「あんた、ヤシロって男は知ってるな?」
「……っ!? ヤシロ……知ってる、さよ」
激しい動揺。
姿をくらましたヤシロのことが心配で堪らないんだろう。
「実はな……、ヘマをやらかして二十九区の兵士に捕まりやがったんだ」
――俺の手下のバカヤロウが、な。
ヤシロって野郎の話はさっきので終わりだ。今はうちの手下の話をしている。
俺は何も嘘を言っちゃいねぇ。『精霊の審判』には引っかからない。
「それで、なんとか手を打たなきゃ命が危ねぇんだ」
調子に乗って領主を詐欺にかけて、で、ヘマをしちまった。
いや、手下がドジを踏みやがった。
二十九区の領主、ゲラーシー・エーリンは面子をとても気にする男だ。
おのれを欺こうとした詐欺師を許しはしないだろう。最悪、命も危ねぇ。……から、嘘ではない。
「金がありゃ、助けてやることが出来るんだよ」
「…………金、かぇ?」
「あぁ、そうだ。保釈金を支払えば、大抵の罪は帳消しに出来る。あんたも分かるだろう? それが貴族のやり方なんだよ」
「……そうなんかぃ」
いまひとつ、ノーマは浮かない顔をしている。
なんというか、こっちの話に食いついてきていない。
街の噂を聞く限り、こいつならヤシロって野郎の名前を出せば一も二もなく金を出すと踏んだんだが……
ちっ。
しょうがねぇ。ちょっと癪だが、ヤシロって野郎を最大限利用させてもらうぜ。
「あんた。ヤシロに会えてねぇんだろ?」
「…………」
ノーマは答えない。
けれど、表情を見れば分かる。物憂げな瞳が、会えない時間の寂しさを物語っている。
「会いたく、ないのかい?」
「…………」
唇を噛み締める仕草も色っぽい。
言葉はなくとも、感情は手に取るように分かる。
もう一押しだ。多少大袈裟でも構わねぇ、ノーマの心を大きく揺さぶってやる。
「金を払えば会えるんだ! 10万Rbでいい!」
「……じゅうまん…………そんなお金……」
「戸惑ってる場合か!?」
ここで、一度話を区切る。
ここから先は、また別の話だ。さっきの会話との関連性などない。絶対にない。
「会いたいんだろ、ヤシロに」
ぐらり……と、ノーマの体が揺らぎ、床の上にくずおれる。
「…………会いたい……さね…………」
顔を伏せ、絞り出したような震える声で呟く。
よし、落ちた!
俺はさりげなく二度咳払いをする。
仲間に向けた『突入』の合図だ。
程なくして、鎧を身に纏った二人の兵士が工房へと入ってくる。
「オオバヤシロの知り合いの者はおるか!?」
声を荒らげ、足を踏みならして、近場にあった鍛冶道具を蹴飛ばして入り込んでくる。
……バカヤロウが。それじゃあ兵士じゃなくてチンピラだ。
「おい、女! オオバヤシロを知っているな?」
ノーマを取り囲む兵士二人。
しかしノーマは両手で顔を塞いだまま、顔を上げようとしない。
泣いている顔を見られたくないのかもしれない。可愛いヤツだ。
「顔を上げろ!」
「なんとか言え!」
しかし、兵士二人はノーマの奥ゆかしさになど気付かずに乱暴に怒鳴りつける。
目の前に大金がチラついているにもかかわらず、進展が遅いことに苛立っていやがるんだろう。だから小物なんだよ、テメェらは。
「オオバヤシロと親密な関係であることは調べが付いているんだぞ!」
コノヤロウ……余計なことを。
が、ここで俺がしゃしゃり出るわけにはいかない。
なにせ、悪党である兵士に金を巻き上げられたノーマを癒してやるって役目が残っているからな。
兵士どもに荷担するわけにはいかねぇんだ。なんとかテメェらだけで金をせしめてみせろ。
――なんて思ったのが間違いだった。
「オオバヤシロがお前に金を払ってくれと言っておったのだ! さっさと差し出さんか!」
この大馬鹿野郎!
俺たちはオオバヤシロに会ったことはない。なのに、オオバヤシロがノーマに金を払えと言ったなんて……そんな大嘘をなぜ吐きやがるんだ!?
バレたら『精霊の審判』でカエルだぞ!?
「……ヤシロと…………話をしたんかぃ?」
蚊の鳴くような小さな声で、ノーマが言葉を発する。
兵士の言葉に、初めて反応を見せた。
……やはり、キーになるのはヤシロって野郎か。
こうなったら仕方ねぇ。
テメェで勝手に嘘を吐きやがったんだ。あの兵士を犠牲にして残ったメンバーで手柄を山分けだ。
テメェはもうすでに嘘を吐いたんだ。何度吐こうが一緒だ。
よぉし、兵士A! テメェが前に立って金を巻き上げろ。任せたぞ。
「話した。ヤツもお前に会いたがっていたぞ」
「ヤシロが……アタシに? 本当、さね?」
「あぁ。会いたいと言っていたさ。なぁ?」
「…………」
同意を求められた兵士Bは無言を貫いている。
嘘の巻き添えはごめんなようだ。
「アタシ……ヤシロに、会えるんかぃね?」
「あぁ。金さえ払えばな」
「…………そうかぃ」
今さら焦り始めた兵士A。
変な汗を浮かべながらも、さっさと仕事を終えようとしている。
まぁ、バレたとしても四十二区にさえ来なけりゃカエルにされることもないだろうしな。早く帰りたいんだろうな。
「金なら、そっちの部屋にあるさね」
白く細い指が頼りなく宙をさまよい、工房の奥の部屋を指差す。
なるほど、あそこに金を保管してあるのか。
「よし、取りに行くか」
「そうだな。見た限り、立てないようだしな」
金の在り処を聞き出し下衆い笑みを浮かべる兵士二人が、工房奥の部屋へと向かって歩き出す。
金はアイツらに任せて、俺はノーマを…………むふふふ。
「そんなに泣くなよ。大丈夫だ、取られた金はきっとこの俺が……」
「「うわぁぁああああああっ!?」」
これから女を口説こうとしている時に、バカ二匹がバカみたいな声を出しやがった。
見ると、奥の部屋の前で二人して腰を抜かしてやがる。
何やってやがんだよ、まったく。
「何かあったみたいだな。ちょっと見てくるぜ」
あくまで、工房内でのトラブルを片付けるために。ひいてはノーマ、お前のために。
という建前で、バカ二人の様子を見に行く。
ったく。ここ一番でヘマして捕まるバカは一人で十分だっつの!
「お前ら、何やってんだ」
苛立たしげに小声でバカを叱責する。
と、バカ二匹は揃って部屋の中を指差した。
腕ががくがく震えてバカみたいに指先がぶれている。
この部屋に何があるってんだ。
と、部屋の中を覗き込んで――
「ぎゃぁぁああああああああああっ!?」
――絶叫した。
せずにはいられなかった。
部屋の中は、真っ赤に染まっていた。
どろっとした液体が床一面を覆い、壁にも天井にも、黒々とした赤い物体が飛び散っている。
そして何より心臓を縮み上がらせたのは……部屋の中央に転がっている二体の…………人間。一組の、男女…………
何度も何度も突き刺されたかのような刺し傷が全身に広がり、男と思しき方はそこに転がっている巨大なハンマーで頭をかち割られていた。
そして女の方は……首があり得ない方向を向いていた。うつ伏せで倒れているのに、顔面は空を仰いでいる。く、首がっ、180度回っている…………
こ、ここ、これは…………し、し、ししし……
「会いたいさね……」
ゆらりと、背後で影が揺れる。
地獄の蓋が開いたかのような寒気が全身を襲う。
「……アタシが、この手で…………ヤってやったってのに……」
声が、ゆっくりと近付いてくる。
「あの女と…………。ヤシロの周りをちょろちょろしていたあの女と……」
引き摺るような不安定な足音が、すぐそこまで来ている。
「あの女と一緒に、アタシがこの手でヤってやったはずなのに……」
ざわり……と、風が頬を撫でた。
「おかしぃさねぇ……」
……それは、風じゃなかった………………ノーマの……女の……長い髪。
長い髪の毛が、頬に……触れた。
「ひぃいぃいいいいいっ!?」
思わず腰を抜かし、床に這いつくばるように女から逃げる。
「あんたらは、ヤシロに会ったと言った…………ヤシロは、別の場所にいるって……」
うっかり見ちまった女の顔は…………人間の顔じゃなかった。
羅刹――
怨念を浮かべた、魔の者の顔だった。
「じゃあ、ここにいるのは…………誰、なんかぃねぇ?」
心臓が、破裂する……っ!
「また、アタシから逃げたんだね…………」
だらんと垂れた首をぐるりと回し、長い髪を振り乱して……女が、こちらをじろりと睨む。
「教えな…………」
ゆっくりと、女の腕がこちらへ伸びてくる。
気が付けば、俺たちは三人で抱き合っていた。
「あんたらが見たっていうヤシロの居場所を、今すぐアタシに教えるんさよぉぉぉおおお!」
「「「ぎゃぁぁああああああ! ごめんなさい、嘘です、見てません! 僕らただの詐欺師なんです! ヤシロなんて男に出会ったことなんかありませぇぇぇええええん!」」」
泣き叫びながら、がくがく震える足で逃げ出す。
大金槌を振り上げて追いかけてくる羅刹から懸命に逃げる。命がけで逃げる。
やけに広い工房の出口を目指して、走る、走る、走る!
縋りついてくるバカな仲間を足蹴にして、出口から外へと飛び出した。
そこには――
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