異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

216話 『宴』の準備2 -1-

公開日時: 2021年3月22日(月) 20:01
文字数:3,110

「要するにさね、起点となるピニオン歯車と、こっちの大きな歯車の間にアイドラ歯車を噛ませてやれば、余計な負荷を分散させて振動を抑えることが出来るんさよ。だからさね、ここで使っている革のベルトをやめて、代わりにこっちの歯車にチェーンを噛ませてやるとさね……」

 

 熱い。

 熱いよ、ノーマ。

 

 たい焼きの金型を依頼しようと金物ギルドへやって来た俺は、金物通りに入ったあたりでノーマを見かけ――いや、発見されて、捕縛された。拉致だ。拉致からの軟禁だ。

 

 俺を工房へ連れ込んだノーマは、俺が留守の間に作ったといういくつかの歯車を並べて、そのピッチがどうとか、噛み合わせの時の摩擦がこうとか、素材がどーした、構造がこーしたという話をノンストップで語り続けている。

 物凄いハイテンションだ。徹夜明けかよ……

 

 しまったな。もう少し定期的に顔を見せておくべきだった。いくら俺がこういう話に造詣が深いといっても、こうまで暑苦しく語られては堪ったもんじゃない。……つか、つらい。

 

「ノーマ、分かった! 分かったから、一回落ち着け!」

 

 まぁ、要するに、ピニオン歯車(回転の力を直線へ変換する役割を持つ歯車)に極端な負荷が掛かっていたので、アイドラ歯車(≒遊び歯車)という、一回り大きい歯車を間に挟んで巨大な歯車を動かすための負荷を軽減させてやろうという話だ。

 

 ミニ四駆でたとえると、ピニオン歯車ってのは『モーターにくっついている小さい歯車』だ。それはとても小さな歯車で、モーターからの力で回転し続ける。

 こいつを起点にベルトや歯車を連結させて一つの機構(ミニ四駆本体)を動かすわけだ。

 だが、小さな歯車で大きな歯車を動かすには相当な負荷が掛かる。

 ドアノブが取れたドアを開けるのが難しかったり、ハンドルが取れた自転車を運転したりするのが困難だったり、柄の細いネジ回しでネジをきつく締めるのが苦行なように、小さな物に大きな力を加えるのは難しい。トラックや大型バスのハンドルが乗用車よりも大きいのは、直径を大きくすることで必要となる力を軽減させる狙いがあるためだ。

 

 小さな歯車で大きな歯車を動かすには相当なパワーが必要となり、また止める時にもかなりの負荷が掛かる。

 結果、着地直前に「がっこんがっこん」してしまうわけだ。

 

 ――と、そんな話を延々と聞かされて早一時間。泣いていい?

 

「制御盤の方ばかりに気を取られていたんさけど、設計図から見直したらピピーンとひらめいてねぇ、それでアタシはもう一度一から設計を……」

「ノーマ、顔! 顔近いから!」

 

 それ以上近付くと不可抗力でチューしちゃうぞ!

 

「ぬわはぁっ!?」

 

 ようやくノーマが自分の状況を理解し、物凄い速度で後退していく。

 お乳が一瞬無重力状態になり、壁際まで下がったところで「ゆっさり」とゆっくり波打った。相変わらず柔らかそうだ。

 弾力のデリア。

 マシュマロのノーマだな。

 どちらも捨てがたい。

 

「柔軟剤のCMに起用されたら、爆発的に売れそうだな」

「なんの話をしてるさね!? あぁ、いいさね、言わなくても分かってるさよ!」

 

 やわふわおっぱいを抱き、ノーマが恨めしげに睨んでくる。

 少しくらいいいじゃねぇか。

 二十四区遠征中は乳率が激しく節約されていたんだから。省スペースが過ぎるのも考えものだな。

 

「とどけ~る1号の改良もいいんだが、その前に作ってほしい物があるんだ」

「なんさね!?」

 

 歯車を握りしめて急接近してくるノーマ。

 お前も社畜魂燃やし過ぎじゃないか? 仕事って、適度に忙しいくらいがちょうどいいんじゃないかなぁ。過労で倒れるぞ。

 

「金型を頼みたいんだ。ベビーカステラと同じ構造で」

「また新しい食べ物を作るんさね? ヤシロもほとほと仕事好きさねぇ」

「いや、お前とジネットにだけは言われたくねぇよ」

 

 もっとも、この街の連中は自分の仕事が好き過ぎるヤツらばかりだが。

 

「それで、今度はどんな形なんさね?」

「原型は木で作ってきたんだ。こいつで鋳型いがたを作ってくれるか?」

 

 熱した鉄を型に流し込んで作成する鋳造ちゅうぞう。その型を鋳型といい、この鋳型の善し悪しは職人の腕によって大きく左右される。

 ノーマんとこは、木で原型を作り、鋳型用の砂の中に原型を埋めて、その砂を固めることで鋳型を作成している。

 砂が固まれば、原型の形だけ綺麗にへこんでいるってわけだ。

 

 もっとも、今回は凹凸が逆なので、もう一回型を写す必要があるけれどな。

 鯛の形の鉄を量産するのではなく、鯛の形に焼ける型を作ってもらうのだから。

 

「ちょっと変わった形なんだが、綺麗に出そうか?」

「ちょっと見せておくれな」

 

 興味津々のノーマにたい型を手渡す。

 瞬間――

 

「きゅんっ!」

 

 ノーマのときめきが、声となって聞こえてきた。

 いや、「きゅんっ!」って言わなくても……思わず言っちゃうものか、「きゅんっ!」って?

 

「かっ、かわっ、かわ、かわい、かわいいさねっ!」

「そんな形の食い物なんだが……」

「こ、これが食べられるんかぃ!?」

「『これ』は木だから食えねぇぞ!」

「食べてみたいさね!」

「完成したらな!」

 

 なんだか、しっかり否定しておかないと木型を貪り食いそうな勢いだ。

 

「はぁぁああ……こんな可愛い食べ物が陽だまり亭で食べられるんさねぇ…………通うことになりそうさね」

「なぁ、可愛い食べ物って、どうなんだ?」

「いいさね! すごくいいと思うさね!」

 

 熱い!

 だから熱いって、ノーマ!

 熱く語り過ぎて、おっぱい超揺れてるから! ホントありがとね!

 

「お前ら、ウサギさんリンゴで泣くほど拒絶反応見せてたじゃねぇかよ」

「…………? なんでここでウサギさんリンゴが出てくるさね?」

 

 ……こいつら、マジでウサギさんリンゴとたい焼きは別物扱いなんだな。

「可愛いのに食べたら可哀想!」って意見はどこ行ったんだよ?

 ウサギの虐殺シーンは目を背けたくなるけれど、白魚の躍り食いは「美味しそう」って思っちゃうような感じなんだろうか……

 じゃあ、どこかにはいるかもな、「たい焼きを食べるなんて可哀想!」って層が。

 

 まんじゅうの『ひよ子』や『鳩サブレ』も、可哀想っていう派と気にしない派がいるからな。

 俺はとりあえず頭から食うけどな。……あんなもん、頭さえなくなればただのまんじゅうとサブレだ。

 

「ヤシロ、すまないけれど二時間おくれな! すぐに作ってみせるさね!」

「そんな急がなくていいから」

「他の仕事全部投げ打って、超特急で試作品を作るさね!」

「お前、仕事が好きなのか、適当にやってるのかどっちだよ!?」

 

 社畜かと思いきや、結構趣味を優先させてやがる。

 金物ギルドのギルド長はノーマを叱ったりしないのだろうか…………まぁ、あのおっぱいを見せられちゃ、叱るなんて不可能だろうが……俺も、おっぱいがなければ四発くらい殴ってるかもしれない。

 

「あぁっ! しまったさね……! 今日はトヨシゲが休暇取って三十五区に行っちまってるんだった……っ」

 

 また濃ゆい名前のオッサンが出てきたもんだな。……ん? なんでオッサンって決めつけるかって? どうせオッサンだろ、トヨシゲなんて。

 

「鋳型作りはトヨシゲが一番うまいんさよねぇ……トヨシゲの助手のゴリレアスで妥協を……いいや、ダメさね! こんな可愛い金型、トヨシゲにしか任せられないさね!」

 

 随分とノーマの信頼を得ているようだな、そのトヨシゲとかいうヤツは。

 四十二区の金型ギルドは何気にいい仕事をしてくれているからな、腕のいい職人なのだろう。イロモノばっかりが集うギルドではないってわけだ。ちゃんとしたヤツもいるのだろう。

 

「なんでこんな日に限って『三十五区のお花畑でネクター飲んでくるの~ん♪』とか言って出掛けちまったんだろうねぇ、あの胸毛オバケは!」

 

 あぁ……やっぱりイロモノか。残念だなぁ、金物ギルド。

 

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