「ふむ。それは、誰のことかな? おい、誰か。この者に『精霊の審判』をかけた兵士を知らぬか?」
騎士たちに問うウィシャート。
当然、誰も何も答えない。
「ふふっ。そのような兵士に心当たりがないのだが、なんという名の兵士だったかな? それとも、今ここに兵を集めさせ、貴様が指名してみせるか?」
なるほどねぇ。
該当する兵士だけを呼ばずに無数の兵士を集めさせ、俺が見つけられないでいる様をこちらの落ち度として論う作戦か。
「この中にはいない」と主張しても、ウィシャートは「全員集めるように言った」と言い、いくつもいる部隊長がそれぞれ「自分はすべての部下を集めた」と証言する。
その中の一人が嘘を吐いているわけだが、俺には『精霊の審判』をかけた兵士がどの部隊の兵士だったかは分からないから、嘘を吐いている部隊長を見つけられない。
片っ端から『精霊の審判』をかけていけば判明するだろうが、その都度右足だのなんだのと体の一部を要求されたのではたまらない。不可能だ。
……ほんと。せせこましい作戦が好きなヤツだ。
成熟した社会に出れば、「こいつ、頭は大丈夫か?」と思われるようなことを平気でやりやがる。
ただ、それを面と向かって指摘できないのがこの世界だ。
王族と貴族は特別な存在なのだ。
悪意があろうと、間違っていようと、貴族が『正しい』と主張することは正しくなる。
つくづく思う。
四十二区の領主がエステラでよかった。
「兵士の名前は知らねぇな。くそ、聞いておけばよかった」
「ふふん。そのような無礼な兵士が本当に我が館にいたのだとすれば、であるがな」
八方塞がりのお手上げだい――ってな顔でむくれてみせれば、ウィシャートは上機嫌に鼻を鳴らした。
……が、これで言質は取れた。
ここから先、如何に嘘くさい発言であろうと、双方ともに『精霊の審判』は使えなくなった。
ただし、双方ともに『精霊の審判』を封印するつもりはない。
話の中で「それは確実にデマカセだ」と思える発言が出た時には、迷いなく『精霊の審判』をかけるだろう。
ブラフの張り合い。
そして、腹の探り合いだ。
さぁて。
テメェのイカサマスキルがどれほどのものか、見せてもらおうじゃねぇか。
もっとも、テメェが目論んでる最大のイカサマはもう読めてるけどな。
腹の探り合いで不利になった場合、こいつはこの広くもない応接室に不釣り合いなほど居並ぶ騎士たちをけしかけてくる。
もちろん、『会話記録』対策をしつつ。
「わぁ、何をするのだ、早まるでないクレアモナ!」とか叫びながら腕で「行け!」って合図を出せば『会話記録』上は正当防衛に見える。
仕上げに真実の目撃者を一人残らず亡き者にしてしまえば、死人に口なし、あとは言いたい放題ってわけだ。
何度も同じような『不幸な事故』が起ころうとも、金品プラスアルファで陪審員を篭絡しておけば、「責任ある立場のウィシャート殿はそういう者に狙われやすくて気の毒だなぁ」とでも言ってもらえるんだろうよ。
俺が危惧しているのはそのパターンだ。
なので、まずはこの場にいる騎士と兵士どもからきっちりと奪い取ってやる。
『ウィシャートへの忠誠心』なんていう、路傍の馬糞よりも価値のないものをな。
「では、本題に入ろうか」
必勝パターンが見え始めて余裕をかましているウィシャートの前に、一束の資料を放り出す。
テーブルの上に「ばさっ」と音を立てて、分厚い紙の束が置かれる。
「四十二区は貴様らウィシャート家を、国家転覆の意思を含む四十二区侵略の罪で告訴する」
居並ぶ騎士たちが一斉に息を呑み、場の空気が張り詰める。
ざわついた空気はなかなか落ち着きを取り戻さず、動揺が動揺を誘発している。
「…………」
ウィシャートが無言で資料に手を伸ばした瞬間、資料の上に手を乗せて動きを制する。
見せるかよ、バーカ。
資料の束は、実に3センチにもなる分厚さで、表紙には高級な紙を使っている。
紙束の下の方は色が褪せ、若干ぼろっちくなっている。
「……侵略とは、穏やかではないな。まして国家転覆など……、滅多なことを口にするべきではないぞ」
あくまで冷静に、それでいて慎重にこちらに視線を向けるウィシャート。
どんな些細なことからも余さず情報を盗み取ろうという意思がひしひしと伝わってくる。
「その資料はなんだ? それが、貴様が主張することの証拠だと言うのか?」
「まぁ、そんな感じだな」
澄ました顔をしているが、お前今、相当焦っているだろう?
「あの中身はなんだろう? もしかしたらマジでヤバいものかも!?」ってよ。
証拠を残さないようにやってきたつもりだろうが、テメェがトップに立って何年経ったよ?
歳月が過ぎれば、綻びも出始めるのは当然。
それくらい、お前も分かっているよな? 分かっているから、焦ってんだよな。
完璧なはずだったカンパニュラ暗殺も失敗したし、簡単に手懐けられると思った甘ちゃん新米領主がこうして噛み付いてきているし、テメェの手足となって働いていたデカい組織の重鎮は揃って失脚したもんな?
世の中、思い通りにいかないことだらけだ。なぁ、そう思うよなぁ、ウィシャート?
だとすれば、表に出てきては困る資料が出てきてしまうことだって、あるんじゃねぇのか?
「この中には、バオクリエアで禁輸扱いになっているとある薬を購入した者の名を記したリストが入っている」
禁輸されている『毒薬』ではなく、『薬』だ。
レジーナがバオクリエアで軽ぅ~く調べてきてくれた。軽ぅ~くでもザックザック出てきたらしいぜ、売買の記録がな。
それも、有名貴族である錚々たる面々だ。
それだけ大人気の『薬』と言えば……そう、夜のお供、男性のプライド、はたまた――理性を奪い人を獣にしてしまうような淫らな薬。
「エチニナトキシンって名前は知ってるか?」
ある魔獣のオスが、同種のメスを強制的に発情状態に陥らせる分泌液を出す。
その成分を抽出し、人間の体にギリギリ耐えられるように改良して生み出された催淫剤。
悲しいかな、こんなもんがバカ売れしてんだとよ、貴族からゴロツキまで、腹の底から腐りきってる連中の間でよ。
「この中に、十一区領主の名前も記載されていたぜ。ハーバリアス、ってな」
現十一区領主、オーブリー・ハーバリアス。
ウィシャートの後ろ盾にして、バオクリエアのお得意様だ。
「そして……なんとビックリなことに――」
たっぷりと『間』を取って、ウィシャートの顔を見ながら言ってやる。
「お前の名前もしっかり記載されていたぜ、デイグレア・ウィシャート」
バオクリエアの禁輸品を購入したリストに名前が載っている。
それは、その者たちが他国と違法な取引をしているという証拠になる。
そして、他国との違法な取引は国家反逆罪に等しいと、ついさっき、この場で目の前のこの男が言っていた。
自分の言葉に首を絞められる気分はどうよ?
「……どうした? 反論しなくていいのか? ここでの会話は『会話記録』に記録されて、裁判で証拠として見せるんじゃないのか? なら、ちゃんと否定しないとマズいだろう、いろいろと。立場的にさ」
今の会話を王族に見せるのはマズい。
自分の後ろ盾である三等級貴族の実名が出てきたからな。
まして、その上位貴族が不正をしているなんて証言、他の誰にも見せられないよなぁ?
「ふん。その資料とやらが本物だという証拠はどこにもない。それっぽいものを用意して私を貶めるつもりなのであろう? まったく関係のない十一区の領主まで引き合いに出しおって」
ほほぅ。
ハーバリアスは、そんなに大事な人物なのか。
お前が、わざわざ関係ないと口にして庇うほどの。
弱みを握られているのか、恩を感じているのか……
「こいつが偽物だって言いたいのか?」
「信憑性が無いと言っておるのだ」
「『自分は一切関与していない』と言い切ったらどうだ? 『関係ないから、名前が載っているはずはない』ってな」
俺がそう言うと、ウィシャートは小さく笑い、「なるほどな」と呟いた。
声になるかどうかという微かな声で。
「私の証言よりも、貴様が提示したその『資料だという物』の信憑性を問う方が有意義だろう。嫌疑を持ち掛けられた者はその真偽に関わらず『やっていない』としか言わぬのだからな。私としても、自身の発言を言い逃れと疑われるのは本意ではない。であるからこそ、貴様の言う『証拠だという物』の真偽を確かめるべきであろう?」
ウィシャートは、俺の持ち出した資料を『偽物』と断定した。
俺からウィシャートに仕掛けた罠だと。
偽の資料を出し、『違法な取引に関与していない』という発言を引き出せば、『精霊の審判』を使って優位に立てる。
そう考えて、存在するはずがない資料を捏造してこちらの動揺を誘っているのだ――と、そう解釈したわけだ。
確かに、俺が用意したこの資料は偽物だ。
そもそも、バオクリエアは禁輸としている物なのだから、それがオールブルームで誰に流れたかなど調べるはずもない。
そもそも、オールブルームには流れないはずの物なのだから。
だから、この資料には、禁輸品の催淫剤を購入したオールブルームの貴族の名前など書かれていない。
だが、それでも十分なのだ。
「なんなら、『精霊の審判』をかけてみるか?」
資料を持ち上げ、もう一度、はっきりと明確に言葉にしてやる。
「『この中には、バオクリエアで禁輸品となっている薬を購入した貴族の名前が記載されており、十一区領主ハーバリアスと、デイグレア・ウィシャートの名前も明確に記載されている』」
さぁ、俺の発言が嘘だと思うなら、『精霊の審判』をかけてみやがれ。
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