異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

358話 なに握りやしょう! -3-

公開日時: 2022年5月17日(火) 20:01
文字数:4,085

「んんっ!? これは、ちょっととんでもないものが誕生しちゃったですね!?」

「……美味」

「とても美味しいですが、すぐになくなってしまうのが悲しいです。ですが、お口の中にいつまでも旨みが残って幸せな食べ物です」

 

 俺の寿司を食ったロレッタ、マグダ、ベルティーナが幸せそうに頬を緩める。

 

「そして、こっちがオイラの握った寿司ッス!」

「……生温くて生臭い。シャリが緩くてぼろぼろ……」

 

 先ほどシャリが硬いと言われたウーマロ。今度は緩過ぎたようだ。

 

「どうして生臭くなっちゃうッスかね?」

「手の上に乗せている時間が長いんだよ。手の温度でネタが温められて生臭さが際立っちまうんだ」

「そうなんッスか? けど、ヤシロさんみたいに手際よくは出来ないッスし……」

「生臭さを消すにはワサビが役に立つぞ」

「それじゃあワサビをたっぷり入れて……お待たせッス!」

「ではいただくです!」

 

 と、大量のワサビが入った寿司を口へ放り込んだロレッタは、期待通りの面白いリアクションを見せてくれた。

 

「ごっほぅ!? からっ!? いや、痛いです! 息を吸うのが痛いです!?」

 

 ワサビって、大量に食うと呼吸がしんどくなるんだよなぁ。

 マヨネーズを食うとワサビの「ツーン!」って辛さは緩和されるらしいが、面白いからもう少しこのまま見ていよう。

 

「コロす気ですか!?」

「いや、生臭いのを消そうかと思ったッスよ」

「生臭さを感じてる余裕なんかなかったですよ!?」

「じゃあ、成功ッスね! やったッス!」

「成功じゃないですよ!? めっちゃ涙目なの見てです! さっきからずーっとこっちに背中向けてるですけど、一回こっち向いてあたしの顔を見てです!」

「いぃぃいいあぁいやぁ、そそれはむむむりッスススス!」

 

 寿司屋にはあるまじき賑やかさだ。

 寿司屋じゃないからいいけども。

 

「……ふむ。この惨状を見るに、店長でもいささか難しい料理の模様」

「ですね……、店長さんが作った料理で、こんな惨状にならずに済んでよかったと思うです」

「……ウーマロ、ナイス犠牲」

「ウーマロさん、ナイス失敗作です!」

「褒められてる気は一切しないッスけど、役に立ててよかったッス」

 

 そんな間も、ジネットは俺の手元をじっと見つめている。

 

 というか、マーシャは完全ににぎり寿司の習得を放棄している。

 ウーマロの惨状を見た後だもんな。

 後ほどこっそり練習はするかもしれないけれど。


 じゃあ、いいお手本の味をしっかりと覚えて帰ってくれ。

 

「ほい、マーシャ。デリアはワサビ抜くか?」

「ワサビかぁ……抜いてもらおうかな」

「ほいよ。カンパニュラとテレサもサビ抜きな」

「サビ抜き、とは、ワサビ抜きのことですか?」

「あぁ。風味は若干損なわれるが、味はそこまで落ちない。辛いのを無理して食うよりはうまく食えるはずだ」

 

 俺は、サビ抜きなんて考えられないけどな。

 ガキにはサビ抜きがいいだろう。

 

「では『サビ抜き』でお願いします」

「しゃびぅきー!」

 

 なんだ、『サビ抜き』って言葉が気に入ったのか?

 どこに食いつくか分からんな、お子様は。

 

「ヤシロ君、すご~く、美味しい☆ お魚の良さが全部出てるよ~☆」

「うん! これは美味いなヤシロ! あたい、今度はワサビありも食べてみたい」

「大変美味しいです、ヤーくん」

「おぃしー! えーゆーしゃ、てんしゃい!」

 

 と、喜ぶ一同の前にウーマロの寿司が配られる。

 

「ん~……悪くはないんだけどねぇ……お魚『は』美味しいし」

「まっず!」

「そうですね。バランスが少し悪く感じます。とても繊細な料理なのですね。ほんのわずかな差でここまで味が変わるなんて」

「でも、ね、あーしは、ちらぃ、なぃ、よ? きちゅねしゃん、がんばった、ぇらぃ、よ?」

「くぅっ、みなさんの優しさが身に沁みるッス!」

 

 デリアには、優しさの欠片も見られなかったけどな。

 

「そう言えば、シスターは食べたです?」

「はい、いただきましたよ」

「どうだったです?」

「とても美味しかったですよ」

「……シスターは、口に入ればなんでも美味しい」

「そんなことは、ないのですが……。素材がよいので、多少失敗しても美味しくいただけましたね。ヤシロさんと比べると、やや劣る、くらいでしょうか」

「んじゃあ、俺が握った鯛だ」

「素晴らしいです! こんなに美味しいお魚は生まれて初めていただいたかもしれません!」

「あぁ……この差が、現実なんッスねぇ」

「シスターは、『美味しい』と『すごく美味しい』の差が大きいですよ。元気出してです、ウーマロさん」

 

 なんだかんだ言われながらも、きちんと全員に寿司を握ったウーマロ。

 まぁ、これだけ手伝ってくれたんだ、褒美が必要だろう。

 

「メンタルやられんなよ?」

「大丈夫ッスよ。ヤシロさんの料理と比べて劣ってるのは当然ッスから。それに、結構楽しかったッスし」

「んじゃあ、手伝ってくれた礼に、俺から特上握りのプレゼントだ」

「「「ぅぉおおお!?」」」

 

 ウーマロを押しのける勢いでベルティーナやロレッタが身を乗り出す。

 

「こ、これはすごいです! 見た目が華やかで、もう、見るからに豪華です!」

「特上という名に相応しい風格ですね。私も是非いただいてみたいです。何か、お手伝いすることはありませんか!?」

 

 落ち着けベルティーナ。

 ちゃんと食わせてやるから。

 ジネットに教えながら握る分もあるし。

 

「いくら理解しているとはいえ、いろいろ言われるのはやっぱちょっとキツいだろう。これを食って心を落ち着かせてくれ」

「そんなっ、もう、その心遣いだけで、オイラは十分ッス!」

「……マグダたちのわがままを聞いて、ウーマロが犠牲になってくれた。マグダは、その優しさをすごいと思う」

「マッ、マグダたんに労いのお言葉を!? オイラ、感激のあまり天にも昇れそうッス!」

「じゃあ、天に昇りながら天まで続くくらいの高層マンション建てといてくれ。足場いらずで経費も浮くし」

「いや、比喩ッスよ!? で、そんな高層マンションを目論んでるんッスか、ヤシロさん!? 怖いッス! 今後のために、大工全員で情報共有しとくッス!」

 

 いや、タワマンとか作ったら、貴族がアホみたいに金を積んでより高い階層の部屋を買ってくれんじゃないかな~って思ってさ。

 まぁ、追々だな、おいおい。

 

「それじゃあ、いただくッス!」

 

 ウーマロが特上寿司に手を付ける。

 ほほぅ、手掴みとは、こいつ、通だな?

 

「粋な食い方だな」

「そうなんッスか?」

「古来、俺の故郷では手掴みで食うのが粋とされていた」

「それじゃあ、オイラは今後も手で食べるッス」

「……じゃあ、マグダは口で」

「手で食べるって、そーゆーことじゃないッスよ、マグダたん!?」

 

 きゃっきゃと騒ぐ一同をよそに、ジネットは黙々と指先を動かしている。

 何度もイメージトレーニングを重ね、ついに握ってみるつもりらしい。

 

「一度、挑戦してみます」

 

 緊張した表情で言って、大きく深呼吸をする。

 

「まずは、手のひらにお水を……」

 

 そして、俺が教えた後ずっと観察し続けた通りに寿司を握っていく。

 ネタはマグロの赤身。

 

「ここでひっくり返して――完成です」

 

 とても初めてとは思えない手際のよさで、ジネット初のにぎり寿司が完成した。

 見た目は合格。

 シャリの量も、ネタの位置も完璧だ。

 

「では、ヤシロさん。御試食、お願いします」

「あぁ」

「あ、やっぱり、先に自分で食べてみてから――」

「もう遅い」

 

 わたわたするジネットの隙をついて、ジネットの寿司を口へ放り込む。

 

「…………」

「……ど、どう、でしょうか?」

「…………」

「…………ど、どきどきします」

「…………」

 

 うん。

 

「美味い!」

 

 そう断言すると、フロア内に歓声が上がった。

 緊張した空気が緩和され、誰からともなく安堵の息が漏れた。

 

「さすがだな、ジネット」

「そんなこと……。ヤシロさんが丁寧に何度も見せてくださったからですよ」

 

 いや、マジで美味い。

 満点とは言い難いが、この腕前なら日本で店を出せる。

 適正な、ちょっとお高い料金設定にしたとしても、十分に客がつくレベルだ。

 安さ自慢の回転寿司が隣に出来ても潰れることはないだろう。

 

「じゃあ、今の感覚を忘れないうちに、いろいろな種類を握ってみるか?」

「いえ、その前に、みなさんに一度食べていただきたいです」

「はい! 食べます!」

「デリア、ベルティーナを座らせてくれ」

「もう、シスター。行儀悪いぞ」

 

 デリアがベルティーナに行儀を説く。

 なんか、物凄く珍しい光景だったな、今の。

 

「美味しいです、ジネット。あなたは素晴らしい娘です」

「……これは絶妙。美味」

「お兄ちゃんに引けを取らない、一級品の味です! もし違いを述べるのだとしたら、お兄ちゃんのお寿司は研ぎ澄まされた繊細さがあり、店長さんのお寿司は包み込むような優しさが味の向こう側に存在してるです!」

「店長、これ美味いな! ヤシロのみたいだ」

「とっても美味しいです、ジネット姉様」

「ぉいしい。てんちょうしゃ、いっつもごはん、おぃしぃ、ね」

「うん。お魚がシャリの上で喜んでるよ☆」

「くぅ! さすが店長さんッス。初めてでこの味とは、恐れ入ったッス」

 

 全員がジネットの寿司を口にして、ジネットの緊張がようやく解れた。

 そして、自分で握った寿司を自分で食う。

 

「……まだまだ、ですね。ヤシロさんのお寿司には程遠いです」

「練習しましょう、ジネット! そして試食をしましょう!」

 

 ベルティーナが物凄く食いついた。

 

「まぁ、イベントまでにマスターしてもらわなきゃいけないから、存分に握ってくれ」

「あの、ヤーくん。たくさん握るのに、お客様にはお出ししないんですか?」

 

 たくさん握るなら、客にも食わせてやったらどうか、とカンパニュラは考えたようだが……

 

「それじゃあ、イベント当日の楽しみが減るだろ? 客には、情報だけを与えて期待を膨らませておくんだ。そうすることで、イベント当日が大盛り上がりになる」

「なるほど。ことを性急に進めるのはよろしくないというわけですね。大変勉強になりました」

 

 こいつは、どこからでも知識を吸収するな。

 将来が楽しみだよ。

 

「あの、ヤシロさん。他のネタも、握り方を教えていただけますか?」

「おう。ちょっとしたコツと一緒に伝授してやるよ」

「はい!」

 

 そうして、ジネットの寿司修業が始まった。

 

 

 

 

 

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