「しかし、アレやな……これだけ仰山種類があると、どれが美味しいんか分からへんな」
「一口ずつ試していくにしても、すぐにお腹一杯になっちゃいそうですね」
「さっきの白いのは美味しかったよ。ボク、アレをもうちょっともらおうかな」
「セロンが選んでくれた、この黄色い花も美味しいですよ。後味が爽やかで」
「ウェンディが最初に美味しいって言ってた桃色の花の蜜も美味しかったよね」
「よし、青と黄色と桃色は避けよう」
セロンとウェンディの飲んだ蜜は、なんとなく飲みたくない!
どうせカップル限定なんだろう!?
「うわぁ、あのクレープ美味そ~、えっ!? 安っ!? よし、食ってくか!」って行列に並んで、やっと自分の番だって時に「すみません。こちら、カップル限定なんです」って販売拒否された時の一人もんの寂しさといったら……周りはくすくす笑うしさぁ!
俺は、二度とカップル限定の物に惑わされない!
「ヤシロさんは、どのお花が美味しいと思いますか?」
「分からん」
こんな福袋みたいなもんで当たりを引くなんてほとんど不可能に近い。
ならば……
この花園の蜜は飲み放題。ただし持ち出しは禁止。
それはすなわち、ドリンクバーと同じだ。
ドリンクバーでやるべきことといったらただ一つ!
「全種類ミックスを作るぞ!」
あるヤツ全部を混ぜて、自分だけのスペシャルドリンクを作るのだ!
ドリンクバーと、シロップかけ放題のかき氷では定番中の定番だよな!
「全種類は……さすがに無理なのでは?」
「まぁ、これだけあるとね」
「何十リットルって量になってまうな」
「だったら、そこら辺にあるヤツを適当に混ぜるまでだ!」
俺は足元に咲いている花の中から、別々の花を四種類、無作為に選び蜜を一つの花の中へと注ぎ込んだ。
蓋をして、バーテンダーのような手つきでシェイクする。
……ふむ。出来た。
折角なので、みんなにも振る舞ってやろう。
それぞれに空いた花を持たせて、一口分ずつ注いでいく。
こういうのは、シェアしなきゃな。……失敗する可能性も高いしな。
「あ…………。なんだか香りに深みが増した気がします」
「そうかな?」
「ウチにはよう分からんわ」
「ほら。とても奥深い香りになりましたよ。ね?」
「え……う~ん」
「よう分からへんなぁ……」
ジネットだけが好感触な感想を寄越す。
そして、誰よりも先にジネットが一口、ヤシロブレンドを口に含んだ。
「――っ!?」
途端に見開かれる瞳。
そして、ぷるぷると震え出す手。
「ジ、ジネットちゃん!? どうしたの!? 美味しくないの!?」
「無理したらアカンで! 吐き出し! ペッてしぃ!」
しかし、ジネットは盛大に首を振り、会心の笑みをもって断言する。
「美味しいですっ!」
「…………へ?」
「……ホンマに?」
「はい! 陽だまり亭でも、是非お客さんにお出ししたいような、それくらい美味しい味です!」
瞳をキラキラさせ、興奮気味に語るジネット。
エステラとレジーナは顔を見合わせて、一度花の中の蜜に視線を落とし、再び顔を見合わせてから、ほとんど同時にその蜜に口をつけた。
「んっ!?」
「なんちゅうこっちゃ……」
蜜を飲み干したエステラとレジーナがグイッと俺に詰め寄ってくる。
「どこでこんなレシピを手に入れたの!? いつから知ってたの? っていうか、なんで今まで内緒にしてたんだよぉ!?」
「せやで自分! こんなもんがあるんやったら、もっと早ぅ教えといてくれたらえぇねん! なんやねんな、出し惜しみなんかしくさってからにぃ! 人が悪いなぁ、ホンマ」
「いや……レシピも何も……目についたヤツを適当に混ぜただけなんだが……」
「適当に作ってこの味なんですかっ!?」
エステラとレジーナを押し退けるように、ジネットが「ずずずいっ!」と接近してくる。
目が、なんだか真剣だ……
「あ、あぁ……ガキの頃によくこういうことをしていてな」
「……子供の頃から、こんな才能が……」
いや、才能とか……どこのガキでも一回はやる、ただの『全部入れ』だぞ?
もし、それで美味かったのだとしたら、素材がよかったんじゃないか?
「英雄様……」
か細いウェンディの声に振り向くと……セロンとウェンディが泣いていた。
「なに泣いてんの!?」
「……私、こんなに美味しい飲み物に出会ったことはありません」
「しかも……こんな素晴らしいものを『感覚』で生み出してしまうなんて……これは、もう『奇跡』と呼ぶほかありませんっ!」
「大袈裟だろ!?」
「いいえっ、英雄様! これは、英雄様が起こされた奇跡です!」
「私たちは、違う味の蜜をブレンドするなんてこと、考えたこともありませんでした。それを難なくやってのけ……そして、こんな…………っ! さすがです、英雄様っ!」
やめてくれるかな?
ガキの頃のノリで『全部入れ』して、「うわっ、なんだいコレ?」「これやったら、普通に一種類の方が美味しかったんやないか?」「なんでだよ!? 美味いだろう『全部入れ』!? なぁ、ジネット?」「え? あ……さ、さぁ……どうでしょうか……?」みたいなノリを期待してたのに!
だいたい、適当に混ぜ合わせたもんがそんな言うほど美味いわけが……
特になんの感慨もなく、大した期待も抱かず、手に持った花に口をつけて中の蜜を飲み干す。
瞬間――
世界は優しい光に包まれた。
美味しいものを口にすると、人間の心っていうのは、こうも穏やかになるものなのか……
「エステラ、レジーナ……今まで散々酷いこと言ってごめん」
「ヤシロが、美味しさのあまり素直になった!?」
「なんちゅう効果のある飲みもんや!?」
「セロン、ウェンディ。幸せになるんだぜ☆」
「ヤシロがリア充に対して大らかに!?」
「効き過ぎて怖いくらいやなっ!?」
美味い。
こんな飲み物は飲んだことがない。なのに、どこか懐かしいような気もする。
悔しいが、こいつは美味い。ちょっと嵌りそうだ。
これが、本当に花の蜜か?
ガキの頃にツツジの蜜をアホほど吸いまくっていたが、こんな奥深い味わいなどはなかった。
どうもここにある花の蜜は、純粋に蜜の味がするだけじゃないようだ。
なんてファンタジーな花が咲いてやがんだ、三十五区。
……そういや、人間を襲う食虫植物とかもいたしな。こういうのがあっても不思議ではないか。
もしかしたら、こいつらは植物界の魔獣なのかもしれないな。
読み終わったら、ポイントを付けましょう!