「この街では、子供でも酒を飲むんだろう?」
「君の故郷では違うんだっけ?」
エステラに質問をすると、逆に目を丸くされてしまった。
飲酒は二十歳から――ってのは、こっちの世界の人間には理解できないのかもしれない。
なんで二十歳からなんだと聞かれると……たぶん、脳の成長が~とか、そんな感じ? くらいにしか答えられないからな。
「俺の故郷では、酒は大人になってからってのが常識だったな」
「それじゃあ、綺麗な飲み水が確保できない長旅に出る時はどうするのさ?」
そんな時は自販機かコンビニを活用するんだが……こいつらに言っても分かんないだろうな。
こちらの世界で長旅に出るとなれば、飲み水の確保は容易ではないのだろう。
また、寒い時の体温調節なんかも考えると、保存の利くアルコール飲料を持ち運ぶ方が理に適っていそうだ。
「でも、確かに幼いうちはあまり強いアルコールは飲みませんね」
「いくつくらいから飲むようになるんだ?」
「人によりますけど……わたしは、十歳くらいの頃に葡萄酒をいただいたのが初めてでした」
十歳ってことは、陽だまり亭の手伝いをするようになった後だな。
客にでも飲まされたのだろう。
「ジネットが酒を飲んでいるところは見たことがないな」
「そうですね、お金がありませんでしたので、飲酒をする習慣がなかったからかもしれませんね」
なるほど。
ジネットは飲めるが飲まないタイプなのか。
俺が来るまでの陽だまり亭には、酒を買う余裕なんかなかったろうし、俺が来てからは、俺やマグダが飲まないから一人で飲もうという気にはならなかったのだろう。
「飲みたくなったりしないのか?」
「パーティーやお祭りの時に少しいただきましたよ。ホメロスさんが純米酒を持ってきてくださって」
「………………ホメロス?」
「カモ人族の米農家だよ。君が悪知恵を使って米の専属契約を無理やり結ばせた」
「あぁ、俺のおかげで米の価値が上がって大儲けしたあいつかぁ!」
「……君の頭は、随分と都合のいいように物事を記憶するんだね」
話に割り込んできて勝手に呆れ顔をさらすエステラ。
俺が米の美味さを大々的に広報してやった結果、米農家の収益は爆上げしたんだ。ヤツらにとっての恩人だろう、俺は?
その証拠に、純米酒とかを差し入れてくれるんじゃないか。……俺は初耳だったが。
「純米酒があるってことは、米麹が随分と活用されているんだな」
「二十四区の麹職人は腕がいいからね。あそこの麹を使うと、本当に美味しいお酒が出来るんだそうだよ。ボクはあまり飲まないからお酒の味は分からないんだけれどね」
「美味しいですよ、三十三区のお酒は」
エステラの苦手分野を、ナタリアが補足する。
こいつは酒を飲むのか。
……なんか、強そうだよな。雰囲気的に。
「お酒用のお米を生産している農家が三十三区にありまして、二十四区の麹を使用した酒造りが三十三区で行われているのです」
ナタリアの説明を聞きながら、オールブルームの地図を思い出す。
三十三区は、二十四区に隣接した外周区だ。
高低差のせいで、四十二区からはぐるりと回らなければたどり着けない遠い区だ。
ホメロスがいてくれてよかった。
でなければ、俺は白米に出会えなかったかもしれない。そんな遠いところで作ってたんじゃあな。
「お酒の味を決めるのは、米と水と麹です。二十四区の麹職人がいなければ、あの味は出せないでしょう」
ナタリアが活き活きとした表情で語る。相当酒が好きなのかもしれない。
「ナタリアは結構飲むのか?」
「脱ぎ上戸です」
「その情報は聞いてねぇよ!」
「て、店長さんっ、お、お酒は置いてないのかな?」
「お、おぉ、奇遇だな! ワシも無性に飲みたくなってきたところなんだ! な、なんなら奢るぜ?」
「オジ様――」
「お父様――」
「「黙れ」」
ベルティーナの飲酒話の時とは真逆の意見を述べ始めたオッサン二人に、エステラとイメルダの鋭い声が突き刺さる。
図体のデカいオッサンが二人、身を縮めて身を寄せる。
ナタリアがしょーもない情報を漏らすから……
「あ、あぁ、そういえば!」
キングコブラに睨まれたアマガエルのようなハビエルが強引な話題の転換を試みて、必要以上に大きな声を上げる。
脂汗が酷いぞお前。
「酒と言えば、麹職人を抱える二十四区の領主は下戸じゃなかったか? な、なぁ、アンブローズ?」
「え? あ、あぁ、そうだね! ドニスは一滴も飲めない下戸だったよ、たしか」
ドニス、ってのはおそらく二十四区の領主の名前だろう。
「デミリー、知ってるのか? 二十四区の領主を」
「あぁ、それなりに親しい間柄だよ。もっとも、向こうの方が年上で、仲がいいとは言い難い関係ではあるけれどね」
『頑固ジジイ』と言われるドニス。デミリーよりは年上だというのは納得だな。
デミリーはまだオッサンで、ジジイという年齢ではない。
「ドニス・ドナーティ。親しい人間からは『DD』と呼ばれたりしているよ」
「ジィジィ?」
「ディディだよ、オオバ君。うん、ワザとなのは知っているけどね」
ドニス・ドナーティ。
親しい人間がいるのであれば、無条件で他人を拒絶するような人間ではないということだ。
なら、入り込む余地はあるか……
「二十四区といえば、私にも親しい知人がいますよ」
ドーナツをもっちもっちと食べながらベルティーナが言う。
……というか、どんどんドーナツが出てくるな。ジネットがここにいるのに出てくるということは、マグダとロレッタがもうドーナツの免許皆伝をもらったのか?
ジネットだから、料理に関して甘い採点をしないとは思うが……
「シスターのお知り合いということは、その方も二十四区のシスターなのですか?」
「えぇ、そうですよ。ジネットが陽だまり亭に住むようになったのと同じ頃に二十四区の教会へ入会した方です」
「他の区の教会と繋がりがあるんだな」
「たまにお会いしたり、会報が届いたりするくらいですが」
教会に会報なんてもんがあるのか。
もっとも、ファンクラブ会報みたいなんじゃなく、連絡事項とかが書かれたくっそつまらない書類なんだろうが。
「彼女とは割とよく顔を合わせる方かもしれませんね。たまに、二十四区のお味噌をいただいたりしています」
「餌付けされてんのか?」
「あらあら。そうなのでしょうか。うふふ」
その顔見知りのシスターってヤツに対しては、割と好感を持っているようで、そんな冗談に対してもベルティーナは穏やかな笑みを浮かべていた。
ベルティーナと顔見知りのシスターか…………何かあった際は教会に駆け込むのもありか。
そうだな、例えば…………ちょっと羽目を外し過ぎて領主に自警団とかを差し向けられたりした場合、とか?
……そんな状況にならないに越したことはないけどな。
「よければ、お手紙を書きましょうか?」
「そうだな。『よろしくしてやってくれ』と一筆書いてもらえると安心だな」
「はい。では、明日にでもお持ちしますね」
「悪いな。ほら、礼だ。好きなだけドーナツを食え」
「では、遠慮なく」
「ちょっと、オオバ君? それ、私たちの奢りになるんだよね?」
「シスターも、少しは遠慮というもんをだなぁ……」
「あむあむ……」
「「くぅっ、強く言えないっ!」」
「オジ様も、美人には弱いんですね……」
「お父様(という名の見たこともない赤の他人)……不潔ですわ」
「「そ、そういうんじゃないってば!」」
気持ち悪いくらいに声が揃っているオッサン二人を尻目に、ベルティーナは本当に遠慮なくドーナツを食べ、教会の子供たちの分もお土産にもらい帰っていった。
デミリーとハビエルには、そこそこ痛い出費になったかもしれんが、ベルティーナが帰る間際に「ありがとうございます」と、とびきりのスマイルを向けた際、「「ふにゃぁ~」」と、なんともだらしない面をさらしていたあたり、同情の余地はないだろう。
ベルティーナのスマイルを真正面から見るための拝観料だったと思っておけ。
もっとも、その柔らかな聖女の微笑みの向こうには、氷の視線を放つ般若が仁王立ちしていたけどな。
デミリーはともかく、ハビエルは…………まぁ、痛い目に遭わされるだろうな。
二十四区へ行く前に、いろいろと情報が手に入った。
活かせるネタがどれだけ含まれているのか分からないような世間話ではあったが……ないよりはあった方が断然いい。
何より、わざわざ四十区の重鎮二人が揃って激励に来てくれたんだ。
感謝の一つくらいはしてやってもいいだろう。……心強いと、思ってやっても罰は当たるまい。
それがたとえ――
「お父様(と名乗らないでいただきたい不埒者)、そろそろお帰りになられてはいかがですか?」
「イメルダ~、違うんだよ~! シスターとは、いや、教会とは友好的な関係を維持した方が木こりギルドとしてもだなぁ…………」
「…………おっぱいに篭絡されて…………ロリコンの風上にも置けませんわ」
「ほぅっ!? なんか、いろいろ酷いぞ、イメルダ!? なぁ、イメルダぁ~!」
――こんな情けないオッサンであっても、な。
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