「ごきげんよう、みなさん。今日も素晴らしいお天気ですわね」
イメルダがキラキラした瞳で店内に入ってくる。
「店長さん、お茶とモンブランをっ!」
「は、はい! かしこまりました」
「いらっしゃいませ」と言う前に注文をされて、ジネットが若干慌てる。
それなりの数の客でにぎわっていた店内が一瞬だけ沈黙に覆われる。ま、驚くわな、そりゃ。
ずかずかと店内に踏み入り俺が座っている一番奥のテーブルまで来て、俺の真正面の席に腰を下ろす。……おい、なんでここに座る?
イメルダはテーブルに肘をつき、ググッと身を乗り出しては、嬉しそうな顔で俺の顔を覗き込んでくる。
……近い。そしてちょっとウザい。
「……なんだよ?」
「え? なんのことかしら?」
ワザとらしい。
さも「聞いてほしいことがあります!」みたいな顔をしているくせに。
……やれやれ。
「なんだか嬉しそうだな。いいことでもあったのか?」
「分かりますかしら!? まぁ、どうしましょう。ワタクシったら、この感動が抑えられずに体の中から溢れ出てしまっていますのねっ!」
溢れ出してるのは暑苦しさと鬱陶しさだけどな。
「しょうがないですわね! 特別に! ヤシロさんには教えて差し上げますわ、ワタクシの上機嫌の理由を! それは……っ!」
「もしかしてあれか? 木こりギルドの支部の一部が完成したっていう……住居スペースだけ先行して作らせたらしいな。ウーマロがげっそり痩せこけてたぞ。こき使ってやるなよ、可哀想に」
俺がこき使いたい時に寝込んだりしたら困るだろうが。
「…………」
図星だったのか、イメルダの顔から表情が抜け落ちた。
まぁ、そんなことだろうと思ったんだ。
四十区の下水工事が終わり、これからいよいよ四十二区の街門を作ろうという段階に来て、イメルダが「先に木こりギルドの支部を完成させなさい!」と、ウーマロに直訴したらしいのだ。
ウーマロは、俺からの依頼で砂糖工場の建設に取りかかっていたところで、「順番があるッスから」とやんわり断ったらしいのだが……このお嬢様、金と権力を最大限に駆使して割り込んできやがった。
根負けしたウーマロは、大至急木こりギルドの住居部分――といっても、イメルダの住む屋敷と、イメルダ付きのメイドたちの使う寮だけだが――を、最優先で建設したのだ。
当然、妥協なしの最高級クオリティで、だ。
昨日の夜ここにやって来たウーマロは、カッサカサに干からびていた。
「…………」
じっと黙ったままのイメルダ。
つまらなさそうに唇を尖らせ床を見つめている。
あ~ぁ~、いじけちゃって。
と、イメルダがふらりと身を翻し、そのまま陽だまり亭を出て行ってしまった。
「あ、あの、イメルダさん? あの、どちらへ!?」
モンブランと紅茶を持ってやって来たジネットの呼びかけにも応えずに、イメルダは外に出る。そして、静かにドアが閉じられた。
…………そこまでへこまなくても……
「ヤシロさん、何か言ったんですか?」
「いや……なんか言ったつうか……何も言わせなかったつうか……」
追いかけた方がいいのか?
そんなことを考えた矢先、陽だまり亭のドアが勢いよく開け放たれ、とびっきり明るい声が店内に響き渡った。
「ごきげんよう、みなさん。今日も素晴らしいお天気ですわね! あ、店長さん、お茶とモンブランをっ!」
「やり直すのかよっ!?」
こいつ、メンタル強ぇ……
「あの、ヤシロさん……モンブランと紅茶……どうしましょう?」
「二個ずつ出して二個分請求しとけ」
その後、嬉しそうな顔で俺の前に座ったイメルダから、すでに知っている情報を延々と聞かされた。
ベッドルームの日当たりが最高だの、庭に出れば小鳥が飛んでくるだの。ど~~~~~~~でもいいような情報が延々と垂れ流されていく。
要するにだ。
イメルダは今、物凄く浮かれているのだ。
「あのな、イメルダ……」
「え、ワタクシの新居に招待してほしいですって!? 身の程を弁えなさいましっ! どうしてワタクシの初独り暮らしの、この歴史的な瞬間にご自分が参加できるなどと思われたのか、甚だ理解いたしかねますわ」
「いや……あのな……」
「ですが……まぁ、ヤシロさんがど~~~~してもと、おっしゃるのなら、このワタクシが、とっくっべっつっにっ! ご招待して差し上げても構いませんわよ? 特別ですわよ」
特別のゴリ押しは詐欺師みたいだからやめた方がいいぞ。
「四十区と四十二区の領主をはじめ、様々な貴族をお招きしての立食パーティー。そして、ワタクシの華麗なる舞踊の披露。そののち……ま、まぁ、ヤシロさんを、特別に、皆様にご紹介して差し上げてもワタクシ的には、まぁ、構わないと、このように思っている次第ですわ」
「なんで俺が貴族連中に紹介なんざされなきゃなんねぇんだよ……」
ヤだよ、メンドクセェ。
「パーティーは木こりギルドの支部が完成してからにしろよ。まだ住居しか出来てねぇじゃねぇか」
「大丈夫ですわ。ウーマロさんがすぐにでも完成させてくださいますもの」
「バカ! これ以上ウーマロを独占すんじゃねぇよ! あいつはこれから街門を作らなきゃいけないんだよ! お前が住居の建築をねじ込んだせいで着工が遅れてんだからな!? これ以上は遅らせることは出来ない。支部の他の施設は後回しだ!」
「住居しかないだなんて、アンバランスだとは思いませんの!?」
「だから、街門が終わってから木こりギルドの支部を作るって予定だったんだよ!」
お前がその予定を無理やりねじ曲げたんだよ!
「街門が出来る前に引っ越してきたってすることないだろうが!?」
「だって!」
俺を睨むイメルダの頬が「ぷくぅ~っ!」っと膨らんでいく。
「ワタクシがいない間に、みなさんで楽しそうなことをするんですもの! ケーキとか、ワタクシも一枚噛みたかったですわっ!」
……そんなもんで拗ねるなよ。
「あの、イメルダさん。モンブランです」
「まぁ、なんて美しい…………ベッコさん!? ベッコさんはいらっしゃいませんの!?」
「今日は来てねぇよ。誕生日用のロウソク作りが忙しいんだよ、あいつは」
誕生日を祝う習慣がこの四十二区内であっという間に広まり、ケーキを取り扱う各店舗がこぞって『誕生日用ケーキ』を生み出したのだ。各々、個性が出ている面白い仕上がりになっている。
ただ、どの店も共通しているのが、誕生日ケーキには年齢の数だけ小さなロウソクを立てるということだ。
おそらく、ジネットの誕生日の際の、あの印象が大きいのだろう。
で、ベッコは今、大忙しなのだ。
「では、このモンブランは食べられませんわ!」
「食えよ!」
「なくなるではありませんかっ!?」
「後日作ってもらえよ、食品サンプルなら!」
こいつは、美しいものがなくなることをとても嫌う。
……難儀な性格だ。
「で、では…………いただきますわ」
席に着き、フォークを握って、イメルダはモンブランと向き合う。
あ、本当に二人前用意されてる。
「はぁぁぁぁあああ…………ワタクシ、モンブランを食べるために生まれてきたんですわね、きっと」
「うん、たぶん違う」
極端な感想をさらりと受け流す。
一口食べた後は、止まらなくなったのか、がつがつとモンブランを口へと掻き込むイメルダ。
あ、もう二つ目に手を出した。……よく食うよな、ホント。
「とにかく、いいですこと? ……もぐもぐ……この次……もきゅもきゅ……何かをする際は……ズズズゾゾォ…………ぷはっ……ワタクシも絶対、もきゅ、協力いたしますからね!」
「食いながらしゃべんじゃねぇよ……」
「もきゅもきゅ……もきゅもきゅもきゅ…………」
「変な音出して食うな……」
この次ったって、次は街門を作って、街門から大通りまでを街道として整備し直すだけだからなぁ。俺らの出番なんかないぞ、たぶん。
「ところで、今日はあの……えっと、なんてお名前でしたかしら……赤い髪の…………あ、そうそう、ツルペラさんはいらっしゃいませんの?」
「エステラだよっ!?」
イメルダがうっかり言い間違えた瞬間、エステラが陽だまり亭のドアを乱暴に開けて入ってきた。
……まったく。
「乱暴に扱うなよな、ツルペラ」
「エステラ! 君まで乗っからないでくれるかな!?」
「まったく。折角のティータイムだというのに、騒がしい……少しは落ち着いたらどうですの、エスペタさん」
「エステラ!」
「だから、店でデカい声を出すなよ。ツルペタ」
「ボクの名前が完全になくなったよ!? ただの悪口になったね!?」
今日も今日とて賑やかなヤツである。
「まったく、人がなんとか時間を作って久しぶりの憩いを求めて来店してみれば……」
門の設計や工事期間のあれやこれやと、エステラはここ最近また忙しく走り回っている。
門が完成した後の運用方法も今のうちに確定させておかなければいけないしな。
門が完成したら、そこを通行する者の確認や、門の外にいる魔獣を追っ払うために兵士が必要になる。
領主が持っている自警団がその任に就くことになるのだが、少々人手不足だ。
だから、他所の区からも広く募集をかけている。
若いのに職にあぶれてしまった者にはチャンスとなる求人だ。すぐに数は揃うだろう。
「あ、モンブランだ。いいなぁ……でも今日はアップルパイにしようかなぁ」
「飯を食え、飯を」
こいつは、昼飯を飛ばしてケーキを食おうだなんて……子供か。
「え~! ケーキが食べたいのにぃ!」
口を尖らせて体をねじるエステラ。
「いやいや~」じゃねぇよ!
本当にガキみたいなことを……と、思った矢先、こんな会話が店内から聞こえてきた。
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