「とにかく、中に入ってください。すぐに温かいスープをお出ししますから」
「あ……すいませんッス」
ジネットがいそいそと食堂へ入っていく。
素通りするような素振りは、ウーマロが緊張して下手に体力を削られないようにだろう。
「すみません。まだストーブを出していないもので……寒いようでしたら毛布を持ってまいりますが……」
「あ、お気遣いなくッス」
「それが、マグダの毛布でもか?」
「………………ごくりッス」
「店長さん! ここに変態が二人もいるです!」
「あぁ、違うッス、違うッス! オイラだけはそうじゃないッス!」
おいおい。俺は満場一致で変態認定されてるってのか? はは、雪の中に放り出すぞ、コノヤロウ。
「……七輪」
マグダが厨房から七輪とニワトリを持ってくる。……食うわけではなく、ニワトリも温めてやろうということだ。こいつはずっと寒い食堂で留守番をしていたわけだからな。今はワラに包まって丸くなっている。
「なんッスか、これ? しちりん?」
「……マグダのお気に入り」
「素晴らしい物ッス! オイラも好きッス!」
単純でいいなぁ、ウーマロは。
「おい弟たち」
「「「あいあいさー!」」」
「まだ何も言ってねぇだろ!」
「「「だいたいのことはきくー!」」」
「じゃあ、ウーマロに蹴りを入れてこい」
「「「あいあいさー!」」」
「そういう悪いことは聞いちゃダメッスよ! 再教育するッスよ!?」
「「「棟梁には逆らえないー!」」」
なるほどな。師弟関係なんだっけな、こいつらは。
じゃ、その師匠を助けるために精々頑張ってもらおう。
「ストーブを組み立てるから手伝え」
「「「あいあいさー!」」」
「ストーブがあれば、みんな温かいし、ウーマロからは金が取れる」
「有料なんッスか!?」
七輪の炭に火が点き、ほんの少しずつ炭が赤みを増していく。
もうちょっとそうして待ってろ。
俺は弟たちを引き連れてストーブの設置に取りかかる。
マグダはウーマロと一緒に七輪に当たり、ロレッタはジネットの手伝いだ。
「やっぱ来たな。『客』」
「そうですね。うふふ」
厨房を抜ける時、ジネットに声をかけるとおかしそうに笑っていた。
こんな雪の日でも来るんだな、ウーマロは。まぁ、来ると思ってたけどな。
約二十分ほどかけてストーブを設置する。煙突はストーブの中にしまわれていた。三つに分けられた鉄製の筒を繋げて、壁の穴へと固定する。
リフォームの際、以前と同じ場所に穴をあけてくれていたようで、煙突の長さはピッタリだった。さすがウーマロだ。
「薪が燃えるまで、まだ少し時間がかかるかもしれませんが」
ストーブの設置が嬉しかったのか、ジネットが厨房から出てきてその様子を見守っていた。心なしかわくわくしているように見える。
体力の有り余っているロレッタに薪を持ってきてもらい、ストーブに火を入れる。
…………うん。時間かかりそうだな。
「その間、これを飲んで温まっておいてください」
そう言ってジネットが持ってきたのはお汁粉だった。
陽だまり亭でも出すことになるだろうと、少し多めに下ごしらえしておいてよかった。
ウーマロから離れたテーブルにお汁粉を置く。ストーブに近い席だ。
「あぁ……助かるッス……ありがとうッス…………」
ウーマロはのろのろと立ち上がりテーブルへと移動する。
そのうち温かくなってくるだろう。
「あ……」
窓を見て、ジネットが声を漏らす。
つられるように視線を向けると、雪が降り始めていた。
教会へ行っている間は降ってなかったのだが。結構な降雪量だ。
「今年は本当に雪の多い豪雪期になるかもしれませんね」
ジネットが呟くように言い、ウーマロがそれに賛同する。
「ッスね。昼間に降るなんて珍しいッス」
どうやら、豪雪期の雪は夜間に降るのが一般的らしい。
また積もりそうだな……
「もしかしたら、明日から教会へは行けなくなるかもしれないですね」
「そうなのか?」
「はい。雪が多くなると方向感覚がなくなって、通い慣れた道でも遭難してしまうことがあるんです」
ホワイトアウトというヤツだ。
吹雪のように前が見えなくなる雪に見舞われたりすると世界が真っ白に見えてしまう。降雪がなくとも光の乱反射によって、積もった雪と雲の境目がなくなるなどの錯覚を起こすのだ。高低、遠近の認識が出来なくなり、雪に慣れた人でも遭難してしまうことがあるのだとか……
「日の高いうちにもう一度教会へ行って、食糧をおすそ分けしておいた方がいいかもしれませんね」
「教会にも蓄えはあるんだろ?」
「もちろんです。けど、何かをしたいという……わたしのわがままです」
寄付をするのは自分のわがままなのだと、ジネットは言う。
お節介だなどとは、誰も思わないのだろうが。
「あ、じゃあ、オイラ手伝うッス! このスープのお礼も兼ねて」
お汁粉が気に入ったのか、ウーマロが勢いよく手を上げる。
つか、店先で遭難しかかってたヤツが何を偉そうに……
しょうがないから俺も付き合ってやるか。
「マグダたちは留守番しててくれな。ストーブを消したくないから」
「…………」
マグダがジッと俺を見つめてくる。
……そういう意味じゃねぇよ。
「ここで俺たちの帰りを待っててくれ」
ケモ耳をもふもふとしてやると、目を細め「むふー」と息を漏らす。
「……そういうことなら」
なんとか納得してくれたようだ。
しかし、またあの雪道を行くのか…………ため息が出るね。
「とにかく、もうしばらくは雪の状態を見ましょう。やんでくれればいいのですが」
雪が降っている間は様子見ということになった。
静かに落ちてくる雪は、美しくも……どこか不気味に感じられた。
「ま、のんびりしようぜ。さすがに、こんな雪の中やって来る頭の悪い客もいないだろう」
「……オイラ、今サラッとディスられたッスかね?」
まぁ、こんな雪の中やって来るのは、マグダ中毒のウーマロくらいだ。
他に、そうまでしてここに来たいヤツなんか……
「ご、ごめんくださいっ!」
「……さ、さむい……」
…………いたよ。
陽だまり亭のドアを開け、二人の美女がなだれ込んでくる。
真っ黒いメイドドレスを雪で真っ白にしたナタリアと、そんなナタリアにおんぶされるような格好のエステラだ。
「ど、どなたか、お嬢様に温かい物を!」
「ちっぱいにも人権はあるぞー」
「……需要はきっとある」
「女は愛嬌です! 胸が無くてもドンマイです!」
「いえ、みなさん。温かい言葉ではなくてですね……!」
「ちょっと待って、ナタリア……今のは温かい言葉ですらないから……」
ガタガタと震え、肩で息をしながらナタリアとエステラが最後の力でツッコミを入れてくる。
こいつらにどこにそんなパワーが……そうかっ! 生命力を燃やしてツッコミをしているのか!?
なんて、バカなことをやっている間に、ジネットが二人分のお汁粉を持ってやって来た。
「はい。温まりますよ」
「ジネットちゃん……君だけだよ、優しいのは」
エステラがナタリアの背から降り、ジネットの腰に抱きつく。ストーブのそばにお汁粉を置いていたジネットは、抱きついてくるエステラの頭をぽんぽんと撫でた。
立ち上がったナタリアが、ジネットのそばへ行き、慇懃に頭を下げる。
「ありがとうございます。私のためにこのようなスープを二杯も……」
「一個はボクのっ!」
こいつら、またなんかいさかい起こしてきたな……やたらと雪だらけだし……雪かきをするしないで揉めたりしたんじゃないだろうか。
ウーマロが席を退き、徐々に温まり始めたストーブのそばにエステラとナタリアが座る。
「なんでこんな雪の中来たんだよ? 家で大人しく仕事でもしてろよ」
「今、ボクのウチ誰もいないんだ……豪雪期を前に父も母も避難してしまうし、その他のみんなも里帰りしちゃって……」
「計画性無しかっ!?」
何してんだ、こいつら?
なんで全員一斉に休ませてんだよ? 何人かは置いとけよ。
「でしたら、お食事とか大変じゃないですか?」
「はい。大変です」
「……ナタリア。誰のせいだと思ってる?」
真顔で答えるナタリアを、エステラがジト目で見つめている。
なるほど。給仕長のナタリアが給仕たちに休暇を与えてしまったがために起こったトラブルなんだな。……分かりやすいな、お前んとこは。
「でしたら、豪雪期の間ウチにいませんか? 快適な場所とは言えませんが」
「本当? 助かるよ……ごめんね、ジネットちゃん」
「ご厚意、感謝いたします」
なんだか、居候が増えてしまった。
まぁ、一部屋あいてるしな。
「「「僕らもここにいるー!」」」
「あ、あたしもいたいです!」
弟とロレッタが言う。
「ロレッタがイタいのは知ってるが……」
「そういうことじゃないですよ!?」
「ニュータウン程度なら帰れるだろう? と、暗にウーマロにも言っておく」
「……なんか、そんな空気は察したッス」
ここにいたいという気持ちも分からんではないが、部屋がさほどあるわけではない。
エステラたちはともかく、ロレッタと弟まで抱え込むわけには……
読み終わったら、ポイントを付けましょう!