着工式は盛大に、且つちゃっちゃと行われた。
「よぉし、ヤロウ共! 年内に終わらせて、教会でお餅をいただくッスよ!」
「「「うぉぉおおお! シスターベルティーナがぺったんもちもち!」」」
なんだ、その掛け声!?
つか、モーマットに教えたワードがなんで大工の間で広まってるんだ!?
「ヤシロさん……?」
着工式を見に来ていたベルティーナがなんの迷いもなくまっすぐに俺のもとへ歩いてくる。
怖い方の笑顔で。
なんで疑いもなく俺を疑うのか……え、疑ってるの疑ってないの、どっち!?
こうなっては仕方ない。
「モーマットが広めました。精霊神様に誓って俺は吹聴してません」
言い出したのは俺だが、広めたのは俺じゃない。
俺の知らないところで勝手に広がっていたのだ。
うん、何も嘘を吐いていない。
さぁ、『精霊の審判』でもなんでもかけるがいい!
「そう、ですか……まったく、モーマットさんは。あとで叱っておきましょう」
よかったなぁ、モーマット。
憧れのベルティーナに優しくお説教してもらえるぞ。
こりゃあ、謝礼として野菜をたんまりいただかないとなぁ。
そうだ、湯船に浮かべるゆずやかぼすをもらおう。
柑橘系を風呂に浮かべると、体がぽかぽかするしな。あと、香りもいい。
そんな着工式を眺めるでもなく眺め、式が終わり次第俺はさっさと行動を開始する。
式に参加していたとある人物を捕まえて交渉開始だ。
「ノーマ」
「あぁ、ヤシロ。これから大工と打ち合わせさね?」
「いや、連中はもう勝手にやるだろう。俺が口を出すところはもうねぇよ」
大浴場の構造も決まり、設計図も完成している。
あとは大工が頑張って建てるだけだ。
「あのやり方なら、子供らが入っても火傷しないさね」
にこにこ顔のノーマ。
大衆浴場の湯の沸かし方の話だろう。
大衆浴場ではボイラー室を作って、そこで全浴槽の湯を一気に沸かしてしまう。
デッカい金属製の釜を作り、ガンガン火を焚いて一気に湯を沸かす。
そこから、水道の仕組みを応用して浴槽へ湯を流し入れているのだ。
こうすれば、ガキが釜に触れて火傷することもなく、鉄砲風呂のように湯を沸かすための浴槽を用意しなくていいので広々とした湯船を置ける。
何より、釜番が一人で済む。
複数ある浴槽を鉄砲風呂にしちまうと、一個一個火の管理をしなきゃいけなくなるからな。
こっちの方が原理は簡単だし、単純だ。
メインとなる大浴槽。
そして、日ごとに違う香りを楽しめる日替わりの湯。
ガキども用に、浅くて広くて若干ぬるい湯遊風呂。
あとは、ガチクソに熱い地獄風呂と、水風呂。で、焼けた石に湯を掛けて蒸気で蒸すサウナも作った。
さて、どれだけの風呂が受け入れられるか。
サウナの意義を教えてやったら、大工が興味を示していたし、とりあえず挑戦者は出るだろう。
ゼルマルの爺とか、あっついのをガマンして入りそうだな。頑固爺には受けるだろう。
で、そんな大衆浴場で使う物を大至急作ってしまおうと思う。
約束もあるしな。
「ブリキをいくつか分けてほしいんだ」
「何か作るんかぃね?」
「前に言ってたろ、風呂に浮かべて遊ぶオモチャだ」
ブリキは鉄鋼の表面に錫をメッキした加工品で、耐水性に富んでおり錆びにくい。
にくいだけで、錆びるけど。
薄く伸ばした鉄板なら、加工も簡単だ。
ついでに、ブリキには容易に着色が出来るので、カラフルなオモチャが作れるだろう。
「豪雪期の間に、木のオモチャはいくつか作ったんだが、やっぱブリキの方が面白い物が作れそうでな」
木の中身をくり抜き、防腐剤を塗布して水に浮かぶ木のオモチャを作ってみたのだが……やっぱりちょっと思ったのとは違った。
こう、なんというか、もっさいというか、垢抜けていないというか……
あと、濡れた木はやっぱりちょっと重い。
プラスチックやビニールがあればそれで作るのだが、ないものはしょうがない
なので、ブリキだ。
とりあえず、金魚とアヒルでも作ってみる。
木で作った木造船のオモチャがあるから、対比でブリキ船があっても面白いかもな。
あ、船と言えば……
「金物ギルドは筒の製造はお手の物だよな?」
「自慢じゃないが、かなり得意さね! 鉄砲風呂の筒をご覧な? 美しい円柱だろぅ?」
鉄砲風呂の普及を確信しているノーマは、金物ギルドで釜部分の改良を始めているようだ。
一般市民に広まるのはもうちょっとあとかもしれんが、貴族連中は欲しがるだろう。
マーシャやイメルダ、ルシアあたりがな。
イメルダから情報を得て、ハビエルが欲しがるかもしれない。
あいつは、かなり早い段階で水洗トイレを発注してきたからな。
「個人宅の小さな浴槽から、大貴族の大浴場まで、大小どんな筒にも対応可能さね!」
「そうか。じゃあ、直径5ミリの銅の筒を作ってくれないか?」
「5ミリ!?」
直径5ミリの細長い銅の筒。
ストローのような大きさだ。ちょっと細いけど。
「水や空気が漏れないように完全に継ぎ目を塞いでくれ。あ、あと可能な限り真円で」
「また、難しい要求を……!」
筒は、それなりの大きさがある方が作りやすい。
小さな筒は相応に技術が要る。
なにせ、この街での加工はすべて手作業だからな。
ま、出来なきゃ出来ないでいい。
それが作れるなら、ちょっと面白い物が作れるな~と思っただけだ。
「無理はしなくていいから。出来なきゃ出来ないで……」
「出来ないなんて一言も言ってないさね! 出来るさよ! 直径5ミリの銅の筒!」
「意欲に燃えてくれるのは嬉しいが、大衆浴場が最優先な?」
「当然さね! あっちはもう、男衆が組み上げるだけさね。アタシは根幹部分をもう仕上げちまったから、手が空くところだったんさよ」
「それは都合がいい」
ノーマがいてくれりゃ、かなりいいオモチャが作れそうだ。
「一緒にガキどものオモチャを作ってくれないか?」
「湯遊風呂に浮かべるヤツさね? ……くふふ。設計図を見た時に『あぁ、ヤシロらしいさねぇ』と思ったもんさ」
どういう意味だよ?
「風呂でも、ヤシロは子供らに遊びを与えてやるんさね」
「あのな。ガキが嫌いなもののトップ3は、手伝いと勉強と風呂だ」
ガキは熱い風呂に浸かるのを嫌い、顔が濡れる洗髪を嫌い、退屈な入浴時間を嫌う。
とにかく退屈が嫌いなのだ、ガキというのは。
「だから、そんなガキが夢中で遊べる風呂があれば、連れてきた大人はゆっくり風呂に浸かれるだろう?」
浴槽には、「先に体を洗ってからしか入ってはいけない」というルールが設けられる。
こうしておけば、遊びたいガキどもは自ら進んで体を洗うって寸法だ。
「大人がゆっくり風呂に浸かれる環境を作っておけば、大人が面倒くさがらなくなるだろう?」
「まぁ、毎度言うことを聞かない子供を連れて風呂に行くのは面倒になるかもしれないねぇ」
「しかも、行けば行ったで『早く出たい、早く帰りたい』の大合唱だ。うんざりするだろ?」
俺も、銭湯や温泉でガキが「もう出た~い!」って騒いでいる場面を何度も見かけた。
父親はゆっくり浸かりたいだろうに。
四十二区の大衆浴場はそれではいかんのだ。
「何度でも来て、毎日でも来て、金を落としていってくれないことにはなぁ……ふふふ」
「ヤシロ。真っ昼間から邪悪な顔を晒すんじゃないさね。子供らが見たら泣くさよ?」
ふん!
泣きたければ泣くがいい!
俺はガキに忖度などしない!
ガキの起こした不祥事を「子供のすることだから」と見過ごさない大人なのだ、俺は!
ガキなど、労働もせず、ろくな義務も責務も負わないお気楽な存在のくせに「あれがイヤだ」「これがしたい」とわがままだけ抜かす身勝手な生き物なのだ。
その上、無条件で女湯に入れる特権まで持っていやがるのだ!
許せるか!?
否!
断じて、否である!
「男湯と女湯では湯遊風呂のオモチャを変えて、きちんと男女で分かれて風呂に入るように仕向けてやる……ガキ自らが『男湯の方がいい!』と言い出すように、面白いオモチャを用意してやるさ。女湯にはそれはそれは可愛らしい、女の子がお姉さん心をくすぐられるようなオモチャを用意しよう……ふっふっふっ、特権階級のガキどもよ……その特権の価値を知らぬまま、行使できない年齢まで育つがいい!」
「ヤシロ、なんか私怨が含まれてないかぃね?」
「俺が入れない女湯には、たとえゼロ歳児だろうが男は入れさせない!」
「……あんたのそういうところが…………いや、なんでもないさね」
ぷっかぁ~っと、煙管の煙を吐き出すノーマ。
なんだよ?
『女湯に入れるのは十七歳のお子様まで』っていうルールが却下になった以上、徹底的に男女を分断するべきだろう。
俺はルールを守っているだけさ。偉いだろう? ん?
「男女七歳にして風呂同じゅうせず!」
「『席』さよ、同じゅうしないのは」
席がダメなら風呂も当然ダメだろうが!
近くに座るのはダメだけど、お風呂は一緒に入ろうね~って、どんな倫理観だ!?
「俺が大衆浴場なんかを作ったせいで……『なによ、子供の頃は一緒にお風呂に入っていたじゃない』『なっ、バ、バカ! そんなこと、今言う必要ないだろう!?』みたいな幼馴染カップルが誕生してしまったら……俺は責任を持ってこの世界を滅ぼさねばならなくなるだろうっ!」
「はいはい、じゃあそうならないためにも、可愛いオモチャをいっぱい作るさね。ほれほれ、工房に行くさよ」
たおやかな手に背を押され、俺はノーマの工房へと連れられていった。
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