異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

無添加42話 パン食い競争 メインディッシュ -1-

公開日時: 2021年4月1日(木) 20:01
文字数:2,637

 表情筋が崩壊しちゃう。

 

「楽しみだなぁ~!」

「ヤシロ様。『パン食い競走』青年の部、準備が整いました」

「よぉし、ナタリアさん! やっておしまいなさい!」

 

 ガキども、ジジババ、特別枠、すべての茶番が終わって、いよいよ本題だ。

 俺は、この瞬間のために努力してきたのだ。

 運動会を企画し、運営委員を組織し、スポーツの概念がなかった連中にスポーツマンシップを説き、柔らかいパンの情報も提供し、ブルマまで作った!

 すべては、この瞬間のために!

 

「ナタリア……俺、このレースが終わったらもっと人に優しくなれると思う」

「ヤシロ様、死ぬんですか?」

 

 バカ、フラグじゃねぇよ。

 人の心は、優しさで満たされると人格まで丸く変えてしまうんだぞ。

 魔王だって、優しさに触れたら世界を救っちゃう勢いだ。

 

 さぁ、始めようじゃないか!

 平和のための、ぽぃんぽぃんカーニバルをっ!

 

「第一レースは、青組ウッセさん、黄組ベッコさん、白組ウーマロさん、赤組ガイナスさんのレースです」

「しょーもな! ちょっと寝るから、終わったら起こして!」

 

 なんだ、その華のないラインナップは!?

 つか、誰だよガイナス!?

 

「ガイナスさ~ん! がんばって~!」

「ちょぃと、ゴンスケ! 敵を応援するんじゃないさよ!」

 

 金物ギルドのオッサン――たしか、ノーマの『右乳』……もとい、『右腕』のゴンスケとかいう乙女おっさんだ――が、決して黄色くはない黄色い声を挙げて手を振っている。

 ガイナスとかいうガタイのいい男は、照れたように頬を染めて俯いている……あぁ、思い出した……あいつ、ゴンスケの彼氏の木こりだな。『宴』の準備の時にいろいろあって……うん、思い出すだけ脳の無駄遣いだ。忘れよう。

 

 

「位置について、よぉ~い」

 

 

 ――ッカーン!

 

 

 鐘の音が鳴り、オッサンどもが一斉に走り出す。

 速いのはウッセ、次いでウーマロ、ガイナスだ。……ベッコ、運動できないんだな。まぁ、部屋に閉じこもって食品サンプルばーっかり作ってるヤツだしな。

 

「ふははは! 優勝はもらいだ!」

「させないッス! オイラはこの一勝をマグダたんに捧げるッス!」

「あんな心のこもった応援をされて……引くわけにはいかねぇんだよ、俺は!」

「拙者、とりあえずパンが楽しみでござる」

 

 おーい、一人意識の低いヤツが混ざってるぞー。

 まぁ、ベッコには本人含めて誰も期待してないわけか。

 

「……ウーマロ、勝って」

「血圧アップッスー!」

 

 マグダの声援を受けた途端、ウーマロの速度が二倍になった。

 体内を流れる血液量が増して、運動機能が二倍に跳ね上がったのか!?

 ……少年漫画か、お前は。

 

「ふん! トルベック、よく聞け……狩人ってのはな、常に予測できない動きをし続ける獣を狩ってるんだ。こんなパンくらい、簡単に捕まえられ――」

「アンパン、ゲットッスー!」

「聞けよ、このキツネ大工!?」

 

 ウッセがカッコつけて語っている間にウーマロが一番でパンをゲットして抜け出した。

 なぁ~にが『トルベック、よく聞け』だ。お前いっつもウーマロって呼んでるくせによ。

 

「よし……、やったぜ、俺は」

「ってぇ!? いつの間にか木こりもゴールしてやがるし!?」

「いやぁ、しかし。このパンというのは驚愕の美味さでござるなぁ」

「丸眼鏡まで!?」

 

 ウーマロに敵対してぐだぐだやっている間に、ガイナス、ベッコに追い越されぐだぐだのウッセ。

 あのなぁ。マンガじゃねぇんだから、レース中にあれこれしゃべってるヒマなんかねぇっての、普通。

 

「ちっ!」

 

 と、顔を真っ赤にしてパンに飛びついたウッセは、四回失敗してようやくパンをキャッチし、ゴールした。

 一発で出来るんじゃねぇのかよ……ダサ。

 

「ヤシロに出来て、俺に出来ないわけが……ぶつぶつ」

 

 俺にも対抗意識燃やしてたのかよ。

 まぁ、なんか楽しんでるみたいだな。勝手にやってる分にはいいけどよ。ゲラーシーみたいにはしゃいで周りを巻き込むなよ。

 

「アホのゲラーシーみたいに」

「何を思考した末の発言かは存じ上げませんが、同意します」

 

 ナタリアの同意も得られた。

 俺が何を考えていようと、ゲラーシーがアホであることに変わりはないからな。うん。当然の結果だろう。

 

 そして、引き続き行われた第2レース。

 青組からは、牛飼いどものボスだという大男がエントリーしていた。短いアゴ髭を生やした老齢の男。短く切り揃えられた短髪には白髪が交ざっている。しかし、その肉体は衰えることを知らず筋肉が盛り上がっている。

 名を、モーガンというらしい。

 

 ……が、ジジイなので覚える気は一切ない!

 

 赤組からはオメロ、白組からはヤンボルドが出場する。

 要するに、デカいオッサン縛りのレースというわけだ。

 で、デカいオッサン(乙女)がごろごろいる黄組から出てきたのは……

 

「さぁ、アタシに勝てるなんて夢見てるヤツらをまとめて吹き飛ばしてやろうかねぇ」

 

 メドラが出てきやがった。

 

「おい、リカルド! アレはお前の担当だろう!」

「アホか! 身長差があり過ぎるんだよ! 2メートル級の大男ばっかじゃねぇか!」

「メドラを筆頭にな」

「あぁ、メドラを筆頭に!」

「アタシャ女だよ、リカルド!」

「なんで俺だけだ!? オオバが先に!」

「ダーリンは照れてるんだよ!」

「照れて男扱いなんかするか!」

 

 いやいや、リカルド。「だ、誰があんな男女!」なんてのは、ボーイッシュな幼馴染に惚れてる純情ボーイの定型句みたいなもんだ。

 まっ、俺のは全然そーゆーんじゃないけどな!

 

「にしても、牛飼いのジジイ小っさいな」

「まぁ、ジジイですからね」

「オレぁ180あるんだぞ!?」

 

 周りが軒並みデカいからなぁ。

 オメロなんか、無駄に2メートルあるしな。

 あいつ、デリアを小さく見せるために設置された舞台装置なんじゃないかって思う時があるもんな。

 

「はぁ……なんでオレがこんなバケモノの群れに……」

「大丈夫……オレ、こう見えて、心優しい六歳の女の子」

「そんな分かりやすい嘘、よく吐けるなヤンボルド!?」

「……むふっ」

 

 肩を落とすオメロに、いつもどおりふざけたヤンボルド。

 確かに、この中で一番か弱いのはオメロだな。間違いない。

 つかヤンボルド。今日は『精霊の審判』禁止だって誓約したから、はしゃいでやがるなぁ。

 

 で、オメロが勝った。

 ん? 描写が欲しかったか? 必要ないだろう。

 ……ただレースを見てただけなのにメドラが、「もう、ダーリンのエッチ!」って胸を押さえながらこっちをチラチラ見てきてな…………思いっきりそっぽ向いてたから内容ちゃんと見てないんだよ。

 

 それから、しばらくオッサンどものレースが続いて……ようやく女子の番になった!

 

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