「やってくれたね、ヤシロ……」
アゴの汗を拭い、エステラが待機列へと戻ってくる。
ナタリアを軸に、エステラが大外で全力ダッシュをすることで綺麗に回転していたのだ、そりゃあ汗もかくだろう。
「次から次へと奇抜な手を使って……」
「けど、ルールには則ってるだろ?」
お前らが認めたのだ。
『竹を持ってさえいれば走らなくてもOK』だと。
「けれど、その戦法が使えるのはさっきの第三走者だけだったようだね。白組の第四走者はみんなガタイのいい男性ばかり。さすがにあの重さを振り回すのは……」
と、そこまで言ってエステラが目を見開いた。
「「ふぅぅんぬゎぁあああああああっ!」」
ぶぅぅ…………んっ!
と、そこそこガタイのいいオッサンがしがみついた竹が振り回されたのだ。
初代花火師、現役引っ越し業者のガテン系虫人族のコンビプレイによって。
「あいつら、重たい家具を放り投げるのが得意らしくてな。あぁいうバランスの取りにくい物でも平気で振り回せるんだってさ」
「そういえばそうだったね!?」
カブリエルたちの素性を知りながら失念していたエステラが悔しそうに髪を掻き毟る。
これぞ、二段階目の驚きだ。
「まさか、あんなガタイのいいヤツまで振り回すなんて」ってな。
ちなみに、第四走者のメンバーは、カブリエル&マルクスWith『仮に吹っ飛んでも特に困らないボーイズ』だ。
ちなみに、カブリエルが「一番遠いところが軽いと不安になるから、端っこは重めがいい」と言ったのでヤンボルドを抜擢した。最初はグーズーヤにするつもりだったんだが、それだとすっぽ抜けてしまう恐れがあるのだとか。
ストッパーだな。実際、吹っ飛びそうになっていたウーマロを、握力が強くてしっかりと竹を握っていたヤンボルドが体で受け止めていたからな。
「やってくれるじゃねぇか、ヤシロ……」
「ふふふ……これは、アタシもちょっと本気を出しちまいそうだねぇ」
あまりに力強い大スウィングを目の当たりにして、デリアとメドラの瞳に炎が宿った。
そして、それと同時に、両名と同じチームに組み込まれてしまったガタイのいいオッサンどもがガタガタと震え始めた。
「オメロさん、おそーい!」
「いやっ、俺、力仕事担当で、走るのは……!」
「オメロ、遅いぞっ!」
「はぃいい! 死ぬ気で走りますっ!」
教会のガキどもに引き摺られるオメロにデリアの渇が飛ぶ。
途端にオメロの速度が上がった。……ヤツの寿命と引き替えに。
あいつは今、魂を削って走っているんだ。
そして、赤組がバトンタッチを終える。
「ごめん、メドラさん! 抜かされちゃった!」
「けどまだ僅差さね! あんたたちなら巻き返せるって、アタシは信じてるからね!」
黄組もジャンプとくぐりを終えてアンカーが走り出す。
「遅いぞ、牛飼い! 急げ!」
「全速力だっつうの!」
罵倒し合いながらも、きっちりとバトンパスを行い、青組アンカーのウッセたちが飛び出していく。
「すまねぇ、兄ちゃん! 抜かせなかった!」
戻ってきたカブリエルが竹を低くしながら謝ってくる。
なので、その竹をジャンプしながらその健闘を称える。
「なぁに、ここまで追いついたんだ。上出来だぜ!」
あとは任せておけ――
マグダとロレッタに!
「よし、ジネット、マーシャ、竹にしがみつけ!」
「はいっ!」
「わはは~い☆」
俺とジネット、そしてマーシャは、竹を受け取るや否や両手で抱きかかえるようにして竹にしがみついた。
その竹を頭上に掲げて、陽だまり亭の……いや、四十二区において屈指の俊足を誇る二人の少女が発射する。
「行けぇ! マグダ、ロレッタ!」
「……合点――」
「――承知の助です!」
めっっっっっっっっっっっちゃ速い!
「きゃぁあああああ!」
「きゃはははぁぁあああ☆」
ジネットは悲鳴を、マーシャは歓声を上げる。
そして俺は――チビらないように膀胱を引き締めていた。
ジェットコースターより怖ぇぇええ!
凄まじい速度で直進したかと思うと、急に「ぎゅん!」って回転して、その度にジネットが「きゃあ!」、マーシャが「うきゃー!」、俺の膀胱が「きゅっ!」っと音を漏らす。
どんな状況なのか、ゆっくりと確認する暇もないが、「なっ!?」「嘘だろう!?」なんて、デリアやメドラの声が聞こえたから、追いついたか追い抜いたのだろう。
見事に三段階目の驚きが発動し、そして、ヤツらを誘い込むことが出来たようだ。
遠くから、こんなセリフが聞こえてきた。
「このままじゃ負けちまう!」
「親方っ、ちょっと落ち着いてくだせぇ!」
デリアと川漁ギルドのオッサンの声。
「あんたら、ちんたら走ってんじゃないよ! 速度が出ないなら竹に掴まんな! アタシが全速力で追いかけてやる!」
「「「「むりむりむり! 無理よ、そんなの、怖過ぎ~!」」」」
メドラと金物ギルドのオッサンたちの声。
そして。
「よぉし! あたいも白組の真似するぞぉ!」
「あんたら、しっかり竹に掴まっときな!」
そんな不穏な声が聞こえて……
ゴッ………………………………ォオン!
分厚い空気の壁をぶち破ったようなスウィング音がして、「「「「ぎゃぁああああ!」」」」という複数の野太い声が聞こえて…………そして消えていった。
まぁ、打ち合わせもなしにデリアやメドラのフルスウィングを喰らったら、そうなるわな。
「……ヤシロ、みんな、降りて」
マグダの声に、俺たちはまぶたを閉じたまま手を離す。
と、すぐそこに地面があり、背中で静かに着地したことを悟ると、すぐさま起き上がって来たるべき瞬間に備えた。
マグダとロレッタが竹を持って待機列の後方まで行き、そして戻ってくる。
竹をスタートラインの上に置いて――
「ゴォールです!」
鐘が高らかに打ち鳴らされ、白組の再逆転勝利が確定した。
遠回りなように見えるが、この手順を踏まなければ、メドラやノーマを有する黄組や、デリアと木こりギルドを有する赤組に追いつかれかねなかった。
もう一つ言えば、『竹を振り回す』という裏技を強烈に印象付けることによって、『竹にしがみ付いて運んでもらう』という真の切り札に気付かせないというのが今回最も重要なファクターだったのだ。
大人三人くらいなら楽々に抱え上げて、その上でアホみたいに速く走れるヤツがごろごろいるこの街のことだ。そこを悟られたらこの競技自体が意味をなくしてしまう。
こいつはいわば、初回限りの裏技ってところだ。次回があるなら禁止されるだろうな、どっちも。
と、そんな裏の事情を一切合切悟らせないために、短い期間で天と地を味わわせて連中を翻弄する必要があったのだ。
まぁ、そのために起こってしまった不可避の不幸な事故は、仕方がなかったと諦めよう……安らかに眠れよ、オッサンども。
ちなみに。
この競技は五人全員が竹を持っていないと先へは進めないルールなので、不可避の不幸な事故によって味方を遠くへ吹き飛ばしてしまった黄組と赤組はメンバーが戻ってくるまでその場で待機することとなり、二着が青組。そして赤組、黄組の順でゴールとなった。
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