パウラと大通りで別れ、アタシはそのまま工房へこもる。
いつもは汗だくになるほど熱い工房は、現在ひんやりしている。
な~んの音もしない。
だ~っれもいない。
静かで、無機質な、虚しい空間。
ここ最近は、ここにこもれば毎日わくわくしていられたってのに。
「……『他所者』って、なんさね」
ヤシロが自分を指して言った言葉。
『他所者』――それは、まるでアタシたちを拒絶するかのような響きを持って、この胸を抉っていった。
棘みたいに刺さってりゃ、そこに確かに存在してるって、まだ抗いようがあったってのに……ヤシロの言葉は、言いたいことだけ言って、さっさと消えてなくなっちまった。
もう、手を伸ばしても届かないって、言われちまったみたいにさ。
「ただの『他所者』が、こんなに大勢の人間に心配なんかされるもんかい! なんでそれが分かんないんさね、あの男は!?」
捨て鉢に叫んだみっともない声は、火の消えた窯の中にぼわんと鈍く響いてなりを潜める。
そこには何もなかったかのように、静けさを寄越す。
……分かってる。
あいつは……ヤシロは全部分かってる。
分かった上で、線を引いたんさね。
『お前らは、ここから先には入れないぞ』って。
……悔しいじゃないかい。
折角、過去のいざこざも消化して、さぁこれからって時にさ。
なんで、そっぽ向いちまうんさね……
バカだよ、あんたは。
こんなことを考えて、こんなとこで腑抜けてるアタシは、もっと馬鹿だけどね。
「ふぅ…………」
煙管をふかして、くゆる紫煙をぼぅっと眺める。
なにやってんだろうね、アタシは。
ヤシロの興味を引こうと、冷蔵庫の改良なんかしちまってさ。
依頼されたわけでもないのに、一人で空回って……結局、興味を引くことすら出来ずにさ。
工房を見れば、去年まではなかったおかしな物が溢れ返っている。
等間隔に窪みのついた鉄板。
これはベビーカステラ用さね。
ただ丸く焼くだけで、あんなに売れるんだから、驚きさね。
「そんでこっちが、冷蔵庫」
絶対に水が入らないように何度か試行錯誤した逸品。あと、水平のまま井戸の底に沈められるように紐を通す位置も工夫したっけねぇ。
まったく、注文が細かい上に口うるさい顧客だよ、ヤシロは。
「あぁ、こんなもんもあったっけねぇ」
木箱の中から、穴のあいた包丁が数本出てきた。
これも、最初は意味が分からなかったけれど、すごく売れたんさよねぇ。
まぁ、あれはオマケ目当てな客の方が多かったけれどね。
「……楽しかった……さねぇ」
初めて見る設計図。
意味の分からない商品。
必要ないと思えたこだわり。
とっかかりはいつも苦戦と苦労の連続で、でも、仕上げる時には得も言われぬ充実感と達成感が味わえて……
「い~ぃ顔で笑うんさよ、あいつは……」
出来上がった商品を見せれば、ヤシロは子供みたいな顔で笑って、嬉しそうに言うんさよ。
「すげぇな! 想像以上だよ。さすがノーマだ」ってね。……くふふ。
『またなんかあったらよろしく頼むな』……って、言わなくなったねぇ。
なんだい。
もう、アタシはお払い箱かぃ?
もういらないんかぃね?
それは、あんまりにも、あんまりなんじゃないのかぃ?
アタシがこんなにさ……こんなに…………
「大馬鹿さね……あんたも、アタシも」
「……そしてマグダも」
「ついでにあたしもです!」
「ほわぁぁああ!?」
突然両サイドににょきっ、にょきっとマグダとロレッタが出現して、アタシの心臓は一回米粒くらいに縮んじまったさね。
「あ、あんたら、い、一体、な、なにしに!?」
「……ノーマは、乙女」
「盗み聞きしてて、ちょっと切なくなったです」
「盗み聞きしてんじゃないさね!?」
いつからいたんだい!?
まったく気が付かなかったさね!?
「……穴あき包丁を握り、『ひっひっひっ、悪い子はいねがぁ』あたりから」
「言ってないさよ、そんなこと!?」
「ベビーカステラの鉄板を胸に押し当てて、『ヤギのおっぱい!』あたりからです!」
「やってないさね、そんな一発ギャグ!?」
幻覚でも見えてるんかい!?
ヤシロのそばにいると、そーゆー病を発症するんかい!?
「……本当は、ノーマが沈んでいたから」
「なんとか元気付けてあげたいと思ったです」
「……あんたら」
まったく……
「ナマ言ってくれるじゃないかさ、お子様たちがさ」
けど……その気持ちは嬉しい、さね。
「……ノーマ」
マグダとロレッタがアタシの顔を覗き込んでくる。
おやめな。
別にアタシは寂しがっちゃいないから、そんな目で見るんじゃ……
「……『ナマ言う』って、なに?」
「昔の言葉です?」
「そこまで年齢離れちゃいないよ!? ギリ同じジェネレーションさね!」
「……ギリ?」
「つま先『にょーん!』って伸ばして入ってきてるです。根性がすごいです!」
そこまで必死じゃないさね!
割と普通に同世代さね!
「……で、何しに来たんさね?」
「冷蔵庫をお届けに来たです!」
「……これはいい物。おそらく陽だまり亭で本採用されるはずの予定かもの可能性大」
「要するに、まったく決まってないんさね」
全部マグダの願望さね。
ま、ヤシロがうんと言やぁ決まるんだろうけどね。はてさて、どうなることやら。
「ノーマさん、ちょっと見ていいです?」
「ん? あぁ、構わないけど、怪我だけはすんじゃないよ?」
「まかせてです! あたし、ガマン強い娘ですから!」
「ガマンじゃなくて、怪我すんなつってんさよ!?」
物凄く心配さね、マグダよりもロレッタが!
「……ノーマ」
「何さね、マグダ?」
「……刺さった」
「ケガすんじゃないって言ったところさね!?」
穴あき包丁を指先でツンツンすんじゃないよ! まったく!
「この程度の傷、唾つけときゃ治るさね」
ウチの見習いもよくこういう怪我をする。
そん時のように、傷口を咥えて消毒してやる。
「……ノーマ、エロい」
「医療行為さね!?」
「『ねっとり』って擬音がぴったりです!」
「あんたはちょいとレジーナの影響を受け過ぎさね!」
ロレッタは困った成長を遂げてる気がするさね。
あの素直なハムっ子たちの長女だけあって、なんでもかんでも吸収し過ぎさね。
「この穴あき包丁、ノーマさん買ったですか? それもこんなにたくさん」
「……ノーマはミーハーで騙されやすい、ちょっと残念な大人」
「アタシが作ったからここにあるんさよ!」
誰が買うかぃね。
ウチの包丁は、アタシが丹精込めて鍛造した逸品さよ。
それ以外は使いやしないさね。
「「……片棒担いじゃったかぁ」ですかぁ」
「ヤシロに依頼されて作っただけさね!?」
それに、アレを詐欺だと思ってるヤツはほとんどいないさね。
むしろ、「おまけでついてきた包丁にしてはそこそこ切れるな」くらいの認識さね!
「ナイフより使いやすい」って、高評価ですらあったんだよ、実は!
「あれは、お兄ちゃんの切り方がうまいからキュウリが引っ付かないですよ」
「知ってるさよ」
アタシだって、ヤシロに負けないくらいの料理スキルはあるんだからね。
「……ロレッタは『これで料理が楽っこになるです!』と意気込んで、『くっつくじゃないですか!?』と物の数秒で現実を叩きつけられていた」
「あんたら、身内でなに面白いことしてんさね……」
同じ職場の人間が騙されてんじゃないよ、まったく。
……と、軽口を叩いたつもりだったのに、急にロレッタが俯いちまった。
どうしたのかと思ったら。
「……身内、だと、思ってもらえてるですかね……あたし」
「…………あ」
この娘も、不安なんさね。
ヤシロの異変に気付いてて、それでも気付かない振りしてそばで笑って、いつもと変わりなく振る舞って……
それもまた、つらい……さね。
ざわつく鼓動を鎮めるため、アタシは煙管に火をつけ、ゆっくりと煙を吸い込む。
「……誰がどう思ってるかは、本人にしか分かんないけどね」
ふぅ……っと煙を吐き出し、不安げな顔で俯く気配り屋の少女に言ってやる。
「アタシには、十分身内に見えるけどね」
あんたらの仲のよさは、なかなかのもんだと思うさよ。
ちょぃと、妬けちまうくらいにね。
「……なら、嬉しいです」
ロレッタの表情が幾分和らぐ。
不安は消えないけれど、それでも、少しは気が楽になったんかね。
「……ノーマ」
ロレッタと同じように、マグダも不安を抱えているんだろうね。
あんまり感情を顔に出す方じゃないから、分かりにくいだけで、この娘もきっと……
「……ノーマも早く身内が出来るといいね」
「大きなお世話さね!」
「……可及的速やかに」
「そうなるように絶賛邁進中さね!」
こちとら、いつだって嫁に行けるように花嫁修業は滞りなくやってんだよ!
……まぁ、始めたのは最近だけどね。
「年季が入ってそうですね、ノーマさんの花嫁修業」
「……プロの域」
「あんたらねぇ……」
ヤシロに会うまでは、鍛冶一本鎗でそれどころじゃなかったよ。
まぁ、それなりには出来たけどね、もともと器用だからね、アタシは。
でも、本格的に始めたのは、ヤシロに出会ってから…………っていうと、なんだかヤシロのために始めたみたいに聞こえるけど、そういうわけじゃないからね! 決して!
「ノーマさん」
ロレッタが、少しだけ寂しげな声で言う。
「がんばろうです。一緒に」
それはたぶん、同じ目標に向かって。
アタシたちの、この街の連中の、共通の望みに向かって。
一緒に努力しようってことなんだろうね。
「あぁ……そうさね」
何をどうすりゃいいのか、そんなもんは分からない。
けれど、何かはやるさね。
腐ってる暇なんかない。
なんだってやってやる。
アタシは、まだまだあんたと……
「ヤシロと面白い物を作りたいからね」
アタシの知らない世界をもっと見せておくれよ。ねぇ、ヤシロ。
多くは語らず、アタシたちは解散した。
マグダとロレッタを見送って、また一人きりになった工房の中で、アタシはいつもよりたっぷりと、煙管の煙をくゆらせていた。
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