異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

129話 カレーを作ろう -2-

公開日時: 2021年2月5日(金) 20:01
文字数:2,201

「ぉおおおっ! 堪らないな、この香り! 食べようぜ!」

 

 デリアが興奮して瞳をキラキラと輝かせる。

 

「香辛料をこうも惜しみなく使った料理だ……美味しくないわけがないよね」

「いうても、ここらへんのはオールブルームでは使われてへん香辛料やさかいに、全部が全部高いもんでもないんやで。バオクリエアでは日常的に使ぅてるやつや」

「バオクリエアには、こういう食べ物もあるんですか?」

「いや、こんなんは初めて見たな。『カレー』やったっけ? どんな味がするんか、楽しみやで」

 

 レジーナがぺろりと舌なめずりをする。

 それが、なんだか妙に艶めかしくて、色っぽかった。

 

「お前は、無駄にエロいな」

「無駄てなんやねん!? 適度にエロいんや!」

「エロいのは認めんのかよ……」

 

 言いながらも、その場にいる全員の意識はカレーへと向いている。

 俺も早く食べたくて仕方がない。

 

「よし、じゃあ試食と行くか!」

「待ってました!」

「テーブルに運んでからだよ。女の子ならお行儀よく、だよ」

「お、おぉ、そうか。そうだな」

 

 がっつこうとするデリアを、エステラがスマートに制する。

 まぁ、男の子も行儀よくしろって思うけどな。しないとぶっ飛ばすし。

 

 食堂へと運び、着席して、全員で声を揃えて斉唱する。

 

「「「「「いただきますっ!」」」」」

 

 スプーンをカレーに突き刺し、掬い上げ、口へと運ぶ。

 口に入れた途端、芳醇な香りが鼻腔を抜けて堪らない幸福感を与えてくれる…………の、だが。

 

「「「「「――っ!?」」」」」

 

 それは、突然やって来た。……その、『悲劇』は。

 

「「「「「辛っ!?」」」」」

 

 辛い! いや、痛い!

 

「イタタタタタタタタッ! アウチァァァアアアッ!」

 

 思わず、世紀末救世主みたいな雄叫びを上げてしまった。世紀末救世主と大きく違う点といえば、甚大なダメージを受けているのは俺だってことくらいか。

 

「て、店長っ! み、水っ!」

「あ、あのっ、しょ、少々っ、お待、お待ちっ、くだっ……」

「あぁっ、ボク、取ってくるっ!」

 

 悶絶するデリアがジネットに助けを求めるも、ジネットもあまりの衝撃に腰を抜かしてしまっているようだった。そこでエステラが厨房へと駆け込んでいく。

 しまった、水を用意してから食うべきだった。

 

「さぁ、みんな! 水だよ!」

 

 地獄の亡者のように、水へと群がる俺たち。

 行儀とか、もうそんなもんどうでもいい! 水差しを傾け水を浴びるように飲む。

 

「ひゃっはぁー! 水だぁ!」

 

 今の俺、世紀末救世主にアタタタされちゃう人みたいだな。

 

「……んぐっ、んぐっ、んぐっ! …………ぷはぁっ! ……死ぬかと思ったよ」

 

 真っ先に立ち直ったのはエステラだった。

 ジネットは相変わらず腰を抜かし、こくこくと水を口に含んではその中で舌を泳がせているようだ。

 デリアに至っては泣きが入っている。「からいよぉ~からいぃ~……」と、あまりの衝撃に幼児化してしまっている。

 まぁ、分からなくもない。俺だってぶったまげてちょっとチビりそうだった。

 香辛料の破壊力ってすごいな。直接脳みそに突き刺さるようだ。

 

「なんやのん、大袈裟に。美味しいやん」

 

 ただ一人、香辛料に異様なほど耐性を持っているレジーナだけは例外だったが。

 

「き、君、大丈夫なら水とか取りに行ってくれてもよかったんじゃないかな?」

 

 うっすらと目に涙を溜めたエステラがレジーナに抗議をする。

 

「アカンねん。ウチの故郷ではな、『たとえ親にでも立ってへん時は使われるな』っていうことわざがあってな、ウチはそれを破ることが出来ひんねん」

 

『立ってる者は親でも使え』よりも酷い言葉だな、それは……

 

 あぁ……しかし驚いた。

 やっぱ素人が見よう見まねでなんだって出来るわけじゃないんだな……

 

「あ、あの……ヤシロさん…………これは、これで完成……なんでしょうか?」

「いや……完成ではあるんだが……これは無理だ。食えねぇよ……」

 

 完全に失敗だ。

 なんでだろう?

 唐辛子が想像以上に辛かったのかな……いや、たぶん、すべての香辛料が俺の知っているものよりもいろんな意味で強烈なのだ。

 辛さも、香りも、きっと効能も。

 

 味の方向性は悪くない。

 ただ、香辛料の『攻撃力』が高過ぎただけだ。『あとを引く辛さ』なんてニクイ味でもない。これはただただ人の味覚を破壊しに来ている、食べる凶器だ。

 

 まさに悲劇……こんなことになるとは………………ん? 『ヒゲキ』……?

 

「そうだ! リンゴとハチミツ!」

 

 カレーが辛過ぎるのなら、リンゴとハチミツを入れればマイルドになるはずだ!

 なんで『ヒゲキ』で思い出したかは、うまく説明できないけれど、リンゴとハチミツがあれば『ヒゲキ』を『カンゲキ』に変えることが出来そうな気がする!

 

「あとでベッコのところに行こう」

「ハチミツでなんとかなるのかい?」

「なる! その後、ミリィに頼んでリンゴを採りに行こう」

 

 たしか、以前森に行った時にリンゴの木を見た気がする。

 あ、そうだ。ミリィとは森デートの約束があるんだ。これはちょうどいいじゃないか。

 

「え~、ウチ、これでえぇ思うけどなぁ……」

 

 あっさりと一皿を完食したレジーナ。

 ……まぁ、日本にもいたけどな、十倍カレーとか好きなヤツ。

 

「ベースはもっとマイルドにして、お好みで辛さを選べるようにしよう」

「そうですね……さすがにこれはお子様たちには食べさせられません」

 

 ジネット的には、このカレーはお子様ランチの新メニューのつもりなのだ。

 なら尚のこと、甘口の中の甘口にしなければ。子供が変なトラウマを背負っちまう。

 

読み終わったら、ポイントを付けましょう!

ツイート