異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

追想編9 レジーナ -3-

公開日時: 2021年3月12日(金) 20:01
文字数:3,664

 キッチンを出て、香辛料が並ぶ廊下を抜けて、店舗へとやって来る。

 ――と。

 

「飯食った後に、湯冷ましで飲むんだぞ。なるべくゆっくりな?」

 

 彼が接客をしとった。

 どこぞの幼い子供に、薬の飲み方を丁寧に教えて、頭を撫でて、送り出す。

 

「おう。遅かったな。客が来てたから薬売っといたぞ」

「様になっとったやん。もう、ここで働いたらえぇのに」

 

 ほんの少しの願望を混ぜて、そんな冗談を口にする。

 

「俺は高ぇぞ」

「ほな、体で払うしかないなぁ」

「……お前、債務がどんどん増えていくぞ?」

「え、ウチがお金取られる方なん、それ?」

 

 世知辛い世の中やなぁ。

 まぁ、ウチなんかとそういう関係になって、喜ぶ男なんかおらへんわな。

 

「ほい、店長はん、お茶やで」

「俺がここの店長になったら、従業員は全員ミニスカで上はビキニを義務付けようかな」

「えぇ……ウチ見たないなぁ、自分のミニスカビキニ」

「俺もその格好すんのかよ!?」

「店長も従業員の一人やろ?」

「く……小癪な。これだから知恵の回るヤツは」

 

 不満そうに漏らして、カウンター前の椅子に腰を下ろす。

 作業台も兼ねるテーブルにお茶を置いて、ウチはカウンター奥の椅子に座る。

 

 二人の距離は2メートル弱。

 程よい距離感や。

 

「んっ、なんか美味いな今日のお茶」

「ごふっ!」

 

 一口飲んで、そんなことを言う。

 せやから、盛大にムセてもうた。

 

 だって……だってやで?

 今日のお茶には、ウチのラブラブオーラがてんこ盛りにぶち込んであるから…………まぁ、そんなんは関係ないんやろうけど…………さすがにちょっと照れたわ。

 

「お前……お茶を飲む体力までなくなってるのか?」

「ちゃうわ、アホ! ……ちょっと変なところに、いや、エロいところに入っただけや」

「なんで言い直した? 変なところでいいだろうが」

 

 うっさい。照れとんねん、こっちは。

 

 あぁ、もう!

 お茶が美味い言われただけで、なんでこんな浮かれなあかんねんな。

 ほんま、大概にしぃや。お茶やお茶。

 葉っぱ入れてお湯注ぐだけ!

 サルでも出来るわ。

 

 そんなもん、褒められたかて……

 

「毎回思うけど、お前のお茶ってなんか美味いんだよな。こう、スモーキーっていうか、キリッとしててさ」

 

 それはもしかしたら、大量に並べられた香辛料のせいかもしれへんな。

 あそこの空気が、もう、そうなっとんねんやろうな、きっと。

 

「好きだぞ、俺は。お前のお茶」

「――っ!?」

 

 ……この男は…………

 

 その一言が、どんだけ恐ろしい殺傷能力持っとるかも知らんと…………

 

 思わず顔を逸らし、そっぽを向いて、敵の攻撃を拡散させるために言葉を連ねる。

 

「ま、まぁ、ウチにも一つくらいは特技あるっちゅうことやな。もっとも、それ以外はな~んにも出来へん欠陥品みたいな女やけどなぁ~はっはっはっ。どないする? 夕飯毎日お茶だけやったら? お腹ちゃぷちゃぷになって毎晩オネショやで? あぁ、そうか。自分はそういうプレイもお好みなんやったなぁ~、いや~、自分のマニアックさには脱毛やなぁ~って、誰がムダ毛濃い女やねん!? 脱帽や、脱帽!」

 

 アホな言葉を捲し立てて、少しでも殺傷能力を薄めておかな、一瞬で撃ち抜かれてまうからな。

 いやぁ、ホンマ、無自覚男の相手は疲れるなぁ~っと。

 

「お前のどこが欠陥品だよ」

 

 …………へ?

 

「別に、料理だの掃除だのが出来なくったって、そんなもん気にすることじゃねぇだろうが。出来るに越したことはない程度の話であってよ。そんなことで欠陥品扱いなんかするヤツは、そいつこそが脳みそか心に欠陥があるんだよ」

 

 なん……やねん。

 なんで、ちょっと怒ってんの?

 

「せ、せや言ぅたかて……男は女に、そういうもん求めとるんちゃうんかいな?」

「なら俺は欠陥男かよ? 筋肉もねぇし、力も弱いし、夜道怖いし」

「そんなん。誰も自分にそういうんは求めてへんし……」

「お前にもな」

「…………え?」

 

 いまだ、少し不機嫌そうな目でウチを見つめる。

 けれど、口調はどこか気遣うような、くすぐったい声音でウチの鼓膜をくすぐる。

 

「お前はお前でいいんだ。誰もお前に料理だの掃除だのを求めちゃいねぇよ」

「……せ、せやな。ウチなんか別に誰にも必要とされて……」

「怒るぞ?」

「…………」

 

 それは、割と真面目な目で……

 ウチは何も言えなくなった。

 

 ゆっくりと立ち上がり、こっちに近付いてくる。

 顔が……ちょっと、怖い…………

 

 カウンターに手を突いて、グッと身を乗り出して、ウチの顔を覗き込んでくる。

 壁とカウンターと、彼に囲まれて……逃げ場がなくなる。

 

「お前を必要としている俺を無視して、なに勝手なこと言ってんだよ?」

 

 ウチを、必要としてる……?

 

「俺はな、俺が気に入ってるもんを悪く言われるのが大っ嫌いなんだ。たとえ本人であってもな」

 

 ……ウチを、気に入ってる……?

 

「お前はお前でいい。何度も言わせんな」

 

 ウチ…………このままで、いいんかいな?

 

 ゆっくりと、彼の顔が離れていき、こちらに背を向けて、再びカウンター向こうの椅子へと戻っていく。

 

「……感謝してんだからよ、これでも」

 

 なんて、囁くような声で、でもしっかりとこっちに届くように呟いて……照れたような顔でお茶を一気飲みする。

 

 ……自分、アカンで。

 ホンマ、凶悪や。極悪や。

 

 …………ウチの心、完全に射抜かれてもうたやないか……

 

 泣きそうやっちゅうねん。

 

「な、なんやねんな、自分!? はっは~ん、さてはウチに惚れとるな!? べた惚れやな!? 分かる、分かるで! ウチ、ルックスとスタイルは文句なしやさかいなぁ、まぁ、しゃーないわなぁ。なんやったら、付き合ぅたろか!?」

 

 ぎゃー!

 ウチ、何言ぅてんねん!?

 テンパり過ぎにもほどがあるでっ!?

 

「……いやぁ、それはいいわ……」

「なんやねん、そのしょっぱそうな顔!? ちょっとは悩む素振り見せぇやっ!」

 

 助かった!

 うまいこと笑いに変わった!

 

 けど、それはそれでムカつくなぁ!?

 

「俺はもうちょっと、今のままでいたいかなぁ」

 

 テーブルに突っ伏して、ぐでっと体を弛緩させて、そんなことを言う。

 

 今のまま…………

 確かにな。

 ウチも結構好きやで、自分とのこの距離感。

 どんなことでも話せて、どんなことも話さんでもえぇ、ウチらだけのこの空気感。

 

「あぁ……やっぱ、ここいいわぁ。落ち着く……」

「…………」

 

 こっちに顔も向けんと、ぐでぐでにだらけながらそんなことを言う。

 アホ……今の発言、クリティカルヒットやっちゅうねん。

 

「お茶、なくなったな。もう一杯入れてきたるわ」

「ん~。たのむ~」

 

 朝からバタバタしてたせいか、完全に弛緩モードに突入したみたいやな。

 ちょうどえぇわ。

 ……今は、顔とか、ちょっと見られへんし。

 

 彼の湯飲みを取って、もう一度住居スペースへ向かう。

 

『今のままでいたい』……か。

 

 ほんなら、忘れんとってや……ウチのこと。

 なんやかんや言うたかて…………名前、呼んでもらえへんのは、結構つらいんやで?

 

 あ……そういえばウチ、名前、呼んでへんなぁ。

 なんや、照れ臭ぅて、よう呼ばれへんねんなぁ。

 

 けど……今、なんか…………ちょっと呼んでみたい気分やな。

 

「…………ヤシロ」

 

 なんてな!

 今さら恥ずかしゅうて名前なんか呼べるかいな!

 全っ然聞こえへん小さい声で囁くんが精一杯やっちゅうねん!

 さぁ、アホなことしとらんと、お茶淹れに行こっ!

 

 と、足を踏み出した時――

 

 

「ん? なんだ、レジーナ?」

 

 

 ――なんでやねん。

 

 なんで聞こえとんねん。

 ほんで……なんでこのタイミングで名前思い出してくれてんねんっ!

 

「…………っ!」

 

 アカン。

 嬉しい時に涙出るなんて、絶対嘘や思ぅてたのに…………ホンマやんか!

 

 ……こんな顔、見せられへんっちゅうねん!

 

「今日はやっぱりやめや! もう、美味しいお茶淹れられる気ぃせぇへん!」

 

 カウンターに湯呑を置いて、弛緩するヤシ…………『彼』を無理やり立たせて、そのままドアの向こうへと押し出す。

 

「ちょっ!? おい、なんだよ、レジーナ!?」

「今日はもう閉店なんや!」

「まだ昼過ぎだぞ!?」

「ウチの心はいつでも真夜中や!」

「年中卑猥タイムっていう風にしか聞こえねぇよ、お前が言うと!」

「あー、お店閉めて卑猥なことしよっ!」

「お前、ちょっとは女子としてのあれやこれやを身に付けろよ!」

 

 ふん。

 なに言ぅとんねん!

 

「あいにくやな。ウチにはな、『お前はお前のままでえぇ』っちゅうてくれる人がおるねんや!」

 

 言いながら、彼を突き飛ばして素早くドアを閉める。

 

『おい、レジーナ!』

 

 ドアにもたれて、彼の声に耳を傾ける。

 

『レジーナって!』

 

 ……もう一回。もう一回だけ、名前呼んでんか?

 

『……ったく』

 

 そこで声は途切れる。

 ふふ……やっぱり、思ぅてるだけでは通じひんか。

 

『レジーナ』

「――っ!?」

『また来るからな』

「…………まいど、あり」

 

 遠ざかっていく足音。

 膝の力が抜けて、ドアにもたれたまま、ずるずると体が床に沈んでいく。

 

 ……アカンわ。

 ホンマ……自分、凶悪過ぎるわ。

 

 最後の最後に、名前囁くとか…………惚れてまうやろっちゅうねん。

 

「……アカン。しばらく顔見られへん…………」

 

 遠慮なく赤く熱を上げる顔を両手で隠し、彼の匂いが微かに残る店内で一人蹲る。

 

 あぁ……もう。ウチ、末期やなぁ。

 

 

 

 

 

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