「では、バルバラさんとテレサさんは、今日一日わたしたちと一緒に過ごしませんか?」
テレサの『くしゃしゃう』が可愛かったようで、ジネットが積極的になっている。
舌っ足らずが無条件で可愛く見える年齢だしな、まだ。
これがロレッタくらいの年齢にやられるとあざとくてイラッとするんだが。
「ま、ロレッタも言えないだろうけどな」
「そんなことないですよ! ちゃんと言えるですよ『救ってくだしゃる』くらい! …………はう!? ちょっと引っ張られただけです! 今のなしです!」
うわぁ、マジで言えないとは……
「ロレッタ、かーわーいーいー」
「や、やめてです! 狙ったわけじゃないです! ちょっとした油断です!」
「……あざとい」
「そんなことないですよ、マグダっちょ! それは誤解です!」
むゎ~むぁ~!
と、両腕を振り回すロレッタ。
マジ間違いは恥ずかしいらしい。
「よし、ロレッタ。汚名を挽回するチャンスをやろう」
「ふぉお! お兄ちゃん、優しいです!」
「いや、ロレッタ……汚名は挽回しちゃダメだよ」
細かいことは気にするな、エステラ。
汚名を返上しようが挽回しようが、結果は一緒だ、ロレッタの場合。
どっちにせよ、面白残念っ娘にしかならないんだから。
「ロレッタ。『手術室』」
「しゅじゅちゅちちゅ! はぁう! 難易度爆上がりじゃないですか! こんなの言えなくて当然です!」
いや、言えるから。
「そんなの、マグダっちょだって言えないです!」
「……オペ室」
「はぅ!? 言えてるです!」
「いやいやいや……」
『強制翻訳魔法』のイタズラか? 難易度ががた落ちして聞こえたんだが?
「モリリっちょはこういうの得意そうです。しっかりしてるですから」
「そんなことは……。でも、早口言葉は割と得意かもしれないです。あまり言い間違えたり噛んだりしませんし」
「ならお兄ちゃん、モリリっちょにも何かお題をあげてです!」
「『あなたのサトウダイコンを毎朝一緒に食べたいです』」
「い、言えませんっ、そんなプロポーズみたいな言葉! ぅきゃー!」
「言えないの方向性が違うです!? でも無性に可愛いです!」
「君たちは本当に賑やかだよね、いつもいつも」
騒ぐロレッタを、エステラが冷めた目で見ている。
おやぁ、冷めた視線がこっちを向いたぞ~?
まったく、ロレッタのせいで俺までとばっちりを……
「テレサがついてくるのはいいとして、バルバラは邪魔になりそうだなぁ……」
「なんでだよ!? 邪魔なんかしないぞ!」
どの口が言うのか……
お前はいるだけで騒がしいんだよ。
「……英雄…………まだちょっと怖いんだよぅ……」
だから、甘えるなっつのに……
「大人しくして、手伝いするって誓えるか?」
「おう! 任せとけ!」
俺はきっと、その気になればこいつをいつでもカエルに出来るんだろうな。
こいつほど迂闊なヤツもそうそういまい。
どこかで矯正してやらなきゃ、テレサの気苦労が絶えないだろうなぁ……まったく。
「まぁ、ちょうど獣人族の力が欲しかったところではあったしな」
「確かに。肉の塊って重いんだね。この量を運ぶだけでも骨が折れたよ」
牛飼いのモーガンから預かってきた肉の塊、締めて10キロ。
三人で分担して運んだんだが、それでも相当重かった。地味にな。
2キロ、3キロ、5キロって分担だったしな。
5キロを持って街を横断するの……つらいぞ~……。二度とやりたくない。
しかも、この次はさらに荷物が増える予定だしな。
「バルバラ、荷物運びを頼む」
「おう! 任せとけ!」
「あーしも、てつだぅ!」
「じゃあ、テレサさんは一緒に仕込みをしましょうね」
「ぁい!」
これから俺たちは肉の仕込みを行う。
まず、焼肉に使うタレを作り、そこへ肉を漬け込むのだ。
三~四時間くらいつけ込めば、とりあえずそれなりの味にはなるだろう。
本当は一晩くらいつけ込みたいところだが、それは追々でいい。
それよりも問題なのは……
「それよりもさ、ヤシロ……アレはどうするつもりなの? ボク、なるべく触りたくないんだけど」
エステラが顔中に忌避感をにじみ出させる物体は、肉の塊とは別の袋に収められている。
見た目は『どろれ~ん』としていて若干グロテスク。
触れば脂で手がベッタベタになる、一見すれば食材になりようもない部位。
けれど、焼肉をやるなら外せない。
そう、モツだ。
「まさか、牛のはらわたを食べるとはね……」
「ちゃんと処理すりゃ美味いんだっつの!」
「そうですね。お魚でも内臓が美味しいという方も多くいますし、正しく調理すれば美味しいのかもしれませんね」
これまで使ったことがない食材に、ジネットは若干の期待を寄せている。
とはいえ、でろ~んとした内臓を見た時は顔をしかめていたが。
「ただ、結構な重労働なんだよなぁ……とはいえ、バルバラみたいなガサツなヤツに食材の下処理とかさせたくないし……」
「なんだよ、英雄! アーシ、たぶん出来るぞ!」
いや、お前なら「なんだこれ!? べたべたして気持ち悪い!」って投げ出すに違いない。
結構量があるから腕が疲れそうだが……俺がやるしかないか。
やれやれ……と、ため息を吐いた時、その声は轟いた。
『困っているようだな、カタクチイワシ!』
「マグダ、すぐにドアを施錠しろ!」
「……もうすでに」
『んな!? 開かない!? こらぁ、カタクチイワシ! 開けろ~!』
ドアをドンドンと叩くアホ領主。
……あいつ、ホント帰らなくていいのかよ?
「ボクが対応してくるよ……」
「追い返せよ。三十五区のためにも」
「……出来ることなら、ね」
エステラが肩を落とし、とぼとぼとルシアを出迎えに行く。
マグダが鍵を開け、ドアを開くと――
「じゃじゃ~ん! 呼ばれてないのにマーシャちゃ~ん☆」
水槽に入ったマーシャが満面の笑みを浮かべていた。
エステラが、無言でドアを閉めた。
イメルダは無言で頷いた後、エステラにサムズアップを送っていた。
なんだか、二人の間で共通の認識が生まれているようだ。
……マーシャ、よっぽど面倒な仕上がりになるんだな、酒を飲むと。
ドアの外できゃいきゃい騒ぐ声が聞こえてくる。
あ~ぁ、もう。
今日も今日とて……濃い一日になりそうだ。
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