「ぁ、てんとうむしさん。いらっしゃ………………多ぃ……」
俺を見て表情をぱぁっと明るくしたミリィが、俺の後ろからゾロゾロとやって来る大軍を見て困惑の表情を浮かべる。
まぁ、仕方ないだろう。
俺、セロン、ジネット、マグダ、ロレッタ、エステラ、エステラのお共にナタリア、いつの間にかイメルダ、そしてなんでかウーマロとベッコ、さり気な~くノーマまで付いてきている。
総勢十一人だ。
「……今日、何かのパーティー?」
「いや、まぁ……パーティーと言えばそうなのかもしれんが……」
ほとんどがただの野次馬だ。
セロンが俺に相談を持ちかけた翌日。
ウェンディにプロポーズをするということで、俺たちはミリィのもとへ花束を買いに来たのだ……が、どこで話を聞きつけたのか、余計な連中までもがわんさか付いてきてしまったわけだ。
「オイラ、いざという時のために参考にさせてもらうッス」
「拙者もしかり」
お前らには来ないんじゃないかなぁ、その「いざ」って時。
「なぁ、セロン。なんか、スゲェ増えちまったけど……大丈夫か?」
さすがにギャラリーが多過ぎて邪魔になるだろうと、セロンに確認を取るが……
「いえ。これだけの方に見守っていただけるなら、きっと僕もやり遂げられると思うんです」
と、前向きな意見を返された。
そして、少し困ったような笑みを浮かべて、セロンは自分の足を指さす。
「……正直なところ、不安で逃げ出しそうなんですよ」
セロンの足は、小刻みにカタカタと震えていた。
まぁ、なんて可愛らしい。
俺が三十代のお姉さまなら、迷わずお前をペットにしているところだろう。養ってあげる。
「ぁ、ぁの……もしかして、せろんさん…………うぇんでぃさんに、ぷろぽ~ず、する、の?」
ミリィが大きな瞳をキラキラと輝かせてセロンを見上げている。
セロンももう腹をくくっているようで、その問いには素直に返答していた。
「はい。これから、思いの丈を伝えようと思っています」
「ゎあ……! すてき…………うぇんでぃさん、きっと喜ぶょ!」
「だと、いいのですが」
「ぜったい! ぜったいだょ! よぉ~し!」
ミリィは袖を捲り上げて、細く白い腕で力こぶを作ってみせる。……まぁ、全然作れてないけど。ぷにぷにしてそうだ。
「みりぃが、特別な花束を作ってあげる!」
花屋の魂が燃え上がる。
ミリィの職人魂に火がついたようだ。瞳が一段と輝きを放っている。
「ミリィさん。張り切ってますね」
テキパキと動き回り、花の前であれこれ悩むミリィを見て、ジネットが微笑ましげに言う。
頑張る妹を見守る姉のような眼差しだ。
「ちなみに、女子的にはどういう花束が嬉しいんだ?」
「へ?」
何気なく投げかけた質問だったのだが、ジネットは短い音を発した後、フリーズしてしまった。
あれ? バグった?
猫がファミコンを蹴った時、こういう感じで画面がフリーズしたことあったけど……蹴られた?
突然動きの止まったジネットの顔を覗き込むと、目が合った瞬間にジネットの顔がボンッと赤く染まった。軽く爆発した気がした。
「……ぁの、わたっ、わたしは…………ど、どんなものでも………………ぅ、嬉しい……です、けど……っ!」
カーッと、ジネットの全身が朱色に染まっていき、瞳がうるうると潤み始める。
そして、蚊の鳴くようなか細い声で、ぽつりと呟く。
「…………想いが、こもっていれば、それで……」
そうか。
想いか……
いや、うん。
ジネットの態度を見て、こいつが何を思い、何を勘違いしたのかくらいは分かるよ?
だが、あえてそこには触れない!
触れてはいけない!
……えぇい、くそっ。顔が熱い。
「さ、参考までに教えてやったらどうだっ!? セ、セロンにっ!」
「セッ、セロンさんっ!? そ、そうですよね! セロンさんの参考に、ですよね!?」
所々で声がひっくり返ってしまった。
だがそれは、ジネットも同じだからよしとしようではないか。五分五分だ。
この勝負、ドロー!
「お、おい。イメルダ。お前なら、どんな花束がいいと思う?」
こういう時は、ターゲットを広げて「別に特別な意味なんかなかったんだよ」大作戦だ!
俺はただ、ミリィの仕事が終わるまでの間繋ぎに、軽~い気持ちで聞いただけなのだから。
そんなわけで、イメルダを巻き込んでしまおう。
「あら? ヤシロさんがワタクシにプロポーズする時の花束を選ぶんですの?」
「ううん。違うよ」
あは。こいつなら、すんなり否定できる。
「もうっ、つれないですわねっ」
冗談めかして、イメルダは頬を膨らませる。
そういえば、イメルダは花束をもらい慣れているんだっけな? こういう雰囲気で持ちかけても、冗談として捉えてくれるわけか。お嬢様の社交スキルの高さを見せつけられた気分だぜ。
「そうですわね……ワタクシ、白いお花が好きですので、白を基調として……情熱的な赤い花を交えた…………」
そう言いながら、イメルダが店先にある花をひょいひょいとピックアップして手際よく花束を完成させる。
「このような感じがいいですわね」
「わぁ! 綺麗ですねぇ、イメルダさん!」
「当然ですわ」
「お花が」
「…………そこをあえて強調する必要ございましたの?」
「まぁ、そう気にするな。ジネットの言葉に悪意なんかないから」
「……分かっていますわよ」
当然に、イメルダの作り上げた花束も綺麗なので、ジネットは何も間違ったことは言っていないのだが……ちょっと言い方とタイミングが悪かったかな。イメルダが軽くショックを受けてしまったようだ。
「へぇ。本当に綺麗だね」
エステラがイメルダの作った花束に気付いてにこにこと近付いてくる。
「花が」
「今のは悪意の塊だな」
「分かっていますわよ」
ニヤニヤとしているエステラに、イメルダが分かりやすく敵愾心を剥き出しにする。
相変わらず仲悪いな、お前らは。
「エステラ様も、ご自分に合う花束を作ってみてはいかがですか?」
おそらく暇を持て余していたのであろうナタリアが、エステラにそんな提案をする。
いつものエステラなら「やだよ」の一言で済ませるかもしれんが、イメルダが見事な花束を作ってみせたのだ、ここでおめおめと引き下がるわけにはいかないだろう。
「よし。だったら見せてあげるよ。ボクの美的センスを」
「あ、オイラもやるッス!」
「では拙者も」
「……面白い、受けて立つ」
「おぉ、これは乗るべきですね!」
なんでか、関係ないヤツらまでもが続々と参加を表明し、好き勝手に花屋の花を物色し始めた。
……お前ら、使った花、買い取れよ?
「ジネットとノーマはどうする?」
「わたしは遠慮しておきます」
「アタシもやめておくさね。家に飾る花なら、ミリィに選んでもらう方がいいし…………そ、そういう花なら……相手の男に、選んで…………ほしいし……ね」
ジネットはともかく、ノーマは「あなた色に染まりたいっ!」派だからな。まぁそういう発想になるんだろう。
「ジネットは、こういうの好きそうだと思ったんだがな」
「はい。お花をいじるのは好きですよ。……ですが」
照れ笑いを浮かべて、頬をかく。
そんな恥じらう乙女のような仕草の中に、ほんの少しだけ寂しさが混じる。
「……自分に合う花となると…………自分のことは、よく分かりませんので」
幼き日の過ちを、いまだに懺悔し続けているジネット。
もしかしたら、そんな自分を美しい花で表現することを躊躇ってしまうのかもしれない。
ジネットは、自分を低く見積もる癖があるからな。
……なら、いつか。俺がジネットにピッタリの花束を作ってやるさ。
太陽のような、ジネットの笑顔にピッタリの花束を。
「なんてなっ!?」
「ヤシロさんっ!?」
ンゴスッ! と、壁に頭突きを喰らわせる。
何をこっ恥ずかしいことを考えてんだ俺は!?
最近ちょっと、気が緩み過ぎなんじゃないですかねぇ!?
頭の中、桃色タイフーンか!?
もっとシャンとしよう!
詐欺師をやめるっつったって、まだ完全に自分を許せたわけじゃない。
まだだ……まだダメだ……
俺は、俺が俺を許せるまで俺が幸せになることを許さない!
まだまだやるべきことが、俺にはあるはずなのだ。
もっとこう……いろいろと。
それまでは、ダメだ!
「あの、ヤシロさん……大丈夫ですか?」
「あぁ! もうすっかり目が覚めた! 全然大丈夫だ!」
「でも、血が……」
「気にするな! こんなもん唾をつけときゃ治る!」
「ふぇっ!? …………ぁの…………ぉ、おつけ、しましょうか?」
「しなくていいですっ!」
いやいや、ジネットさんや。献身的にもほどがあるぞ!?
おでこをペロッとされた日にゃあ、その時目の前にあるであろう大きな二つの膨らみをペロッとしちゃうぞ。物々交換だ。……どっちも俺にメリットのあることだけども。
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