ずらりと並ぶ、厚化粧の女性たち。
この大雨にやられて、盛大にメイクが溶け出している。
ごめんね………………怖ぇよ!
だってさ!
人の肌とはかけ離れた真っ白なほっぺたの上を、目から垂れた真っ黒な水が流れ落ちてるんだぞ!?
怖いって!
「驚かれたようですね、オオバヤシロさん」
代表者っぽい一人の女が一歩、他の連中よりも前へと進み出る。
えぇ、そりゃもう、驚き過ぎて今晩トイレに行けないくらいだよ。
「あなたの言葉に勇気をもらい、私たちはこんなにも美しくなりました!」
なれてないよ!
君らの目的地、そっちじゃない方向の、結構遠いところだよ!?
「お前らのオシャレは、迷走してるぞ」
「迷走……そう、私たちは、オシャレの夢追い人」
「いや、迷子だよ」
これだから、もう……
自分なりにいろいろ考えて頑張っちゃったもんだから、その努力だけで満足しちゃってんだよ、お前らは。
努力に酔っているうちはまだまだ初心者、いや、素人だ。
結果を冷静に見つめられるようになって、初めてプロ、ようやくのベテランだからな。
「あの、みなさん」
濡れた二十人の女性の前に、大量のタオルを持ってジネットが立つ。
あのメイクを拭かれたら、洗濯が大変そうだなぁ……
「みなさんは、もっと普通にされていた方がきっと素敵だと思いますよ」
さすがのジネットも思ったようだ。「そのメイクはない」と。
ジネットの指摘は真っ当なもので、この『新たな通りの名称を考える会』の女性たちは明らかにやり過ぎだ。
なのだが……
「あなた、メイクはされていないんですね?」
「え? はい。わたしは、あまりそういうことは」
「ふん! オシャレのイロハも知らないような人が、分かったような口を利かないでくれますか!?」
「「「そーよ、そーよ!」」」
……聞く耳持ってねぇ。
つか、お前らがいつオシャレのイロハを知ったって?
「メイクをすれば、女は美しくなれる。ならば、メイクをすればするほど、美しさは増す! 子供でも分かることですよね!? 私、間違ってませんよね!?」
「あの、いえ……えっと……と、とりあえず、濡れた髪をこれで……」
ぐいぐいと詰め寄られて、ジネットが狼狽する。
その際、助けを求めるように視線がこっちに向いていた。……っとにもう。
「エステラ。『何かある度に完璧なメイクをして貴族の前に立っているプロ中のプロ』であるお前からも言ってやれよ。メイクのやり過ぎは逆効果だって」
「え? あぁ、うん。そうだね。もう少しナチュラルな方が、みんなの魅力が一層引き出されると、ボクは思うよ」
プロからのアドバイスに、『新たな通りの名称を考える会』の面々は押し黙る。
結局、知った気になって自分よりも知識がないと思った相手には強く出られるというだけなのだ。
ぐうの音も出ないような格上の人間の言うことなら聞かざるを得ないだろう。
……と、思ったのだが。
「領主様のメイクは貴族様のメイクですよね? 私たちのメイクは、四十一区で誕生した庶民のメイク法なんです。これが正解なんです」
「えぇ…………」
どうしようみたいな顔でこっちに顔を向けるエステラ。
弱腰だなぁ、お前は。特に女に対しては、一切強く出やがらねぇ。
それにしても強情なお嬢さん方だ。
エステラを領主と知りながら、無礼も覚悟で反論してくるとは。
あれかな? メイクをしたことで『違う自分』になれちゃう感じかな。
普段と違うことをすると、いつもの気弱な自分から脱却できる。そういう人間は割と多い。
彼女たちも、これまでは不平不満も言えずに与えられた状況を甘受していた大人しい女性たちだった。
それが今、まさにこの瞬間、『変わろう』としているのだ。
変化は、人に興奮と高揚を与える。
だからこそ、否定されることを酷く恐れてしまう……時がある。
しょーがねぇなぁ。
「ジネット。スイカをカットして持ってきてくれ」
「スイカ……ですか? はい。少しお待ちください」
大量のタオルを『新たな通りの名称を考える会』のメンバーに渡し、ジネットが厨房へ引っ込む。
ハムっ子畑で採れた美味いスイカがあるのだ。
井戸で冷やして教会のガキどもに振る舞おうということになっていたのだが、あいにくの長雨で気温も上がらず、スイカを食うには少々日和が悪い。ということで残っているヤツがあるので、それを出してもらう。
「さて。お前たちは自分の意見が正しく、俺たちが言うことは間違っていると、そう主張しているわけだが……今から、それがどれだけ的外れかってことを教えてやるぜ」
名探偵の推理ショーよろしく、斜に構えて『新たな通りの名称を考える会』の前に立つ。
「お待たせしましたぁ」
手際よく、綺麗にスイカをカットして戻ってきたジネット。
大きな皿に載ったスイカがテーブルに置かれる。
「食べたことは?」
「それは、まぁ。たまに」
代表者っぽい女の返答。
とりあえずは知っているようだ。が、まぁ、今ここで食ってもらえばこいつがどういうもんか分かるだろう。
「それじゃあ、ちょっと肌寒いが、食ってみてくれ」
ウリ科の食い物は体温を下げるので、こういう寒い日には避けたいんだが、パッと思い浮かんだのがこれだったんだ。まぁ、許せ。
「わっ……甘い」
「本当ね。四十一区で食べた物より美味しいわ」
「これなら、いくらでも食べられそうね」
「あぁ、ストップ! 二口程度で留めておいてくれ」
ハムっ子たちの努力の甲斐があり、スイカの出来は上々なようだ。
だが、単純にスイカを堪能してもらうのが今回の目的ではない。
「ところで、お前らは『塩』を知っているか?」
「……バカにしているんですか?」
「いやいや。念のための確認だ。ちなみにだが、塩を振ると食べ物はどうなる? じゃあ……そこのメイキャップ美女、答えてくれ」
「きゃっ」なんて、俺に指された女性が頬を押さえる。
照れなくていいから答えてくれ。ヘソを曲げないように煽ててやったんだからよ。
「えっと…………塩辛く、なる?」
「まぁ、そうだな。正解だ」
「やった」と、素直に喜ぶ厚化粧女子を見つつ、もっと普通にしてりゃそういうのも可愛く見えるのになぁ、なんて思う。
今は、濃過ぎる厚塗りと大雨のせいでゾンビメイクになってるんだもんなぁ。もったいない。
「では、ここでお前らが知らない情報を教えてやろう」
これは、マグダやロレッタはもとより、料理のプロであるジネットも、食の魔神であるベルティーナも知らなかったことなので、ここの連中が知っているはずがない、そんな情報だ。
「スイカに塩を振りかけると…………甘くなる!」
実は、日本では当たり前なこの知識、海外では意外と知られていないのだ。
ドイツ人の前でスイカに塩を振って食った日本人が、「お前、味覚と頭は大丈夫か?」と言われたなんて話も聞いたことがある。
自分が知っていることは全世界共通……なんてことは思っていないつもりでも、知らず知らず思い込んでいたりするものだ。「こんなもん、常識だろう」って。
ところが、その「常識」だと思っていた事柄が、場所が変わるだけで……
「そんなわけないじゃないですか。バカにしているんですか?」
「そーよそーよ! 塩をかければ塩辛くなるに決まってます!」
「甘くなるわけがないわ! カエルにしますよ!?」
と、こ~んなに冷たい視線を向けられたりするわけだ。
「じゃあ、試してみろよ。俺の言う通りにエクササイズをして『綺麗』を実感した時のように、な」
そう言われ、『新たな通りの名称を考える会』の女性たちはメンバー同士で視線を交差させた後、一人また一人と、塩を一つまみずつスイカへと振りかけた。
そして、齧りつく。……咀嚼。
「「「「んっ!?」」」」
そして一斉に頬を緩めて甘美な声を漏らす。
「「「「あまぁ~い!」」」」
そうだろう、そうだろう。さもありなん。
「お塩を振って、どうして甘く?」
「それも、こんなに甘く」
「甘いお塩なの? ううん、そんなことない。普通に塩辛いわ」
俄かには信じがたい。
しかし自分で経験したことだから信じざるを得ない。
そんな状況に戸惑う女性たち。
そんな中、エステラも不思議そうに首をひねっていた。
「どうして、塩を振りかけて甘くなるんだい? 特殊なスイカなのかな?」
エステラが、口の周りにスイカの汁をべったりつけて俺ににじり寄ってくる。
……やめろ。拭くなよ、俺で。
手近にあったタオルをエステラの顔に押しつけて、その答えを教えてやる。
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