異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

追想編3 デリア -3-

公開日時: 2021年3月11日(木) 20:01
文字数:2,290

「じゃあ、行ってくる! 主が出てきたらそっちの浅瀬に追いやってくれな」

「おう! 任せとけ」

 

 視線を交わして、あたいは深くなってるところへ飛び込む。

 水の音しか聞こえなくなり、水圧で体が微かに締めつけられる。

 

 ヤシロの声が聞こえなくなった…………早く主をおびき出して戻ろう。

 

 この場所だけ、水深が3メートル近くあって、主はその深くなっている場所の川底をねぐらにしている。

 いつもは一人だから仕留められないけれど……二人なら…………ヤシロがいれば……

 

「……がぼがぼっ(出てこい、主っ! 今日こそ仕留めてやるぜっ!)」

 

 ねぐらの穴の前で全身から闘気を放出する。

 川底に気泡が大量発生し、渦を巻いて上っていく。

 強制的に生み出された濁流が主のねぐらに流れ込んで……ぬらりと主が穴から姿を現した!

 

 川の底からすごいスピードで上へと逃げる主。

 懸命に追うが、やはりスピードでは勝てない。

 けど、上にはヤシロがいる。

 お前に逃げ場はないぞ、主っ!

 

 全力で泳ぎ、主より遅れること十数秒……

 

「ぶはっ! ヤシロ、主は!?」

「あぁ! 今追い詰めて……張りついてぼぃーん!」

 

 ん?

 なんだそれ?

 ヤシロが変な叫びを上げた。アレかな? ヤシロ流の気合い入れかな?

 

「はりついてぼぃ~ん」

「真似しなくていいから! と、とにかく、手伝ってくれ。すばしっこくて追い込むのが大変なんだ!」

「おう! 任せろ!」

 

 川底を蹴ってヤシロに駆け寄る。

 ヤシロはどこから持ってきたのか、幅の広い木の板を使って器用に主を浅瀬へと誘導していた。

 頭いいなぁ……今度真似しよっと。

 

「お前は、向こうに回ってくれ! そっちへ追い込む!」

「分かった! 逃がすなよ!」

「善処する!」

 

 何度も逃げられた主を追い詰める。

 ヤシロとなら、きっと出来る。

 

 不思議だなぁ。

 ヤシロとだったら、絶対うまくいくって、そんな気がする。

 すごい自信満々だもんな、今のあたい。

 

「ヤシロ! 準備できたぞ!」

「ちょっ、待ってくれっ、こいつっ、すばしっこくて…………だぁ、そっち行くな!」

「何してんだよヤシロ!? そっちじゃないぞ! こっちこっち!」

「分かってるって! けど、…………えぇい、ちょろちょろとっ!」

「板でガードだ! そう! じゃあ次は水を蹴って水流を掻き乱して! そう! 最後に腕をにょーんって伸ばせ! 2メートルほど!」

「出来るかっ!」

 

 えぇ……もう一歩なのに。

 

「あたいも手伝おうか!?」

「いい! お前はそこにいろ!」

「でもさぁ……」

「俺が絶対そっちに誘い込む! 俺を信じて、お前はそこで待ってろ!」

 

 ………………胸が、ぎゅってなった。

 

『俺を信じて』

 

 ……うん。あたいは、ヤシロを信じるよ。

 いつだって、信じてるよ。

 

「信じるぞぉ、ヤシロ! 頑張れぇ!」

「おう! 見てろ!」

 

 うん。見てる。

 ずっと、あたいはヤシロのことを、見てるから。

 

「よしっ! そっちに行ったぞ、デリアッ!」

「――っ!?」

 

 全身に電気が走った。

 頭の中が真っ白になって、体が硬直した。

 

 獲物が目の前に来たら、何があっても、どんなことが起こっても確実に仕留める!

 

 ……けど、無理だった。

 

 ヤシロが……

 ヤシロがぁ…………

 

「おい、何やってんだよ、デリア!?」

 

 ヤシロが叫んで、巨大な鮭があたいの足の横を通り過ぎていく。

 

「あ~ぁ、逃げちまったじゃねぇか」

 

 じゃぶじゃぶと、ヤシロがあたいのところまでやって来る。

 落胆の息を漏らして、あたいを見る。

 

「どうしたんだよ、デリア」

「…………ぐずっ!」

 

 ヤシロが……『デリア』って言ったぁ……

 

 あたいの名前を、呼んでくれたぁ!

 

「ぅぅう…………えぇぇぇえええええんっ!」

「ちょっ!? デリア!?」

「ぴぇぇぇぇええええええんっ!」

「号泣じゃねぇか!?」

 

 膝から力が抜けて、川の水を跳ねさせてその場に座り込む。

 ダメだ、もう立てない……

 

「そんなに悔しかったのか? 大丈夫だって、また今度挑戦すりゃあいいんだから。な?」

 

 違う。

 そうじゃない……

 

 主なんかどうでもいいんだよ、ヤシロ。

 あたいは……あたいは…………

 

「やじどぉぉぉおおおっ!」

「あぁ、もう。はいはい。悔しかったな、悲しかったなぁ」

 

 違うよぉ!

 嬉しいんだよぉ!

 

「やしろ……やしろ…………やしろぉぉおっ!」

 

 堪らず腰にしがみついて、ヤシロのお腹に顔を埋める。

 もう嫌だ。こんなの絶対嫌だ。

 

 忘れさせないように、あたいの匂いをしっかりつけといてやる!

 

 くしゃくしゃくしゃと、今度は何度も何度も、ヤシロがあたいを撫でてくれる。

 あぁ……不思議だな……やっぱりヤシロといると不安なことも寂しいことも悲しいことも嫌なことも、全部嬉しいことに変わっちまう。…………でもやっぱり不思議だな……嬉しいのに涙が止まらない……

 

 不意に、あたいの顔に何かが触れる、

 ヤシロの服の中に何か変なものが…………

 

 一瞬だけ顔を離すと、ヤシロの服の裾から種が一個転げ落ちてきた。

 

 こいつがヤシロの記憶を…………

 

 すぐに握り潰してやろうかと思ったけど、今はやめておく。レジーナに渡していろいろ調べてもらった方がいい気がする。

 

 それよりも、今は…………今だけは、ヤシロの温もりと匂いを感じていたい。

 頭をもっと、撫でてほしい。

 

 

 だからあたいは、もう一回ヤシロのお腹に顔を埋めて、川の中でわんわん泣いた。

 子供みたいかもしれないけど、いいよな?

 ヤシロ、子供好きだもんな。

 

 うん。今だけは、いいよな。

 

 

「ぐすっ…………なぁ、ヤシロ……あたいの名前ってなんだ?」

「えっ!? 名前忘れたのか? ……お前、大丈夫か、デリア?」

「ぅぇぇぇえええええんっ!? やしろぉぉおっ!」

「あぁ、もう……はいはい。よしよし」

 

 あぁ……不思議だなぁ…………ヤシロといると、あたい、いつだって幸せなんだもんなぁ。

 不思議だなぁ……なんでかなぁ…………

 

 

 

 

 

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