだ。
それが済めば、いよいよメインディッシュだ。
マグダが外の森へ行って狩ってきたボナコンの肉を贅沢に使った、ローストボナコンだ。
ボナコンの周りには焼いたビーフが添えられている。二種類の肉を楽しめる贅沢な一皿になっている。
カモ肉とかも考えたのだが、やはりボナコンが一番美味かったのだ。
「マグダさんのおかげで、素晴らしい料理が出来ました」
「……むふー。……百年に一度のボナコン」
「いや、木こりギルドの木材と張り合うなって……」
確かに、百年に一度って言われりゃ信じそうなくらいにいい肉質だけどな。
「あと五分、メインディッシュの配膳までの時間は」
ナタリアに続いて、ギルベルタが厨房へやって来る。
盛り付けは終わっている。
あとは俺の温めたソースをかけるだけだ。
「ジネット、任せたぞ」
「はい! 『俺の本気を見せてやるぜ』! ……ふふっ、うふふふ……」
「なぁ……それホントに俺の真似なの?」
つか、さっさとソースかけろよ、遊んでないで。
「出来ましたっ!」
最後の一枚にソースをかけて、ジネットが笑顔を咲かせる。
その時発せられたのは、近年稀に見る晴れやかな声だった。
「お願いしますナタリアさん、ギルベルタさん」
「かしこまりました」
「任せて思う、私は!」
そうして、二人の敏腕給仕長の手により、メインディッシュが次々に運び出されていく。
ようやく山場を乗り切った……
「ではみなさん。残るはデザートのみです。あと一息、気を抜かずに頑張りましょう!」
クタクタに疲れているはずなのに、そこにいた全員が渾身の力をもって頷いた。
もうすぐ終わる。
ミッションコンプリートだ。
メインディッシュが済めばデザートとコーヒーで終了だ。
なんとなく、終わってしまうのが惜しいとすら感じるね。
セロンとウェンディが一刺しだけカットしたウェディングケーキを小さく切り分けていく。
作業台に並べられたのは細長い小さめの皿。
そこへ切り分けたウェディングケーキと、焼き菓子を並べていく。
ケーキには、マカロンが添えられている。
本当なら、こういう時はアイスクリームと行きたいところなのだが……冷凍庫もないこの世界では難しい。
その代わりに、カラフルなマカロンを添えてみた。
試しに作ってみたところ、ジネットやエステラの食いつきがよかったので、きっとウケるだろうと判断したのだ。
真っ白なケーキの横に、ピンクと黄緑のマカロン。
うん。色合いもいい感じだ。
「あたい、マカロン大好きなんだよなぁ」
おぉっと、デリアが女子だ。
マカロンとか、そういうの好きだよな、デリアは。
「……マグダとしては、キャラメルポップコーンを添えてもよかったと思う」
そりゃ、マグダならそう思うかもしれんが……ケーキの横にポップコーンって…………
「では、わたしはコーヒーを淹れますね」
「……マグダは紅茶を淹れる」
メインディッシュが終わるまで、あと十分程度か……
電気ケトルのない街では、不便なことが当たり前になっている。
コーヒーを淹れるにも、水から沸騰させなければいけないのだ。これが割と面倒くさいんだよな。
とはいえ。
「あぁ……やっと余裕が出来た」
「うふふ。お疲れ様です」
「……ヤシロは少し体力に難がある。今度マグダが鍛える」
「あ、じゃああたいも付き合ってやるよ」
「お前ら二人にしごかれたら、俺死んじゃう」
冗談にしても性質が悪い上に、こいつらそれを冗談じゃなくやろうとするから怖いわ。
それから、ほんの少しだけ静かな時間が流れて……
「メインディッシュ、ほぼ終了しました」
「そろそろ出してほしい思う、デザートを」
ナタリアとギルベルタが皿を下げがてら厨房へ顔を出す。
よし。最後の一仕事と行くか!
デザートが終われば、陽だまり亭の仕事は完了する。
「ではみなさん。まいりましょう」
ケーキを載せたトレイを持って、ジネットがたおやかに笑って言う。
最後は、みんなでケーキを配るのだ。
客を身近に感じ、その笑顔を見ていたい。そんな、ジネットの経営理念に則ったサービスだ。
要するに、見たいのだ。「美味い!」と言っている客の顔を。
ケーキを持ってフロアに出る。
デザートの登場に会場からは歓声が上がり、なぜか拍手が巻き起こった。
「よっ! 待ってました!」
なんとも場違いな掛け声がかかる。
飲み会かっつの。
女性たちは、カラフルなマカロンに興味を示しきゃいきゃいと雑談に花を咲かせている。
「かわいい~!」
「こんなの初めて~!」
そんな感想が耳に届く。
よしよし。上々だな。
「はぁぁぁん! マグダたん可愛いッスー! いつもと違う制服を着るマグダたん、マジ天使ッス!」
……うん。あれは、無視でいいや。
「さぁ、皆様! ここで一旦新郎新婦は退場させてもらうです!」
お色直しだ。
ウェディングドレスにタキシードのままここまで披露宴を行ってきた新郎新婦。
ここで衣装を変えてもらう。
着替えは、ウクリネスがやってくれる。
俺たちは、その間に飯を食うことになっている。
そして、ナタリアとギルベルタが、ロレッタとネフェリーに代わって前に立つ。司会も交代だ。
ロレッタとネフェリーは、アイドルマイスターがあるからな。
しばし歓談の時間が続き……その間に、パーシーが「席、メッチャ遠いんだけど!?」と文句を言ってきたりしたが、「誰と」が抜けていたため聞き流しておいた。
マグダやデリアもアイドルマイスターの準備へと向かい、俺たちのテーブルには、俺とジネットの二人だけになっていた。
「なんだか、久しぶりな気がするな。二人っきりってのは」
「そうですね。こうして二人で食事をするのも、久しぶりですね」
どことなく特別な雰囲気を感じつつ、俺とジネットは絶品のコース料理に舌鼓を打った。
自画自賛だけどな。
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