異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加65話 早朝の陽だまり亭にて -4-

公開日時: 2021年4月3日(土) 20:01
文字数:2,686

「そ、それで、みんなで何してんの? あっ、これ! あんドーナツ!?」

 

 白々しく、ワザとらしく、パーシーがトレーの上のあんドーナツを指差す。

 どうせ、そこにかかってる粉砂糖は自分が作ったとか、そんな押しつけがましい自慢がしたいんだろう。

 

「実は、この周りの砂糖、粉砂糖っていって、このために俺が作ったんよ、実は、ここだけの話、ぶっちゃけ!」

「うん。知ってる」

「え……っ、こんな甘くて美味しいものを……す、すごい……素敵過ぎる」

 

 パーシーの自慢に対しても、ネフェリーとバルバラは対極な反応を見せる。

 軽~い返事のネフェリーに、ガッツリ食いつくバルバラ。

 けど、パーシーの意識は完全にネフェリーの方に向いてんだよな。

 

「つまりなんつーの? この砂糖って、オレの情熱と、努力と、あ……愛? つーの? そういうのの結晶なわけ!」

 

 自分で言って自分で照れたらしいパーシーが「うきゅっ!」っと両手で顔を覆い隠す。

 可愛くねぇぞ、アホタヌキ。

 

「ホント、パーシー君って砂糖に一所懸命だね」

「そりゃもちろん、砂糖とオレは一心同体みたいなもんで…………ほぉわぁああ!?」

 

 ネフェリーの顔を見たパーシーが奇声を上げる。

 何事かと見ていると、わなわなとわなないて。

 

「オ、オレ、オレの化身が……一心同体の砂糖が、ネフェ……ネフェリーさんのクチバシに……っ! こ、これって、もはや、完璧に間接キッ……」

 

 言い切る前に床に倒れ込んだ。

 おーい、ロレッタ。外に掃き出しといて。

 

「あ、砂糖がついてるのね。取ろうとしたところにパーシー君が入ってくるから驚いちゃって……もう、恥ずかしいからあんまり見ないで」

 

 女子らしい恥じらいを見せるネフェリーに、都合のいい脳内変換がなされたのであろうパーシーが極楽浄土観光ツアーにでも出かけたかのような満たされた顔で意識を失う。

 おーい、ロレッタ。埋めといて。

 

「……もう。ほんっと、バカ兄」

 

 呆れきった妹の声に激しく同意する。

 と、妙に大人しくなったバルバラがぷるぷると震えていた。

 

「い、一心同体…………って、たしか、シスターが言っていた、『それもう、本人と一緒』って意味の言葉だから……つまり、この砂糖は、パ、パーシー、さんと一緒で……じゃ、じゃあ……く、くちっ、唇についた砂糖って……キ……キッ…………キッ……っ!? ……ふぅ」

「ちょっ!? バルバラ!? 大丈夫!? ねぇ! バルバラ!」

 

 パーシーと同じ妄想をして、バルバラが座ったまま倒れてテーブルにしこたま頭をぶつける。

 おぉ……すげぇ音したな。

 あぁ、ネフェリー。そんな心配しなくてもいいから。心配するだけアホくさいぞ。

 

「おいこら、バルバラ。気絶してないで、お前もさっさと舐めとれ」

「なっ、舐め……っ!? 変態か、英雄!」

「変な妄想してるお前に言われたくねぇわ」

「し、してねぇよ!」

「『精霊の……』……」

「悪かった! してた! 人に言えない変な妄想しててゴメン!」

「ダメです、バルバラさん! 乙女として、そこは認めてはいけない領域です!」

 

 真っ赤な顔でごしごしと口周りの砂糖を袖で拭うバルバラ。

 粉砂糖がパラパラと床に落ちると同時に、パーシーがあの世から戻ってくる。

 

「ん……あ、いっけね。幸せ過ぎて死ぬところだったし」

 

 今度は、往復チケットじゃなくて片道チケットで旅立てよ☆

 

「あっ、そだ! ネフェリーさん! あんドーナツ、一緒に食べませんか? オレも食べたいなーとか思っちゃって、これが!」

 

 生き返って即ちょっかいかけるとか、お前は節操がないな。モリーの目がすげぇ冷ややかになってるぞ。

 

「でも私、今一個食べたところだし……」

 

 二~三個くらい食うつもりでいたのであろうネフェリーだが、異性にそう言われて「よし食べよう!」とは言いにくいらしい。

 そういう恥じらいが女子力の根源なのかもしれないな。

 だが、空気を読まないチャラタヌキはデリカシーの欠片もなく甘いものを勧める。

 

「これ、チョーうめぇから三個くらい余裕っしょ!」

「よっ、余裕! アーシ、いっぱい食べる!」

 

 二個完食したバルバラが、さらに両手に一個ずつあんドーナツを掴んで頬張り始める。

 そういえば、バルバラは教会でパーシーに「美味しそうにいっぱい食べる娘が好き」みたいなこと言われたんだっけな。

 

「ささ、ネフェリーさんも!」

「でも、あんまり食べると、……太っちゃうし」

「そんな! ネフェリーさんは全然大丈夫っしょ! マジで!」

「いや、そういうことじゃなくて……」

 

 パーシー。それはダメだ。

 女子は男に「平気」とか言われても一切嬉しくないんだよ。

 女子のダイエットはな、自分との戦いなんだよ。

 仮に敵がいるとしても、それは自分以外の『女子』だ。

 男がそこに口を挟むのはマナー違反なんだぞ。

 こういう時は、『沈黙』が正解だ。

 

 もっとも、そういうのを気にしない『女子』もいるわけで……

 バルバラはパーシーの肩をもって擁護にまわった。

 

「そうだぞ、ネフェリー! パーシーさんはな、いっぱい食べる娘が、す、好きなんだぞ! 太ったっていいんだ! むしろ太い方が……ね、ねぇ? ですよね!?」

「え? あ~……いやぁ、やっぱ太ってる娘はちょっと……」

「えぇええ!?」

 

 バルバラが劇画タッチに変化していく。

 そりゃそうなるよな。

「いっぱい食べる娘が好き」とか言いながら「痩せてる方がいい」とか、じゃあお前の理想のタイプは胃下垂かよってなるよな。

 もしくはカロリー消費するために食べてる時以外ずっと走ってるような娘か? ハムスターかよ。ハムスターでも太るけどな。

 

「ほらぁ! 男の子って、なんだかんだ言って痩せてる娘が好きなんでしょ!?」

「いや、違っ、……まぁ、違くはないかも、だけど……」

 

 パーシーの発言に、今度はネフェリーが頬を膨らませる。

 …………頬!? え!? ニワトリに頬!?

 

「け、けど! ネフェリーさんは全然痩せてっし! つかむしろ、理想的なスタイルっつぅか……あぁ、いや! 下心とか抜きで! 変な意味じゃなくて!」

「パーシー君の言うことは、ちょっと信用できないかなぁ……」

「そんな……ぁ」

 

 ネフェリーにじとっとした目で見られてパーシーの顔が真っ白になっていく。

 ネフェリーは、デリケートな領域に踏み込まれたことでご機嫌斜めなようだ。

 

 パーシー。悪いことは言わない。

 もう何もしゃべるな。

 挽回しようとすればするほど底なし沼にハマっちまうぞ?

 

「けど! マジで、ネフェリーさんは全然っ、つかむしろいいっつぅか……」

「もういいよっ、そんなに気遣わなくても」

「モッ、モリーなんて、砂糖の研究のためだって甘いものばっか食ってるから、最近マジで太ってきてんだから!」

 

 ……あ。

 

 パーシー、お前……

 

 

 俺の背後で、小さぁ~い声で「……は?」って声が聞こえた。

 

 

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