異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

無添加40話 パン食い競争はじまる! -3-

公開日時: 2021年3月31日(水) 20:01
文字数:3,320

「ヤシロ」

 

 倒れた執ジジイをエステラのとこの給仕が応援席へ搬送していく中、エステラが俺たちの前へとやって来た。

 

「『パン食い競争』の特別枠なんだけどね」

 

 やや困ったような顔をして、肩をすくめてみせる。

 ま~た何か面倒なことを背負い込んできやがったな。

 

「この後の青年の部の前に差し込めないかな?」

「順番を変えるのか?」

「うん。まぁ、そういうことだね」

 

 本来であれば、この後『青年の部~ぷるんぷるんカーニバル~』が行われて、特別枠はその後の予定だった。

 それを早めてほしいということは……

 

「貴賓席で暴れ出したヤツがいるのか?」

「うん……子供たちの反応が効果的過ぎたんだろうね、きっと」

 

 パンを食べて大はしゃぎするガキどもを見て、自分も早く食べたいと言い出したヤツがいるのだろう。

 何組かの貴族に参加の呼びかけをしていたから、おそらくそこら辺のヤツか……

 

「大丈夫、だよね?」

 

 エステラ的には、いちいち貴族のわがままを抑え込むようなことはしたくないようだ。妥協できるところには妥協しようという腹積もりらしい。

 区民運動会、特にこのお披露目を兼ねたパン食い競争は、荒れることなくなるべく楽しくハッピーに、か。俺が言い出したことでもあるし、貴族相手に「待て」ってのは意外に骨が折れるからなぁ……ったく、これだから貴族は。

 

「特別枠のコースは50メートルを予定していますし、ちょうどいいかもしれませんね」

 

『青年の部~ぽぃんぽぃんフェルティバル~』は80メートルだ。

 今の年寄りの部と同じ距離である特別枠を先にやってしまえば、スタートとゴールの位置を変えなくて済む、か。

 

「分かった。じゃあやかましい連中をさっさと黙らせるとするか」

「助かるよ。さすがに数が多くてね」

 

 ゲラーシーやマーゥル、二十四区のドニスや二十三区のイベール・ハーゲン、それにシラハなんかもいるしな。

 そいつらを全員黙らせるのはさすがにしんどいか。

 

 ルシアやトレーシーを黙らせる方がきっと楽だろう。

 ……ベルティーナが拗ねるかもしれないけどな。後回しにされると。

 ま、特別枠にはあいつもいるし、なんとかなるだろう。というか、なんとかしてこい、エステラ。

 

「じゃあ、エステラ。それを選手に伝えてきてくれ」

「分かった。こっちの準備はよろしくね」

 

 特別枠のレースでは勝敗は関係ない。

 なのでパンも取りやすい高さに設定しておく。

 あくまで、今度発売される新しいパンの広報活動の一環なのだ、これは。

 

 あわよくば、次回開催時にスポンサーについてもらって資金を引っ張ってくるけどな。

 

 

「え~、それでは。ここで会場にお越しの来賓の方々にも参加していただきたいと思います」

 

 

 給仕がトラックの真ん中に立ち、特別枠の繰り上げを宣言する。

 待機していた選手への説明はエステラが行っている。

 あ、やっぱりベルティーナとデリアが不服そうだ。まぁ、待ってろって。あとでいくらでも食えるんだから。

 ……あいつらが『いくらでも』食ったら、あっという間になくなりそうだけどな。

 

 給仕の誘導に従って、貴賓席や観客席からぞろぞろと参加者が集まってくる。

 よく見知った顔がずらりと並ぶ。

 そんな中に、一組の姉妹が混ざっていた。

 

「おい、英雄。呼ばれたから来たぞ」

 

 バルバラとテレサだ。

 エステラは今頃、こいつを切り札にしてベルティーナたちの説得を行っているところだろう。

 ベルティーナとデリアなら、「テレサが出るなら……」と大目に見てくれるはずだ。

 

「なぁ、アーシらはここでいいのか?」

 

 テレサは特別枠に参加するが、バルバラにはこの後『青年の部~揺れる! 乳祭り~』に参加してもらう予定だ。

 

「こっちに出るのはテレサだ。お前は一緒に走ってサポートしてやってくれ」

「おう、任せろ! 絶対一番になってやるぜ!」

 

 いや、点数に関係ないから何番でもいいんだけどな。

 

「テレサ。また走れるか?」

「うん! えーゆーしゃ! あーしの、はしぅとこ、みてて、ね!」

「おう。見てるからな」

「ぇへへ~」

 

 手を振って、テレサがスタート位置へと向かう。

 バルバラ、分かってると思うけど、お前はサポートだからな? 手、使うなよ?

 まぁ、反則があっても特別枠だから構いはしないんだけど。

 

「んじゃあ、特別枠第一走者は位置に並んでもらおうか」

 

 わらわら集まってきた特別参加者を並ばせていく。

 とりあえず、二十九区領主の姉にして変わったことが大好きなマーゥルと、そのマーゥルのことが大好きな二十四区領主ドニスを並べておいた。

 

「ちょっとよいか、ヤシぴっぴ! 少し話したいことが!」

「あーやかましい! 時間押してんだからさっさと並べ!」

 

 マーゥルの隣に並ばされて、ドニスが狼狽している。

 ひた隠しにしているおのれの恋心が露呈しまいかと焦っている……わけじゃなくて、あれは単純に好きな女の子の隣に立ってどうしていいか分からずにテンパっているこじらせた男子中学生の心理だな。

 ほら、意味もなく毛先をいじり始めた。

 ドニス。お前は知らないのかもしれないけどな、いじる毛先って基本前髪なんだわ。なんで頭頂部にかろうじて残った一本毛をいじいじしてんだよ。観客がはらはらしちゃってんじゃねぇか。「そんな乱暴に扱ったら……」って。

 

「よ、……よい、日和だな」

「そうですねぇ。楽しみだわぁ、ヤシぴっぴが考えた新しいパン」

 

 だから、マーゥル。それ極秘機密なんだわ。なに察してくれちゃってんだよ。他所の区の貴族なのによぉ。……まぁ、気付くか。マーゥルだしな。

 

「ねぇ、DD?」

「ごふぅ! ……けほっ。な、なんだ? マ、マー……ミズ・エーリン?」

 

 へタレー!

 ドヘタレ!

 お前はなんのために一本毛になったんだ!?

 それでもチョロリンか!?

 名前くらい呼んでやれよ、……ったく、この街の男どもは。

 

「DDは何パンを狙うのかしら?」

「ワ、ワシは、そうだな、ん~…………ミズ・エーリンはどうなのだ?」

「私は、そうねぇ。アンパンかしら」

「で、では……同じものを」

 

 無理だよー!

 一種類ずつしかぶら下げてないから!

 同じパン狙うと奪い合いになるから!

 

「うふふ。それじゃあ、同じパンに同時にかぶりつくことになりますね」

「なぬっ!? そ、それは…………ダメ、だな」

「うふふ、そうですね。私、恥ずかしいわ」

「はぅううう……っ! …………か、かゎぃい…………っ!」

 

 あ~ぁ、顔真っ赤にしちゃって。悶えちゃってまぁ……

『うっかりほっぺにちゅー』とか想像してんじゃねぇだろうな?

 

「うっかりほっぺに……いいや、いやいや、何を考えておるのだ、ワシは!」

 

 ……考えてんじゃねぇよ。

 

「で、では、ワシはその隣のパンをいただくとしよう」

「じゃあ、競争ですね」

「あ、あぁ……そう、だな」

 

 妙にきらきらした目をしやがって……

 今度は「競争っていったら『つかまえてごらんなさ~い』『あはは、待て待て~』だよなぁ」とか考えてんだろ、どーせ。

 

「……『待て待て~』……ふふふ」

 

 どんぴしゃかよ!?

 ちょっと分かり易過ぎない、この街の領主!?

 

「テレサは何パンが食べたい?」

「あーしは……、なんでもいぃ」

「遠慮すんなよ。なんかみんな美味そうだぞ」

「えっと……じゃあ……おねーしゃと、おんなしの」

「あぁっ! テレサ可愛いっ!」

 

 テレサも第一走者なのか。

 つかテレサ。バルバラは食わないからな?

 

「はいは~い! 私も特別枠の第一走者だよ~☆」

 

 と、タライに入ったマーシャが入場してくる。

 っていうか、運搬されてくる。

 タライを抱えているのはデリアだ。

 

「デリアちゃんとはチームが分かれちゃったから、ここで友情の確認をしておかないとねぇ☆」

「くそぉ! あたいはまだおあずけなんだぞ! マーシャはいいよなぁ、先に食べられて」

 

 甘くて美味いという噂だけを聞いていたデリアは、早くパンが食べたくて仕方がないらしい。

 デモンストレーションの時も食べられなかったので、今日のパン食い競争を心待ちにしていたのだ。

 もう、目がパンに釘付けだな。

 

 いいか。

 サポートはあくまでサポートなんだから、間違ってもお前らが食うなよ?

 分かってるよな、デリア? バルバラ?

 

「デリア、バルバラ、お前らはおあずけだぞ」

「うぅ~、ヤシロが意地悪だぁ!」

「分かってるよ! アーシはテレサのためにここにいるんだ! あと、姐さんを泣かすと折るぞ!」

 

 何をだよ?

 どこをなんだよ。

 怖ぇよ。

 

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