異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

183話 帰り道 -1-

公開日時: 2021年3月17日(水) 20:01
文字数:3,050

 イメルダに馬車を借りていたことが、結果として功を奏した。

 

「四十二区では、お前たちが領主と給仕長であることは伏せておく」

 

 行きよりも狭くなった馬車の中で俺は一同にそう宣言しておく。

 六人乗りの馬車に俺たち三人と、トレーシー、ネネの二人を加えた五人が乗っている。

 正体を隠すために、トレーシーの家の馬車は使わないようにしたためだ。

 

 なぜ正体を隠すのか……それは、同調現象をあえて引き起こさせるためだ。

 

 トレーシーを領主として扱うような空気の中では、トレーシーはどこにいても領主で居続けるしかない。周りが思うような態度を、こいつらは無意識で選択し実行してしまうからだ。

 正体を隠し、陽だまり亭で働かせることで所謂「普通の感覚」というものをこいつらに体験させてやるのだ。

 

 つまり、トレーシーを『ネネが失態を犯しても叱責などしなくてもいい立場』に置いてやる。

 給仕長は完璧でなければいけない。

 そんな思いから、他人に注意される前に領主である自分がネネを叱り、正さなければいけないという固定観念からトレーシーを解放する。

 

 そしてネネには、『トレーシーに怒られないためだけの言動』をやめさせる。

 自身で最良だと思う行動を取る癖を付けさせることが出来れば、行動を起こす前にトレーシーの顔色を窺い過ぎて何も行動出来なくなる、なんてアホみたいな矛盾はなくなるだろう。

 ネネが給仕長でいるためには、トレーシーの一歩先を見据えて行動できる思考回路の構築が必要不可欠なのだ。今みたいに、トレーシーの意見を窺っていてはそれは出来ない。

 

 こいつらはどちらも極端過ぎる性格をしている。

 悪癖を治す前に、その片寄った思考をフラットに戻してやる必要がある。

 

「――というわけで、身分がバレないよう努力するように」

「ヤシロ……君はよく平気な顔で他区の領主にそんな口を利けるよね……まぁ、今さらだけどさ」

 

 心持ち青くなった顔で、エステラが嘆息する。

 あんまり気にするなよ。トレーシーもネネも、俺の言動に不快感を表してはいない。

 何より、協力してやろうって言ってんだぞ? そんな細かいことでぐだぐだ文句言う方がおかしいだろう? 恩に着ろよ、崇め奉れ、唯々諾々と俺の指示に従えってんだ。

 

「あんまり気にし過ぎるとすり減るぞ」

「どこの話かはあえて聞かないけれど……君の頭皮が露出し始めたらまとめてやり返してやるからね……」

 

 こ、こいつは、なんと恐ろしいことを……「ならねぇ」と否定できないところが歯がゆい。

 ま、まぁ、俺は海藻が好きだし、きっと大丈夫だろうけどな! きっとな!

 

「ジネットちゃんたちにまで内緒にするつもりなのかい?」

「いや、あいつらにはちゃんと事情を話しておいた方がいいだろう。隠すより、協力を仰いだ方が賢明だ」

 

 隠し事はいつか露呈する。

 まぁ、特段重要な秘密ではないのだが、隠そうとする意識は日常動作にまで違和感を生み出してしまうもので、そういう異変が取り返しのつかない事態を引き起こすなんてのはままある話なのだ。

 

 ならば、仲間を信用してすべてを打ち明けた方がいい!

 ……なんてのは、詐欺師の俺的には全身鳥肌もののお寒い言葉ではあるのだが…………まぁ、あのメンツなら信頼を置いても問題はないだろう。

 

「ジネットは俺と同じように、良くも悪くも領主だからと態度を変えたりはしないし――」

「君と一緒にしないであげてくれるかな? 態度を変えない好例と悪例みたいな両極にいることを自覚してもらいたいね」

 

 人の話に余計な茶々を挟み込みやがって。

 誰が悪例だ。俺はいつだって素直なんだよ。心がピュアだからな。

 純度の高い詐欺師なんだよ、俺は。

 

「それに、マグダは器用だからこちらの思惑を汲んでうまくやってくれるだろうし、そもそも、マグダの表情を的確に読み取れるヤツなんかいないんだから何かあっても誰も気付かん」

 

 マグダから秘密が漏れるリスクは極めて低いと言える。

 

「でもロレッタは普通の娘だよ?」

「大丈夫だよ、ロレッタは」

「信用してるんだね」

「いや、ロレッタはただのアホの娘だからな。たぶん、領主ってのがどんなものなのか知らないんじゃないかな」

「いや……さすがにそれはないと思うけど……」

 

 エステラの表情が引き攣ったのは、おそらくロレッタを過大評価しているせいだろう。

 なにせあいつは、ちょいちょい俺に対して舐めた態度を取るからな。

 こんな身近にいる絶対的上位者に対してすら礼儀を貫き通せないのだ。身分とか階級というものを一切理解していないとしか思えない。

 あいつが理解できるのは、精々姉弟内ヒエラルキーまでだ。職場内ヒエラルキーを教えてやらなければなという段階なのだ。

 

「あいつは、馴れ馴れしいとかいうレベルじゃなくて、たまに見下してきやがるからな」

「まぁ、若干『フレンドリー』という言葉の意味をはき違えている節はあるけどね……」

 

 エステラが乾いた笑いを漏らす。

 きっと、身に覚えがあるのだろう。両手の指では足りないくらいに。

 

「私も、陽だまり亭のみなさんなら問題ないと思います」

 

 ナタリアが俺の意見に賛同してくれる。

 

「こっそり購入した情報紙を見せても、私の偉大さを称える方が一人もおりませんでしたので……数名の常連客を含めても」

「何やってんのさ!?」

 

 二十九区でさり気なく情報紙を手に入れていたらしいナタリア。

 自分が載った雑誌を見せびらかして回る読モの卵みたいな行動だな……つか、あの情報紙に書かれてたのは「ナタリアに特徴がよく似た架空の人物」だろうに。

 

「とどけ~る1号が完成したら、定期的に送っていただく約束を取り付けてあります」

「なんでボクに相談もなくマーゥルさんと交渉してんの!? 見返りは何さ!?」

「エステラさ…………四十二区にいる面白おかしい変わり者の観察記録を要求されました」

「今、ボクの名前口走ったよね!? ボクの情報を売り渡す気だね!?」

「『エステラ様の』と断定したものではありません。ただ、エステラ様が筆頭なだけで」

「誰が『面白おかしい変わり者』の筆頭か!? ボクのプライベートを切り売りするのやめてくれるかな!?」

「ご安心ください。外交に関わるような内容は当然口外いたしません。どうでもいいようなクッソくだらない失敗エピソードを面白おかしくお伝えしようかと考えているだけです」

「そういうのが一番知られたくないんだよ!?」

「『そういうの』とは、先日マーゥル様のお館へお邪魔した日の夜、自室で着替える際、下着を裏表逆に穿いていたことが発覚したことなどですか?」

「なんでここでバラすのかなぁ!?」

「『マーゥルさんの前でなんて格好を……非礼に当たらないかな!?』と焦っておいででしたけど、マーゥル様はエステラ様の下着など知ったこっちゃないと思いますよ」

「だからなんで今ここで返答するのかな!?」

 

 エステラの、他区の貴族に知られたくない秘密が、他区の領主と給仕長の前で赤裸々に暴露されていく。……ナタリア。面白いけど、もうやめてやれ。いや、面白いんだけどな。

 

「エステラ様が、裏表…………ステキですっ」

 

 え、どこが!?

 つか、トレーシー。お前はエステラならなんでもいいんだろう、もはや。

 

「ヤシロ。トレーシーさんたちを陽だまり亭に連れて行くのはいいけれど、ナタリアはすぐに追い返そう! 四十二区に着いたと同時に!」

 

 エステラにとっては、他区の領主に被害が及ばないかということよりも、己の秘密が暴露されないかという危機感が勝るらしい。

 狭い馬車の中で睨み合うエステラとナタリア。……こいつらも、正しい主従関係かと問われれば疑問しか残らないけどな。

 

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