「やちろ~! とれた~!」
濡れた顔でリンゴをかじっているシェリル。
あっちはたらいを使ったガキ用のアップルボビングだ。底が浅いから溺れることはない。
けど、結構濡れてるな。
「お口あけて『あ~』ってしてたら、お水いっぱい入ってきて、出てった~!」
「汚ぇな、おい」
「おいヤシロ。あのミネラルウォーター、いくらだ?」
「ガキの口の中にミネラルなんか含まれてないからな? あと、後ろに死神が張り付いてるから気を付けろよ、ハビエル」
「ちょっと待って、イメルダ! 話し合おーう!」
ハビエルが退治されるところを見ても楽しくもなんともないので、ガキどもの様子を見てみる。
「ほ~ら、足元に気を付けるさよ~」
ガキどもの方はノーマが見てくれている。世話好きお姉さんだ。
「子供らがやる分には楽しいけど、アタシらがやるようなゲームじゃないさねぇ」
「そんなことないぞ。こいつは恋占いも出来るからな」
「そうなのかい?」
「ヤシロ様、詳しく」
「あたいも聞きたい!」
「退治、終わりましたわ」
エステラを筆頭に、どどっと女子たちが詰めかけてきた。
で、イメルダ。ご苦労さん。
「いくつか種類はあるんだが……好きな男の名前を書いたリンゴを樽の中に入れて、一回で取れれば両想いに、二回目で取れればもう少し時間がかかる、三回目だと愛情が憎しみに変わり、四回目で取れちまうと一生報われない――って占いがあるんだ」
「ねぇ、ヤシロ。……それ、練習あり?」
「ただの占いだ。そこまで真剣にやるもんじゃねぇよ」
エステラが負けず嫌いなのは知ってるが、お前は負けないためにはちょいちょいセコい発想をするよな。
おみくじで大吉が出るまで引き直すタイプだな、こいつは。
「一生報われないとか……呪いとしか思えないさね……絶対やらないさよ、アタシは」
そうか。縁起が悪いのは忌避される可能性があるか。
なら、もう一つの方で行くか。
「あとは、リンゴにいろんな異性の名前を書いて樽に入れて一つ取る。で、そこに想い人の名前が書いてあればラブ運大上昇! ――ってのもあったな」
「そっちをやるさね! ペナルティはないんかぃ!?」
「いや、ないけど……そんな必死にならなくても……」
「別に必死じゃないさね!」
と、必死な眼差しで吼えるノーマ。……怖ぇよ。
占いなんて、しょせんただの思い込みと気休めだ。「ラブ運大上昇」くらいのあいまいなものの方が受けがいいのだろう。
「結ばれる」とか言うと嘘になりかねないしな。
『-100』が『0』になったって『大上昇』には違いないしな。
「さて、異性ということは、ボクたちの場合男性の名前を書くわけだけれど……」
気が付くと、女子たちが各々リンゴを手に持っていた。
ナイフ裁きがうまいエステラとナタリアが名前を刻むようだ。
「とりあえず、今たまたま目の前にいるヤシロは入れておこうか? 目についたし。一応男性だし。ね、パウラ?」
「そ、そうだね! とりあえず入れておけばいいんじゃないかな? ねぇ、ネフェリー?」
「え!? あ、う、うん。そうだね。とりあえず、ね」
きゃいきゃいしてるなぁ……
で、モリー。……こっち見ないで。
「では、他に入れたい方はいますか?」
ナタリアの質問に女子たちは「「「う~ん…………」」」と小首をかしげる。
いないんかい!?
「みなさんが気になっている男性のお名前も、入れるのを忘れないようにしてくださいね」
と、罪のない笑顔でジネットが言う。
こいつはこいつで恋占いを楽しみにしているようだが……
「じゃあ、ジネットも誰か書く?」
「へっ!? あ、あの、いえ……わたしは、その…………アルヴィスタン、ですので」
……な?
そういう返しが来るんだから、黙ってろって。
「とりあえず、適当に知り合いの名前を書いて入れておくぞ。別に引き当てたヤツとどうこうなるって占いじゃなく、想い人を引き当てたらラブ運が上がるってだけだから、気楽にやれよ」
「そ、そうだね。じゃあ、あとはヤシロに任せようか。はい、ボクのナイフを使うといいよ」
「お兄ちゃんー! 書きたいー!」
「じゃあ、ハム摩呂さんには私のナイフを」
「給仕長さんの、伝家の宝刀やー!」
「いえ、普段使いの宝刀です」
宝刀じゃねぇだろ、普段使いなら。
しかし、ハム摩呂が「はむまろ?」って聞き返すタイミングってまちまちだよな……とか思ってハム摩呂の手元を覗き込んだら『はむまろ?』と彫られていた。
そこで聞くなよ!?
そうして、適当に野郎の名前を書き込んだリンゴを樽の中へと放り込んで、女子たちによる恋占いが始まる。
――かと思いきや。
「じゃ、向こうでやってくるから、男性諸君は近寄らないように!」
「なんでこそこそするんだよ」
「乙女の嗜みを無遠慮に眺めるなんて紳士のすることじゃないよ」
「そうよそうよ」と、女子の結束力を発揮してフロアの端っこの方へと移動していく女子たち。
なんだかなぁ……
「目当ての名前を引き当てた時に思わず喜んじゃったら、想い人がバレちゃうッスからね」
「そんなもんかねぇ」
「まぁ……言われなくても大体分かるッスけどね……」
とはいえ、やっぱり気になるので遠巻きに女子たちを観察する。
トップバッターはノーマがやるようだ。
……そんなところでまで焦らなくても…………
「いくさよ!」
女気とでもいうのか、潔く水の中に顔を突っ込むノーマ。男前である。
そして十数秒後、ザバァ! ――と、水飛沫をあげてノーマが顔を上げる。
口には小さめのリンゴがしっかりと咥えられていた。……執念だ。
「ふぅ……」
濡れた髪を色っぽくかき上げ、ぎゅっと絞るその表情……すっごく艶っぽい!
眺めるオッサンどもの喉が「ごきゅりっ」と鳴る。
もし、ノーマに引き当てられた名前の男がこの場にいたら、こんな些細なきっかけで二人のラブ運が大上昇しちゃうかも!?
そんな錯覚をしそうなほどの緊張感がフロアを包む。
「さて……名前は…………」
リンゴをくるりと回し、そこに書かれた名前を確認したノーマ。
次の瞬間に、がくりと肩を落として床へへたり込んだ。
どうした!?
ノーマの手から転げ落ちたリンゴがころころとこちらへ転がってくる。
猫じゃらしに反応する子猫のように、ハム摩呂がそのリンゴを拾い上げ、俺たちの前まで持ってくる。
えらい!
俺たちじゃ、それを拾いに行く勇気は出せなかった! 無邪気って尊い! 好奇心ってすごいね!
「それで、ハム摩呂。なんて書いてるんだ?」
俺の問いに、ハム摩呂はいつもの無邪気な笑顔のままで書かれた名前をこちらに向ける。
そして、そこに書かれた名前を読みあげる。
「『ノーマ』って書いてあるー!」
…………おぉう。
まさかの、ご本人さん登場…………
異性でもなければ別人でもない。
え、なに?
ノーマは一生一人だって示唆してんの、精霊神? お前、信者に対してえっぐい仕打ちするんだなぁ。
つか、俺はそんな名前書いてないぞ。ってことは…………ハム摩呂、女子の名前混ぜてんじゃねぇよ。
重ぉ~い空気のまま、本日のアップルボビングは中止となった。
「子供なら楽しんで出来るよね」ということで、本番ではガキどもが行うことになった。
それとは別に、エステラ主催で『女子だけで準備して女子だけでひっそりとやるリベンジ恋占い』の開催がフロアの端っこの方で密かに決定していたのだが、俺は聞かなかったことにしてノータッチを貫こうと心に誓った。
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