「じゃあ、ミリィ」
「ぇ……?」
「感謝の気持ちだ」
俺は抱えた花束から数本の花を取り、小さな花束にしてミリィに手渡す。
ミリィは受け取った小さな花束をぽかんとした表情で見つめている。
……さすがに、そのまま渡すのは突き返すみたいに見えたかな?
などと一瞬不安もよぎったのだが……
「………………ぉ花…………もらったの、初めて……」
ミリィの頬がふにゃりと緩み、朱色が濃くなり紅色に染まっていくのを見てホッと一安心した。
よかった。喜んでいるようだ。
「ぁ……ありがとう、てんとうむしさん!」
「いや、まぁ、感謝の気持ちだから」
そこまで喜ばれると、ちょっと心苦しいぞ。
まぁ、贈る側の気持ちが大切なのだと、無理やりそう結論づけて自分を納得させるとしよう。
でだ。
「はい、ジネット」
「わたしにも、ですか?」
「いつもありがとうな」
「そんな…………こちらこそ、いつもいつもお世話になっているのに…………」
「受け取ってくれ」
花束の中から、比較的暖かい色合いの花を選んで花束を作り、ジネットに差し出す。
その小さな花束を両手で受け取り、キュッと抱きしめるジネット。
「ありがとうございます。大切にします」
「いや、普通でいいから」
一生飾っておけるようなもんでもないし……
そもそも、花を贈るという行為を、もっとお気軽なものにしたいという意図もあるのだ。
「気軽にもらってくれ」
「はい……いただきます」
目尻に、きらりと輝くものが浮かんでいる。
……な、泣くなよ…………もらいもの、シェアしてるだけだから……心苦しい…………いやいや。贈る側の気持ちが大事なんだよな、こういうのは。
感謝だ、感謝の気持ちだ。うん。
よし、こうなったら次々にプレゼントして、花束の持つ重々しさを分散させてやろう。
「マグダ、ほら。お前にもだ」
「……マグダにも?」
「いつも頑張っているからな」
「…………嬉しい」
マグダでも、花束をもらうと嬉しいようだ。やっぱ女の子なんだな。
「……いただきます」
「……なんでかな。ジネットと同じ言葉なのに、お前が言うと食いそうに聞こえるよな」
「……むっ。ヤシロ、それは失礼」
「いや、悪い」
「……もう一本要求する」
「はいはい」
機嫌を損ねた分、追徴されるようだ。
真っ白な、ユリに似た花を茎の途中で折って、マグダの髪に挿してやる。
マグダの髪はボリュームが多いから、少し大きめの花でも目立ち過ぎずに似合ってくれる。
「…………粋なことを……ヤシロ…………やり手」
いつもと変わらない無表情なのだが……なぜだろう。すごくマグダが照れているように見える。
あぁ、耳が忙しなくパタパタしているからかな。
「それから……」
と言いながら、エステラに視線を向ける。
「ぅえっ、ボ、ボクっ?」
エステラには、白っぽい花を中心に落ち着いた色合いの花束を作り手渡す。
「本番は、もうちょっと豪華なヤツにするからな」
「ぇ……いや、これだけでも十分なんだけど…………でも、折角だから期待しておくよ」
まぁ、約束だからな。
デートの日には、真っ赤なバラの花束でもプレゼントしてやるさ。トレンディードラマのようにな。
純白のスーツとか着ちゃってな。……似合わねぇけど。
「……花束………………嬉しい」
花束に顔をつけ、スーッと大きく息を吸い込む。
エステラが、とても少女っぽい表情を見せる。
「……いい香り」
……そういうの、やめてもらっていいかな?
不意打ちは、心臓への負荷が大きいからさ。
「――と、いうわけで。こうやって花束を贈る習慣をだな……」
「忘れてますよっ!」
締めに入ると、ひな壇芸人のような勢いでロレッタが食いついてきた。
お約束をキチンとこなせる優秀な芸人、それがロレッタである。
「冗談だ」
「お兄ちゃんの場合、冗談に見えないから怖いです!」
「お前には特別な花束を取ってある」
「ホ、ホントですか!?」
「ほら、受け取れ」
淡いピンクの、綺麗な花――噛みつきツツジの花束をロレッタに手渡す。
「ガジッ! ガジガジガジッ!」
「ぅひゃあ!? 食虫植物のヤツじゃないですか!?」
素晴らしいリアクションだ。
若手の芸人にリアクションのお手本として見せてやりたいくらいだ。
「もう! こういう色物キャラのイメージいらないです! ちゃんとしてほしいです!」
半泣きで訴えてくるロレッタ。
少し苛め過ぎたか。
「悪かったよ。ほら、ちゃんとした花束だ」
「……今度は、どんな仕掛けが…………?」
疑心暗鬼にしてしまったようだ。
しょうがない。特別だぞ、コノヤロウ。
俺は花束をロレッタに押しつけ、空いた手でロレッタの頭を撫でてやった。
「いつもちゃんとお姉さんしてて偉いな、お前は。その調子で、これからも陽だまり亭を頼むぞ」
「はぅ…………はゎゎっ……お、お兄ちゃんが……ふ、普通に優しいですっ!? な、なんです!? あたし、明日死ぬですっ!?」
オーバーな……
それじゃまるで、俺がいつも優しくないみたいじゃねぇか。
「あの、ミリィさん」
「なに、じねっとさん?」
「ドライフラワーの作り方を、教えていただけませんか?」
「うん……いいよ」
「ボクも!」
「……マグダも」
「あ、あたしもですっ!」
「はぅ…………じゃ、じゃあ…………みんなで」
ふむ。
こんな小さな花束でこれだけの効果があるなら……花を贈るイベントはうまくいきそうな気がする。
渡す時に言葉を添えればさらに効果的か。
「ポプリとか作ってみたらどうだ?」
「ぁ……いいね、ぽぷり。うん、ぽぷりを作ろう」
俺の意見にミリィは頷き、採用するようだ。
綺麗に作るのは難しいだろうが、ミリィがいればなんとでもなりそうだ。
花を片手にわいわいと賑わう女子たちを見て、やっぱりこういうのはいいよな……なんてことを思った。
「で、結局残ったのはこいつだけか」
「ガジッ! ガジガジガジッ!」
俺は手元に残った噛みつきツツジをどうしたもんかと考えながら、楽しそうに話す女子たちを眺めていた。
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