異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

249話 『宴』の終わりに -3-

公開日時: 2021年3月26日(金) 20:01
文字数:2,441

「けど、今回の課題は次回に活かせばいいと思うんです」

「まだやる気かよ……もう十分だろう」

 

 なんだよ、次回って。

 俺はそんなに善行を積む予定はねぇぞ。

 そうそう人に礼を言われるような人生は歩んじゃいないんだよ。

 

「何か、ご要望があれば言ってくださいね」

 

 要望って……

 俺が「次はアレしてほしー」って言うのか?

 言うかよ、ガキじゃあるまいし。

 

 けどまぁ、あえて何かを挙げるとすれば……

 

「じゃあ、一つだけ」

「はい。なんですか?」

「さっきの給仕長の流れで、ネネだけ『むぎゅっ!』ってやってないんだよな」

「私はやりませんよ、オオバヤシロ様!? 出来るほどもございませんし!」

 

 俺の要望、聞き入れてもらえないんじゃん。

 やっぱ他区じゃダメかぁ。

 

 つか、俺のための会じゃないんだっつの。

 もうドレスとかいいだろう。

 

「よぉし、じゃあみんな! 折角のドレスを汚さないように着替えてきてくれ。『宴』を再開するぞ!」

 

 一瞬、残念そうな空気が流れる。

 だが、考えてもみろよ。

 さすがに、ドレスで屋台には立てないだろ?

 料理がいらないってんなら話は別だが、『宴』で飯無しは盛り上がらない。

 

『宴』の空気を再び流れさせるために、ドレス姿ではない者たちに動き出してもらう。

 

「ソフィー。こっちで用意した甘酒があるんだ。それを配ってくれないか」

「はい。任せてください」

「リベカも、少しの間だけでいいからソフィーを手伝ってやってくれ」

「うむ! 麹のことならわしにお任せなのじゃ。お姉ちゃんと一緒なら、なんだって出来るのじゃ!」

 

 仲のよい姉妹が並んで甘酒の屋台へと向かう。

 

「ウーマロにベッコにアッスント、ちょっと屋台を頼む」

「はいッス」

「少しの間であれば、拙者にも務まるかと存じるでござる」

「んふふ。交渉はお手の物ですよ」

 

 いやアッスント……ぼったくるなよ?

 

「それから、フィルマン」

「はい」

「……爆ぜろ」

「なんでですか!?」

「セロンと一緒に爆ぜろ」

「僕もですか、英雄様!?」

 

 ウェンディのドレス姿は、ホント悔しいくらいに綺麗だったし、リベカはリベカで、俺を見ても「我が騎士~!」って飛びかかってこなくなったし。もう、悔しいやら、口惜しいやら。

 

「じゃあ、多数決をとりま~す! 美人妻、美少女婚約者を持ったセロンとフィルマンは爆ぜた方がいいと思う人~!」

「「「「「「はいっ!」」」」」

「「圧倒的、賛成多数!?」」

 

 その場にいた、ほぼすべての男たちが手を上げていた。

 どうだ、フィルマン。これが、多数決の恐ろしさだ。正当性なんかどこにもない。

 作為的に、恣意的に、「羨ましいならお前らも相手探せばいいだろう!」なんて正論はひねり潰される、そういうものなんだよ、多数決ってのは!

 

「……多数決とは、かくも恐ろしいものなのですね」

 

 思わぬ場面で、フィルマン(次期二十四区領主)が現実を学んだ。

 よかったじゃないか。こいつの世代で『BU』は様変わりするかもしれんぞ。

 

「ダーリン! アタシはドレスのままでいるよ! 折角オシャレしたんだ……その、予行練習とか、したいし……きゃっ!」

 

 えっと……魔獣に精神攻撃を加える練習か?

 たぶんもう十分だと思うぞ。

 

「そ、それに、まだ……似合うって言ってもらってないし……もじもじ」

 

 ごめん。

 この街『精霊の審判』っていう魔法が存在するんだよね。

 似合うかどうかは、個人の考え方次第なんで嘘にはならないのかもしれんが……

 

 いや、まぁ……でも、そうか。

 

「あ~……ごほん。言い忘れてたが……」

 

 これくらいはきちんと伝えておくべきだろう。

 サプライズを仕掛けられた者として。

 驚きをもらった者として。

 

「みんな、とっても似合ってるぞ」

 

 一人一人に言及するのは無理だ。

 俺の背骨がサバ缶のサバの骨並みにボロボロになっちまう。

 今でさえむずむずしっぱなしだってのに。

 

 みんな一緒に、というふわりとした称賛ではあったが、ドレスを纏った女子たちはくすぐったそうにそばにいる者と笑い合っていた。

 もういいから、ドレス脱げよ。

 こっちもくすぐったくてしょうがねぇんだっつの。

 

「うふふ。いいじゃないの、ヤシぴっぴ」

 

 小ジワの目立つ顔を緩ませて、マーゥルが目を細める。

 

「みんな、あんなに素敵なんだもの。今日くらいはこのまま、ね?」

「いやでも、『宴』にドレスって……」

「あら。ヤシぴっぴは、そんな形式にこだわるような頭の硬い人だったかしら?」

 

 形式にこだわるっつうか、ドレスが汚れたらどうすんだっつぅか…………なんかいろいろ目のやり場に困るんだよ。どいつもこいつも目が合えば「どうかな、このドレス?」みたいな顔しやがるからよ。

 ……とにかく、こう、落ち着かねぇんだよ。このままじゃ。

 

「ドレスは女の子の夢ですもの。今日くらいいいじゃない。ね?」

「…………」

 

 マーゥルの言葉を聞いて辺りを見渡すと、どいつもこいつも名残惜しそうな顔をしている。

 

 まったく……

 目に見えるようだぜ。お好み焼きのソースをべったり付けて「はぁあああ!?」って叫んでるロレッタの顔が。

 他のヤツらだって、動き回ればスカートの裾は泥だらけになるし、シワになるし、汗だって吸い込んでシミになるだろうし……

 

「腕のいい洗濯屋がいるなら、今のうちに予約しとけよ」

「はい。では、わたしが懇意にしている素晴らしい洗濯屋さんをご紹介しますね」

 

 そんな会話で「わっ」と歓声が上がる。

 あ~ぁ、ったく。『宴』で、屋外で、ドレスの美女が屋台で麻婆豆腐を作る。日本じゃお目にかかれない光景だよな。

 

 四十二区らしいっちゃ、らしいけども。

 

「じゃあ、綺麗なお姉さん方。お仕事お願いします」

「「「「はーい!」」」」

 

 冗談めかして言うと、ドレス姿の美女たちが持ち場へと散っていく。

 優雅に翻るドレスのスカートとは対照的に、働く女子たちの動きは機敏で、そこにある光景は非日常的なものだった。

 

 こんな感じだったのかなぁ。

 こいつらが見ていた景色って。

 

 当たり前にそこにあったものが様変わりして、常識だと思っていたものとはかけ離れた現象が起こって……それがなんだか、面白い。

 

 くそ。

 だから、俺のための会じゃないんだっての。

 

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