「犯した罪は、与えられた罰をきちんとこなせば一応は消えてくれる」
隣のエステラに視線を向けると、問題ないという風に頷いていた。
ここの領主は、情状酌量の余地を地面を掘ってでも見つけ出してくるようなヤツだからな。反省すりゃそれなりの罰で許されるだろうよ。
「罰を受けた後は、まぁ……」
そして、反対隣のジネットを見る。
話の流れから、この一連の着地点を察したのであろう。すげぇ嬉しそうな顔で微笑んでいる。
そんなお人好しが言っていた言葉を、こいつにも教えてやろう。
「あとは、自分で自分が許せるように、これから先を精一杯生きていけばいいんじゃないか?」
そうすりゃ、いつの日か美味いポップコーンを食える時が来るさ。大切な妹と一緒にな。
「ジネット。アレを言ってやれ」
「アレ……? あっ、はい」
俺に背を押され、ジネットが一歩前へと進み出る。
そして、手を組んで胸の前に置き、澄みきった声でバルバラへ告げる。
「懺悔してください」
それは、どんな者へも分け隔てなくよく響き、バルバラも思わず言葉を飲み込んでしまうほどの浸透力を持った言葉だった。
静かな時間が流れ、地面にへたり込んでいたバルバラがゆっくりと立ち上がる。
俯いていた顔を持ち上げ、俺のいる方へ――いや、俺の隣にいるエステラの方へと体を向ける。
そして、一度唇を引き結んだ後、潔いはっきりとした声音で言葉を発する。
「ご迷惑をかけて、とってもごめんなさいでした!」
謝罪の言葉。
きちんとした作法を習っていなかったのだろうと予測が出来るくらいに言葉は変だったが、それでも誠意はしっかりと込められていた。
心のこもった言葉であれば、言い回しや形式なんてものはさほど気にしない希有な領主であるエステラにはしっかりと伝わっただろう。
これで、バルバラに科せられる刑は最小限の軽いものになることが決定だ。
「一件落着、だね」
こちらへ視線を寄越し、嬉しそうに微笑むエステラ。
罰も受けてない罪人を前に、何が一件落着だよ。どこかのお奉行様かよ。「ひったてい!」とか言ってみろよ、たまには。
「あんた……いえ、あなたも、すごくありがとう!」
デリアへと向き直り、バルバラは腰を折って深々と頭を下げる。
「あなたの言葉、すごく響きました。おかげでアーシ、やり直そうってすごく思えた! すごく、ありがとう!」
「おう! いいヤツでいた方が、きっと人生が楽しいからな。そうしろ」
「はい!」
なんだか、デリアの姉御肌が慕われる理由を垣間見た気がする。
融通が利かなかったり、なんにでも全力過ぎたり、ちょっと冗談が通じなさ過ぎたりして、時に怖いと言われるデリアだが、なんだかんだと面倒見がよく、いつもブレずにまっすぐで、何より器がデカいから、オメロたち川漁ギルドのオッサンどもも、なんだかんだとデリアのことを慕っているのだろう。
「んじゃ、お互いにいいヤツってことだな」
「は、はい! ……へへ、ちょっと照れるけど……」
「ははっ、照れるな照れるな! 胸を張れよ」
「はい!」
デリアと向かい合って、恥じないようにしっかりと胸を張るバルバラ。
まっすぐ前を見据えて、世の中を真正面から見据える覚悟を決めた。そう感じられるくらいに、こいつは変わった。この一瞬で。
3メートル程度の感覚をあけて向かい合うデリアとバルバラ。
ピンと背筋を伸ばし、言葉はなくとも視線を交えて笑みを浮かべる。
そして――
「それじゃあ、『始め』!」
「……へ? どぶしっ!?」
――デリアがバルバラをぶっ飛ばした。
…………ぇぇえええええええっ!?
「なっはっはぁ! あたいに勝とうなんざ、まだまだ早いぜ!」
グッと拳を握り、高々とガッツポーズを掲げるデリア。
10メートルほど吹き飛ばされ、地面の上で大の字に伸びるバルバラ。
「……何が起こったんだ? あいつの中で……」
「それがさね……」
ため息と共に、煙管の煙を吐き出したノーマが、鈍く痛んでいそうな側頭部を押さえつつ教えてくれる。
「デリアはね……空気を読むってことが一切できないんさよ」
「あぁ……なんか、分かるよ」
エステラの口から、重たぁ~い声が落ちていく。
今、この場では、完全に物事が完結していた。
バルバラは心を入れ替え、これからきちんと罪を償ってまっとうに生きることを誓った。
そして、そう思えるように自分を変えてくれたデリアに心からの感謝を表明し、お互いに笑みを交わした。
普通なら、ここで終わるのだが…………デリアは違った。
「ヤシロ、あたい勝ったぞー!」
誇らしげにVサインを突き出してくるデリア。
あいつの頭の中では――「決闘を頼まれた」→「絶対勝つ!」→「相手が『始め』の前に襲いかかってくる」→「叱る」→「分かってくれた」→「なんかいろいろ言ってるなぁ~……」→「お、ちゃんと向かい合って立ったな、えらいえらい」→「じゃあ、決闘を始めようか!」――って思考が、なんの違和感もなくスムーズに流れていったんだろうな。
あのさ、デリア…………聞いとけよ、ここまでの話!
そして、真っ先に解説をクビになったイメルダが、相変わらずであり、この場に即した言葉を呟く。
「野蛮ですわね」
誰かが反応するかと思ったのだが、パウラもネフェリーもかっさかさに乾いた苦笑を浮かべて立ち尽くすのみだった。
「いや、でもまぁ……三回の奇襲に対し一回の反撃だから……デリアの方がまだマシ…………かも、ね」
必死に自区の領民をフォローしようと試みるエステラだが、……お前、顔引き攣ってるぞ。無理すんなよ。
「とりあえず、わたし、手当てをしてきます」
「ほんなら、ウチの薬使い。怪我人出るやろぅ思て、ちゃ~んと持ってきとったさかいに」
倒れたバルバラのもとへ、ジネットとレジーナが駆けていく。
まぁ、襲われたりは……もうしないだろう。
「念のため、私が付き添っておきます」
ナタリアがゆっくりとした足取りでジネットたちの後を追っていく。
ま、これで安心できるか……
「というわけで、ノーマ」
その場に残って煙管をふかすノーマに一言言っておく。
「デリアの再教育、よろしく」
「……アタシには、荷が重過ぎるさね…………」
遠い目をして煙を吐き出すノーマ。
薄紫の煙は、夜の空へと儚く消えていった。
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