「あぁ、他所様に見せてはいけない光景、これは。目を潰させてほしい、どうか」
「そんな物騒なお願いがあるか」
ルシアの痴態を見られ、ギルベルタが盛大に慌てている。
「痛くしない、たぶん」
「痛いに決まってんだろうが」
どこまで本気か分からないギルベルタの暴走を未然に防いでおく。
……つか。
「予想、大的中だな」
「あ、あの……ヤシロさん。これは一体……?」
あまりにもあんまりな領主の痴態に目撃者全員が唖然とする中、ジネットが俺の隣へ来て状況説明を求めてくる。
「まったくもって根本的に勘違いをしていたんだよ、俺らは」
「勘違い……ですか?」
そうだ。
「おまえたちは『人間』か」なんて聞くから……そして、キャルビンが外に放り出されている状況と、マーシャに対する素っ気ない態度から、俺はすっかりルシアが『獣人族差別』をしていると思い込んでいたのだが……
「ありゃ、『獣人族萌え』だな」
「も……『萌え』……?」
ルシアは、ウェンディの触角に夢中で俺たちの侵入に気付いてすらいない。
おそらく、マーシャとの面会もこんな感じなのだろう。……だから、部外者は立ち入り禁止なのだ。エステラが抱いていたようなクールな人格者というイメージが先行しているのであれば……
「かわゆすっ! 触角っ! すりすりぃ~! いと、すりすりぃ~!」
……こんな痴態はさらせない。
「いつもこんな感じなのか?」
「うん、そぉ~だよぉ~。だいたい、こんな感じぃ~☆ 『鱗が、鱗がぁ~』て~☆」
鱗ね……獣特徴が大好きらしい。ネフェリーとか連れてくればきゅん死にしてしまうかもしれないな。
「で、では、あの……キャルビンさんが放り出されていたのは……?」
「あ、キャルビンは気持ち悪いんだってぇ~」
こんなにも獣特徴萌えな相手にも気持ち悪がられる……筋金入りの気持ち悪さなんだなキャルビン。ちょっとすげぇぞ、お前。
「あぁ、こんなに可愛い娘が我が領内にいたというのに、その存在を知らなかったなんて……不覚っ! いと不覚っ!」
なぁ、『強制翻訳魔法』さぁ……「いと」を「とっても」って意味で翻訳すんのやめてくんないかな。なんか不愉快なんだけど。
「いとかわゆすっ!」
うん、それそれ。とっても不愉快。
「えっと……つまり?」
いまだ状況がのみ込めていない様子のジネット。しょうがないから端的に、分かりやすく、ズバッと説明してやろう。
「要するに『人間に興味はないから、獣人族にハァハァしてる時は邪魔しに来るな』ってことだ」
「概ね正解、おっぱいの人の意見は」
最初、ギルベルタに「お前たちは『人間』か」と聞かれた時に、「ウェンディはヤママユガ人族です」と答えていれば、すぐさま面会してくれていたというわけだ。
本当に……精霊神とやらに問い詰めたい。
まともなヤツは住んでないのか、この街!?
「……おい、ルシア」
「ん?」
呼びかけると、ルシアは俺たちの方へと視線を向ける。
「あんまり乱暴に扱ってやるなよ。ウェンディの触角が折れちまうぞ」
「な、なにっ!? そ、それは大変だ…………分かった、優しくしよう……」
と、頬擦りをやめて、指先で触角の膨らみをぷにぷにし始める。
……いや、一回手ぇ離せよ!
「一回、離してやってくれないか? ほら見ろ。ウェンディが泣きそうになってる」
「な、泣き…………」
焦った表情でウェンディへと視線を向けるルシア。そして、潤む大きな瞳を見て、ようやくウェンディが泣きそうになっていることに気付いたようだ。
「あ、あの……ルシア様……」
「やっ、すまぬ! 泣かせるつもりはなかったのだ。私はただ…………そなたを私色に染め上げて、メチャクチャにしてやりたいと……」
「ひ……っ!?」
怖い怖いっ!
犯罪すれすれのニヤケ顔してるぞ、そこの美女。
「ルシア姉~。あんまり怖がらせると、嫌われちゃうよぉ~?」
「えっ!? ま、ままま、まさか、マ、マ、マーたんは私のことが嫌いなのか!?」
マーたんって!?
それでさっき、マーシャの名前を言い淀んだのか!?
そりゃ恥ずかしいわな!? マーたんだもんな!?
「ん~ん。嫌いじゃないよぉ~」
「よかった…………心底安堵したぞ……」
どんだけ嫌われんの怖いんだよ……
「なにぶん、先ほど庭でマーたんが干し過ぎたカタクチイワシみたいな顔をした男と仲良くしていたものだから……」
誰が干し過ぎたカタクチイワシだ、コノヤロウ。
「あんな楽しそうな顔、私といる時はそうそう見せな……」
と、不意にルシアと視線がぶつかった。
「…………」
「…………」
無言で見つめ合うこと数秒……
「カタクチイワシッ!?」
「誰がカタクチイワシだ!?」
ルシアが盛大に慌て出した。
「貴様っ、どうやってここへ!?」
「今気付いたのか!?」
え?
もしかして、アホなの?
「ギルベルタッ!」
「はい。ここにいます、私は」
「誰の立ち入りも許可しないよう言いつけたはずだぞ!?」
「はい。聞いていました、私は」
「では、なぜこの者たちがここにいるのだ!?」
「ほふく前進で、『這い入り』ました、彼らは」
ピシッとした姿勢で言い切るギルベルタの言葉を聞いて、ピキッ……と、ルシアの口元が引き攣る。
そりゃ、まぁ……そんな言い訳されりゃキレるわな。
「…………ならば、致し方なしか……」
「ピュアなの、アホなの、どっち!?」
大丈夫か、三十五区?!
「……盲点…………かっ」
物凄く悔しそうな表情で爪を噛むルシア。
それを、ギルベルタが凛とした声で制する。
「はしたないですよ、爪を噛むのは!」
いやいや。それ以前にもっとはしたない姿をこれでもかとさらしてたろうが。そっちを止めてやれよ、何はなくとも。
「ギルベルタよ……私に指図をするのか?」
指摘されて逆切れしてるっ!?
「言うことを聞かないと……もう触らせませんよ、触角を」
ギルベルタが前髪を掻き上げると、おでこに「ちょこん」とした小さな小さな触角が生えていた。
こいつも虫人族だったのかよ!?
「……以後、注意する」
折れたーっ!?
あっさり、ぽっきり折れやがったぞ、この領主!? 給仕長相手にひよりやがった!?
「ギルベルタさんの触角、可愛いですね」
「そう思うか、この触覚を? グンタイアリ人族なのだ、私は」
グンタイアリ……それで、あんな感じなのかな?
「ウェンディに比べると、触角が随分小さいんだな」
「そこがいいのだろうが! 何も知らない分際で、知った風な口を利くと、二度とカタクチイワシが食えぬ体にしてしまうぞ! 慎め、人間のオスッ!」
「対応に差があり過ぎるだろう!?」
ルシアの俺に対する当たりが強過ぎる。
こんなあからさまな差別は初めてだ。
つか、お前も人間なんだろうが! 貴族なんだし!
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