「以上が、お嬢様からの伝言なんだからね」
今日はエステラがデミリーに会うために四十区へ行っているらしく、エステラからの伝言をナタリアが届けてくれた。……わけ、なんだが。
「お嬢様には、ウチから護衛を二人つけたので心配は無用なんだからねっ」
「……お前はふざけてんのか?」
「ふざけてなんて、ないんだからねっ!」
こいつは完全にふざけてやがる。
「……おかしいですね。ヤシロ様はこういうのがお好きだと、小耳に挟んだのですが?」
「どこの情報だ、それは……」
「喜んでいただこうとしたのですが、どうも失敗したようですね」
「普段通りにしていてくれていいから」
「わ、私が自宅ではほぼ全裸で過ごしていると知った上での発言ですか!?」
「誰が自宅と同じレベルで寛げと言ったか!? あと、とんでもない情報投下してんじゃねぇよ!」
なんか、想像してもんもんとしちゃうだろうが!
「えっと、つまり、『大食い大会は二週間後に、予定通り四十一区の中央広場で行われる。道路の整備もハムっ子さんたちの頑張りにより順調である』と、いうことなんですね?」
おふざけが過ぎるナタリアの説明をジネットが分かりやすく要約してくれる。
まぁ、つまりはそういうことだ。
大会までの期間は各区が協力体制を取り、区を越えた商売が許可されている。
そのため、多くの者が四十一区に集まっており、現在陽だまり亭に客はいない。
四十二区も街全体として、この期間は『休業日』扱いになることだろう。もっとも、店を開けたい者は開ければいい。だが、陽だまり亭もしばらくの間は四十一区の分店に力を注ぐ予定だ。
分店は、四十二区内の複数の飲食店が共同の店舗で一緒に営業をしている、フードコートのような店だ。俺のアイデアが採用された結果だが、目新しさからかなり好評を博しているらしい。
もちろん、一ヶ所に全部は入らないので数店舗に分かれて営業している。
デミリーもフードコートを甚く気に入り、「真似させてもらうよ」と、早速取り入れていた。
人と情報、物資に金。活気や意気込みや熱意や喜怒哀楽、そんなものまで含めて、今は四十一区に集まっているのだ。
盛り上がっている。誰の目にも明らかに、大盛り上がりだ。
「ヤシロ様は四十一区へ視察等行かれないのですか?」
「あぁ、もう少ししたらな」
現在、大食い大会の会場をウーマロたちトルベック工務店が総力を挙げて建設している。
それが一段落するまでリカルドはそっちに付きっきりになるだろうから、それが済んだら顔を出すつもりだ。
「店長さんは、ずっとこちらにおいでなのですね?」
「はい。お客さんがいらっしゃらなくても、開けられる時はお店を開けたいと思いまして。それに、今でも日に何名かのお客さんがお見えになりますから」
フードコートはマグダとロレッタ、それからデリアに任せてある。
メニューが限られるフードコートなら、わざわざジネットが出向くまでもなくそのメンバーがいれば十分品質を落とすことなく営業が出来るのだ。
デリアの焼く鮭がジネットに肉薄してきていると、常連のオッサンがべた褒めだった。
他にも、「マグダたんの作るものは天国の味がするッス」と、これも常連の言葉だが、あいつは何回か天国に行ったことでもあるんだろうか?
ただ、スペースの関係で全メニューを提供するわけにはいかないので、分店に無いレギュラーメニューが食いたい場合は本店に来てもらうようにしている。
ここでなら、どんなものでも食べられる。
やはり、本店を守れるのはジネットだけだ。
それ故の配置なのだ。
「それにしても、陽だまり亭に人がいないのは……なんだか随分と久しぶりですね」
「お前が来るようになる以前は、人がいる方が奇跡みたいなもんだったんだがな」
「そ、そこまで酷い状態ではなかった……ですよ、ね?」
一日のうち、来客が茶飲み仲間のムム婆さんしかいなかった日があったじゃねぇかよ。
ムム婆さんは近所で洗濯物屋をやっていて、一日一度、お茶を飲みにやって来るのが日課なのだ。あの婆さんは例外中の例外だろ。客にカウントするのはどうかと思うな。
「大会で知名度が上がれば、ますますお客様でごった返しそうですね」
「そうなんですかね? よく、分かりませんね。まだ」
苦笑混じりにジネットが肩をすくめる。
陽だまり亭に、ごった返すほどの客、か。
ジネットの夢だもんな。この陽だまり亭が、みんなの集まる楽しい場所になることが。
祖父さんがいた頃のように。
客足が増えると予想された時に見せたジネットの苦笑は、謙遜なのか戸惑いなのか。
まぁ、あまり有名になり過ぎるのも考えものだけどな。
みんなでワイワイと楽しくがこの店の基本コンセプトだ。忙殺されゆとりがなくなるのは本意ではない。
客をただの客として考えず、訪れた人一人一人に真摯に対応したい。そういうジネットの考え方や姿勢が、今の陽だまり亭をいい雰囲気の場所にしているのだと思う。
忙しくなって回転率の早い立ち食い蕎麦屋みたいになっちまったら、それは『祖父さんのいた頃の陽だまり亭』ではなくなってしまうだろう。
そこの調整は難しいだろうな。
ま、問題が起こればその都度対処して、俺がなんとかしてやるさ。
この店は、俺にとっても重要な場所だからな。
………………いや、アレだぞ?
こう……下地を作る上で、的な意味合いでな?
「貸し切りみたいで気分がいいですね」
「そうですか? でしたらどうぞゆっくりと寛いでいってくださいね」
「店長さん……それは、私が全裸の方が寛げると知った上での発言ですか?」
「いえ、あの……服は、着ていてください、ね?」
やめろっちゅうのに。
ジネットも対応に困ってこっちをチラチラ見んじゃねぇよ。助けを求められても対処できねぇよ、そいつは。むしろ俺が触っちゃいけないヤツだ。
「そういえば、お嬢様が『予選をするんぺたーん!』と、おっしゃっていたのですが?」
「本当にそう言ってたか? もう一回よく思い出してみろ、特に語尾!」
「…………あぁ、『予選をする』……だけだった、かも、しれません」
「しれませんじゃなく、完全にそうだろうが!」
なんだ、ナタリア? 最近仕事でストレスでも溜まってるのか?
なんなら足つぼでもしてやろうか?
胃のツボとかグリグリしてやってもいいぞ?
「あの、ヤシロさん。予選というのは?」
「あぁ。大食いの選手を最大で六人は用意しないといけないからな。まぁ、全部勝つ必要はないからあと二人は予備程度でもいいんだが……」
「あと二人…………えっと、それはつまり、すでに四名は選手が決まっているということですよね?」
なんだかジネットが不安げな表情を見せる。
なんだ? 何かマズいことでもあるのか?
「今決まっているのはベルティーナにマグダ。それからデリアとウーマロだな」
そういえばそいつらにはまだ話してないが……まぁ、そのうち通達すればいいだろう。
「あ、あの……確信はないのですが……」
ジネットが、なんだか申し訳なさそうな顔で言う。
……え、なに、すげぇ嫌な予感が…………
「シスターは…………出場されないかも、しれませんよ?」
「えっ!?」
なんで!?
ウチのエースだぞ!?
「う、美味いものが腹いっぱい食えるって言えば、あいつなら喜んで参加すんじゃ……?」
「えっと……確かに、シスターは食べることが大好きな方ではあるのですが、それ以上に教会のシスターとしての立場を最重要視されておられる方ですので……区同士の『争い』に加担するということは難しいのではないかと……」
「……げ…………」
シスターとしての立場。
そうだった……あいつ、シスターだ。
全区に平等な教会が四十二区のために力を行使するわけにはいかないのではないか……何より『争い』に参加なんて……
…………ヤバい。
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