玉入れの後片付けが終わり、トラックの中では次の競技『パン食い競争』の準備が始まろうとしていた。
今回の目玉競技だけに、この競技には相当な力が入れられている。
エステラがトラックの中央に立ち、給仕たちに指示を飛ばしている。
行商人ギルドの面々が次々に大きな木箱を運び入れ、ウーマロ率いるトルベックの大工たちがコースの中央にしっかりとした木枠を組み上げていく。
トラックの中央に二本のコースを設け、スタート位置を左右に分けてある。赤組側からスタートして青組側でゴールするコースと、青組側からスタートして赤組側でゴールするコース。パンを口にした時の驚きの表情と、食べた後の感動をまざまざと見せつけるためにゴールを左右二ヶ所に設けたというわけだ。どこにいても選手の表情がよく見えるようにな。
とにかくパンの美味さをこれでもかと見せつける必要があるため、可能な限り多くの選手に参加してもらうつもりでいる。
コースは80メートルの直線。ガキどもや年寄りはスタート位置をずらして30m~50mとそれぞれ距離を調節する。
二本のコースの間には、行商ギルドの商人が持ち込んだ大量の木箱が積み上げられている。
木枠にパンをセッティングする係はこの木箱の前に待機する。
Aコースでレースが行われている間にBコースのセッティングをし、Bコースのレース中にAコースのセッティングをする。
選手は身長別に分類され、同じレースに参加する選手は大まかに似通った身長になるように調整してある。
お試しで妹たちにやらせた時のように、選手一人一人の身長に合わせてロープの長さを調節するってことは、時間的に不可能だからな。
なので、微妙に高さの異なるロープにパンをぶら下げることにした。
高くても取り難いし、低くてもそれはそれで取りにくい。
選手はスタートと同時に好きなパンを目指して走ってもらう。どのパンを取ってもいいというルールだ。
結構自由度は高い。
だからこそ、ロープの長さ調整やぶら下げるパンの選別には気を付ける必要がある。
『パン食い競争』はいわば新しいパンのプロモーションだ。
大いに盛り上がり、みんなが笑顔で、大満足の結果にならなければいけない。
ほんの些細なケチも付いてはいけないのだ。
ロープの長さやパンの種類による不平不満が一言でも出てしまってはいけないため、非常に繊細な采配が求められるのだ。
だから、仕方なく、まぁ言い出しっぺでもあるし、ここはやむにやまれず――
俺がコース中央に陣取ってパンとロープの調整に指示を出す統括責任者を引き受けたのだ。
二つのコースの真ん中、パンをぶら下げる木枠のすぐそば、その間。
真横から、時には斜め前から、一番の至近距離で『とある事象』を堪能できる特等席!
役得である!
決して職権乱用ではない!
重責のかかる重要なポジションを任せられるヤツが他にいなかったために、仕方なく俺が引き受けざるを得なかった、いわば不可抗力なのである! ……ふむっ。
「よぉし、みんな! 準備を急いでくれ!(楽しみが留まるところをしらないから!)」
「「「はい!」」」
「ガキと年寄り……もとい、子供たちとご年配の時は取りやすいように調整するからそのつもりで(見ても一切楽しくないしな!)」
「「「そのお心遣い、さすがです」」」
「その分、若者たちのレースで大いに盛り上げるぞ!(盛り上がった膨らみを盛大に揺らして!)」
「「「はいっ!」」」
うんうん。
さすがナタリアだ。よく躾が行き届いている。いい給仕たちに育ってるじゃないか。素直で大変よろしい。
「ヤシロ様」
心の中で称賛を送っていると、その張本人が現れた。
真っ白な美脚。しなやかなウェスト。いい塩梅に体操服を押し上げるおっぱい。
「よぅ、ナタリア」
「首から下だけで人を判別しないでください……っと、ヤシロ様は胸だけでも十分判別できるんでしたね。すみません、過小評価してしまいました、あなたの変態度合いを」
何が変態度合いだ。
誰だって出来るっつうのに、おっぱいで個人を特定するなんてことくらい。なぁ?
「それで、太ももでどこを挟んでくれるって? どこでもいいならほっぺたを頼む」
「有料ですが構いませんか?」
「構いません!」
「すみません。またしても過小評価してしまいました、あなたの変態度合いを」
親指で眉間をぐりぐりされた。
ナタリアにしては珍しくまっとうな反応だ。……あ、そうか。給仕たちの前だからしゃんとしてるのか。
いつもはエステラと二人ってことが多いからな。エステラの前でならふざけ倒しても問題ないってことなんだろう。
……いや、エステラ(主人)の前でこそしゃんとしとけよ、給仕長。
「パン食い競争の成功は教会との約束でもありますので、私がサポートさせていただきます」
「サポートなどいらん! だからお前はレースに参加しろ! なんなら三回くらい出たっていいよ!」
ナタリアの乳揺れが不参加なんて認めない!
あぁ認めないとも!
「……では、私が参加する時は誰か別の者を寄越しましょう」
「エステラでいいんじゃね?」
あいつは揺れないし。
うん。あいつがいいな。
「責任者だし、割と器用だし、頭もそこそこ切れるしな」
「まぁ、揺れませんからね」
おっほ~ぅ、バレテーラ。
それでも、全力で参加してくれるお前が好きだぜ☆
「ヤシロ様は参加されないのですか?」
「俺がパンを食っても驚きや感動がないからな。反応の薄いヤツはむしろいない方がいい」
冷めたヤツが一人でもいると、途端に盛り下がるからな。
全員が大はしゃぎしてくれた方がいい。
といって、俺が演技ではしゃいでみせるなんて御免だし。
「折角の特等席を、一秒たりとも離れたくないし!」
「本音は隠さないスタイルですか?」
もうバレているなら隠す必要などない!
それでもナタリアは味方でいてくれる。お前は最高の給仕長だな、うん。
「ところで、その頭……何かあったのですか?」
「頭? ……なんか変か?」
「髪の毛が跳ねて……失礼します」
説明するよりも直した方が早いと判断したのか、目礼の後即座に腕が伸びてきて俺の髪の毛を触る。
少し摘まんで引っ張る。寝癖を直すような手つきだ。
「エステラにもよくやってるのか?」
「ほぼ毎日です。寝相が悪い方なので『どうしてこうなった!?』という寝癖が毎日のように」
「仲いいな、お前らは」
「えぇ。家族よりも深い愛情で結ばれていますので」
ナタリアは、エステラが幼いころからそばにいてその世話を一手に引き受けていた。
姉であり母であり、最も信頼できる友人でもあるのだろう。
「時折、愛情の向かう先を誤ってはぁはぁしてしまいますけれど」
……そして、一番身近な危険人物でもあるんだよなぁ。
「はい。もう大丈夫です」
そう言った後、二秒ほど俺の頭を見つめて……なでなで。
「こら」
「いえ、いいのかと思いまして」
な~にが「何かあったのですか?」だ。
見てたんじゃねぇかよ、俺が撫で倒されてるところを。
ったく。何が面白んだ、男の頭を撫でて。
「よぉし。頭を撫でてくれた返礼として尻を撫でてやろう」
「有罪ですが構いませんか?」
「くっそ、金じゃなくなった!」
罪はさすがに背負えない。
まぁ、諦めるか。
その後、ナタリアの的確な指示と、俺の口出しで準備は滞りなく進んだ。
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