「店の者はいるか!」
しばらくして、あのお客さんが言ったように二人の兵士が店にやって来た。
とても怖い顔つきで、大きな声で怒鳴りながら。
二人の兵士は、エステラのところの近衛兵よりもちょっと豪華な鎧を身に着けていて、見覚えもない顔だった。
二十九区の兵士に間違いなさそうだ。
「オオバヤシロという男に覚えはないか?」
来た……
この兵士もヤシロのことを知っている。
それもフルネームで……
やっぱり、ヤシロ、捕まっちゃってるんだね。
「もし心当たりがあるのであれば、見届け人として……」
「あのっ!」
もう、迷っている暇はない。
「これ、手付金です……」
「……ほう」
「これで、どうか……ヤシロを…………」
怖くて、声が震える。
言葉がうまく出てこない。
けれど、兵士はそれで分かってくれたようで――
「そういうことであればもらっておこう。早く会えるとよいな」
そう言って、店を出ていった。
入り口を通り過ぎる間際にこちらを向いて。
「他言は無用だ」
そう釘を刺して帰っていった。
心臓が、痛い。
なんだか、とんでもないことをしてしまったような気分になってる。
大金がなくなったから?
二十九区の兵士が、怖かったから?
……ヤシロが、いないから?
「……ヤシロ…………早く、帰ってきて……」
指を組んで、精霊神様に祈りを捧げる。
精霊神様、どうか……早くヤシロに会わせてください。
それが叶うなら、あたしはなんだって……
「お~い、パウラ。今ちょっと時間いいか?」
精霊神様への祈りが届いたのか――
「…………え?」
「いや、実はな。ジネットがさっき変な男を見たって言っててな」
思っていたよりもずっと早く――
「……ヤ、シ…………ロ?」
「ん? あぁ、俺だけど?」
――ヤシロに、会えた。
「…………えぇぇぇぇえええええええっ!?」
「なんだよ!? どうしたんだよ!?」
なんで!?
なんでヤシロが!?
え、もう釈放されたの? さすがに早過ぎない!?
ドキ、ドキ、ドキ、ドキ……と、心臓が嫌な音を立てる。
しくしくと、握り潰されるように……痛い。
うそ……じゃあ、あたし、もしかして…………
床を蹴って、そばのテーブルにぶつかったのも気にしないで、あたしは全速力で店の外へ飛び出す。
光るレンガに照らされてぼんやりと輝く大通り。
レンガの光が、空の暗さを余計引き立たせている気がした。
前にも、後ろにも、右にも左にも……二人の兵士の姿も、あの飲んだくれみたいなお客さんの姿も、どこにもなかった。
あたし…………騙された、の?
「……どうしよう…………」
呟いたら、涙が溢れてきて、音もなくこぼれ落ちた。
動悸がする。吐き気が酷い。
10万Rb……すごい大金だった。初めて見たくらい……あたしが、もっと冷静だったら…………父ちゃんと、頑張って貯めたお金なのに…………あたしが……あたしのせいで…………
めまいで、立っていられなかった。
「おっと!」
膝の力が抜けて、地面に吸い寄せられていく体を、ヤシロが受け止めてくれた。
見た目よりも、意外とがっしりしていてたくましい腕が、あたしの腰をしっかりと抱き支えてくれる。
ヤシロの胸に体を委ねる。
すごく落ち着く……ヤシロの匂い…………なのに、吐き気が止まらない。
全身が震えて、頭が……どうにかなっちゃいそう……あたし……あたし…………
「パウラ」
止まらない涙でぐしょぐしょになった顔を、ヤシロに向ける。
きっと酷い顔をしていたんだろうな。ヤシロが一瞬、驚いた顔をした。
そして、すごく真剣な表情であたしに言う。
「会話記録を見せろ」
『会話記録』は、プライバシーの宝庫。
それを見せるなんて、将来を誓い合った恋人にだって躊躇ってしまう。それくらい、秘密にしておきたい物。
けれど……ヤシロなら…………
「ヤシロ…………助けて……」
……甘えられる。
悪いなって、思うんだけど…………
ヤシロの大きな手がつむじを包み込むようにぽふっと乗っかってくる。
けど、絶対に耳には触れないように……優しいな。あたしたち獣人族のデリケートなところ、ちゃんと知ってくれてる……
じんわりと、ヤシロの体温が伝わってくる。
「……任せとけ」
あぁ……これで何度目になるだろう。
ヤシロに助けてもらうのは。
お店が潰れそうだった時と、虫が混入したって難癖付けられた時と…………もっと、ずっと、いっぱい……
ヤシロは普段、人のお願いを素直に聞いてはくれない。
見返りを求めたり、嫌そうな顔したり、面倒くさそうにやる気がないような態度をとったり……そんなことをしながら、あたしたちを助けてくれる。
みんなそれを知っている。
ちょっと面倒くさいところもあるけれど、それがヤシロだから。
でも、本当に、本当の本当に困った時は、こんな風に――「任せろ」って、言ってくれる。
これって、すごく珍しくて貴重……だから、泣けてくる。
「マグダ、ロレッタ」
「……分かっている」
「全員に招集かけてくるです!」
ヤシロが声をかけると、店の外からマグダとロレッタが顔を出した。
一緒に来ていたの?
目が合うと、マグダとロレッタはきゅっと唇を引き結んだ。
「……パウラを泣かせた罪は、重い」
「まったくです! 徹底的にとっちめてやるです!」
大きな歩幅で、マグダとロレッタが夜の大通りを駆けていく。
マグダは東に、ロレッタは西に。
そして、ヤシロはここにいてくれて……
「人気者だな、パウラは」
そんな冗談で、あたしを笑わせてくれる。
……なによ、それ。もう……
あ~ぁ。あの二人……
情報紙のことで「勝負よ」なんて啖呵切っちゃったのにな……優しいんだもんなぁ、ホント。
「ヤシロ……ごめ…………ううん、ありがと」
「終わってからにしてくれ」
「……うん」
それから数分で、カンタルチカには大勢の人が詰めかけてきた。
夜中だというのに。
みんな、怒ってくれていた。
あぁ、これが四十二区なんだなぁ。
ヤシロと、エステラが必死になって一所懸命作り上げたあたしたちの街。
あたしたちが、みんなで守っていかなきゃいけない、大切な……四十二区。
「急に呼び出して悪かったな。――お前らに、話がある」
ヤシロが低い声で言って、真夜中の四十二区ミーティングが始まった。
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