「んじゃあ、さくっとノーマに金型を依頼してくるぜ。完成したら、また試食を頼むな」
「はい! 任せてください!」
――と、元気いっぱいに返事をするベルティーナ。
……はは。やっぱり出てきたか。二日続けてご苦労なこった。予想はしていたが。
だが、ちょっと遅かったな。ホットケーキ、もうねぇぞ。
「ジネット。ホットケーキの匂いがしますが?」
「え、っと……あの……」
チラッとこっちを見るな、ジネット。
わざわざ俺に伺いを立てなくても、作ってやればいいだろうが、ホットケーキくらい。
「新しい料理ですか?」
「いえ、今日作っていただいたのはホットケーキですよ」
真偽を確かめるべく、俺の顔をじっと覗き込んでくるベルティーナ。
疑うなよ……
「新しい食い物――たい焼きはまだ出来てないからな。試食は後日だ」
「いの一番に食べたいです」
このシスター、ロレッタと同じことを……
「では、それまではホットケーキを食べて待つとします」
じぃ~っとこっちを見るな。ジネットに頼め。
あぁ、あと、試食でもなんでもない時はきちんと金を払えよ。……まぁ、ジネットが受け取らないだろうけれど。
そんな、最近甘えることを覚えたベルティーナを見て、ジネットは「やれやれうふふ」みたいな、困ったような嬉しそうな、いつもの通りの「らしい」笑みを浮かべる。
が、はたと何かを思いついたような、ハッとした表情を浮かべて、俺の顔をじぃ~っと覗き込んできた。
……なんだよ。母娘で似たような顔しやがって。
そして、にやりと口角を持ち上げあくどい……とはとても言えないが、ジネットなりに精一杯あくどい感じを醸し出そうと心がけたのであろう表情を見せる。
あぁ……ジネットの変なスイッチ入っちゃった。
「あのですね、シスター。先ほど、ヤシロさんがとても変わった、可愛いホットケーキを焼いてくださったんです。もう食べてしまって残ってはいないのですが」
「そうなのですか? それは見てみたかったですね」
「はい、是非お見せしたかったです。とても、とぉ~っても、可愛かったですので」
……なんだろう、この遠回しな催促は。
「ジネットがそこまで言うほどの可愛いホットケーキ…………見てみたかったですねぇ……しゅん」
「はい……お見せしたかったです……しゅん」
「なぁ、そこの母娘。『演技力』って言葉に聞き覚えないか?」
どうせやるなら、もう少しマシな演技をしてみせろってんだ……ったく。そんなおねだりばっかり覚えやがって。
可愛ければ俺がなんでも言うこと聞くと思ったら大間違いだぞ?
俺はそんな甘々な親バカ野郎じゃないからな。
「……しゅん」
「……しゅん」
一辺倒か!?
他に策はないのか!?
もっといいアプローチの仕方思いつかないか!?
「……ったく。どうにかしてくれよ、この母娘」
「あの二人をどうにかする方法は、君が一番よく知っているんじゃないのかい?」
「その手段を取らずに済む方法を教えてくれつってんだよ」
「あはは。ヤシロ。この世に存在しないことは教えられないよ」
エステラめ。こいつはどうしてこう底意地が悪いんだ。
俺が困る度に嬉しそうな顔をしやがって。
たまには、「やめてあげて! ヤシロ君が困っているわ! 可哀想よ!」みたいな、俺に気があるクラス委員長的な発言の一つでも出来ないものかねぇ。そのあとで一緒に「ひゅーひゅー」言われようぜ。「ちょっ、ちが、そんなんじゃねーし」って、一緒に言い訳したりさぁ……
「お前、とりあえず三つ編みにしてメガネをかけてこい」
「え、なに? そういうのが好きなの、ヤシロ?」
ばかもの。
自分に好意を寄せるクラス委員長が嫌いな男なんぞ、この世界にも異世界にも存在しねぇわ。
「『お前、メガネかけてねぇ方が可愛いよ』とか言われてみたいと思わないのか?」
「それなら、かけなきゃずっと可愛いって言ってもらえるってことだよね?」
違うんだよなー!
なーんで分っかんないかなぁ!?
ギャップじゃん!?
ギャップこそが萌えるじゃん!?
「ジネット。私たちもメガネをかけてみませんか?」
「はい! では、レジーナさんとナタリアさんにお願いしてメガネをお借りしてきて、それから『……しゅん』としてみましょう!」
「はぁーいそこの二人、ストップだ。面倒くさい人間を二人も巻き込まないでくれるか、そんなことで」
「で、でも、『……しゅん』の効力が消えたら、もう一段階『萌え度』をアップしないと――」
「誰に教わったんだよ、そういう小細工を?」
「――マンネリになってもぅて、飽きられてしまうさかいな、って!」
「よぉし、犯人が分かった。あとでぶっ飛ばしておくからその情報を盲信するのはやめろ」
どうしてあの引きこもり薬剤師は俺のいない間に余計なことばっかりして回ってるんだ?
俺への嫌がらせが趣味なのか?
だいたい、俺にはメガネ属性はねぇっての。
「……店長。実はここに、レジーナからもらった伊達メガネが二つある」
「前にマグダっちょと二人で『オシャレウェイトレスになろう大作戦』を決行した際に、レジーナさんに使ってないメガネをもらったです」
こいつら、何やってたんだよ……
「……一度かけてみるといい」
「え、でも……いいんですか?」
「あたしもマグダっちょも、目の前に異物があると、なんか『むぁああ! 邪魔っ!』ってなっちゃって、全然着けてないです」
ダメじゃん!?
伊達メガネ全否定じゃん!?
「では、お借りしましょうか」
「はい。は、初めてで、ドキドキしますけど……」
と、丸聞こえの作戦会議をひそひそとした後で、ジネットとベルティーナが伊達メガネを装着する。
そして、二人揃ってこちらを向いて、上目遣いで俺を見つめてくる。
「せ~の」
そんなジネットの合図で、二人は同時に同じ言葉を口にした。
「「……しゅん」」
「分かったよ! イラストホットケーキ教えてやるから! そのキラキラした感じのヤツやめろ!」
くっそ!
俺の中のメガネ属性を強引に目覚めさせやがって!
めっちゃ可愛いじゃねぇか、メガネの上目遣い! ジネットに至っては谷間も見えて最強だね!
「ふぉお!? お兄ちゃんがあっさり陥落したです!?」
「……恐るべきメガネパワー」
「レジーナさんの言うことは正しいです!」
「……さすが、百戦錬磨の手練れ」
「待て待て待て! あいつの言うことを鵜呑みにするのだけはやめとけ!」
何が『百戦錬磨の手練れ』だ。
彼氏がいたこともない引きこもりぼっちが、いつ百戦も実践積んだんだよ。
あいつは精々『百八煩悩の穢れ』くらいがお似合いだ。
「あれ、なんだろう……ちょっと乱視入ってきてるのかな、ボク……」
「お前も真に受けるな! メガネごときで優しくしてもらえると思ったら大間違いだからな!」
「三つ編みもつけるよ!」
「それは、クラス委員長という肩書きがあって初めて威力を発揮するんだよ!」
こいつら、俺をお手軽に利用しまくるつもりか!?
そうはさせるか!
「ヤシロさん」
「そろそろ、ホットケーキを……」
「「……しゅん」」
「それをやめぃ!」
くそぅ……レジーナの入れ知恵のせいで、俺がとんだとばっちりを……この報いは必ず受けさせてやるからな!
せっつくジネットとベルティーナに『……しゅん』禁止令を発令し、その了承をもってホットケーキの契約とした。
お前らが食えないくらいに可愛いイラストのホットケーキにしてやろうか、っとに。
向こうで伊達メガネをかけてチラッチラッとこっちを窺うマグダとロレッタはばっさりと無視して、ついでにメガネをかけたそうにしつつもマグダたちから袖にされているエステラも無視して、フライパンを温める。
輪郭と、濃い色にしたい部分を先に焼き、数秒後に少し薄く色づけしたい箇所、最後に白く残したい箇所へと生地を流し込んでイラストを描き上げる。
日本では割とメジャーなイラストホットケーキ。
凝った絵を描こうとすればそれなりの技術は必要になるが、魚程度の単純なものなら、やり方さえ覚えれば誰でも出来る。
――と、ジネットに軽くレクチャーしたら、すぐにマスターしてしまった。
……さすがに、ここまで物覚えがいいと、ちょっと悔しいな。簡単だとは言ったが、そこそこ技術はいるのに…………
だがまぁ、技術を覚えたジネットも、それを美味しく食っているベルティーナも満足そうだから、まぁいいか。
「じゃあ、ちょっとノーマのところへ行ってくるな」
「はい」
厨房を出て、みんなが見送りに来てくれた――のは、いいのだが……
さぁ、店を出ようとした時、ジネットがとんでもないことを言い出した。
「では、ヤシロさんが戻るまでにマスター出来るよう練習しておきますね!」
「いや、待て! そんなことしたら、今日のメニューが全部ホットケーキになっちまうだろうが!?」
意欲に燃える瞳をキラッキラと輝かせているジネットをとりあえず落ち着かせ、俺は陽だまり亭を出発した。
なんとか落ち着かせはしたが……まぁ、ジネットの「作りたいです!」欲求はそうそう収まらないだろう。
願わくは、ジネットの練習が早く終わって、ホットケーキ地獄が早めに終結しますように。
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