「で、何しに来たんだ? 何か用があるのか?」
「あ、うん。今日は、ボディーガードだよ」
「ボディーガード?」
言われて辺りを見てみるも、ネフェリーに連れはいない。
「誰を連れてきたんだよ?」
「え? あれっ、いない!? なんで?」
キョロキョロと辺りを見渡すネフェリー。
付いてきていると思っていたのか? ボディーガードとして機能してねぇじゃねぇか、それ。
「おかしいなぁ。さっきお店で話してたら、『陽だまり亭に行きたい』って言うからさぁ。でも暗くなると危ないじゃない? 特にあの子、小さいし。あの辺りはまだ光るレンガ設置されてないしさ」
辺りを探しつつネフェリーが話を進める。主語を言えよ、主語を。
が、それだけ情報がもらえれば十分だ。
だから、店内に入ってこなかったのか。知らない人がいたもんなぁ。……しょうがない、迎えに行ってやるか。
俺は、ネフェリーとルシアの間を通り、手紙を出さなくてよくなり再び近場の椅子に座り直しているエステラとナタリアの傍を素通りして、ドアを開ける。
庭へと出ると、空はもう薄暗く、レンガが眩い光を放ち始めていた。
「おい」
「みゅぃっ!?」
陽だまり亭の庭の木の陰に小さな少女が身を隠していた。
「ミリィ。怖くないから、入ってこいよ」
「ぁ……てんとうむしさん…………びっくりした」
知らない人間がいて、ミリィは怖くなって入ってこられなかったのだろう。
まだ人見知り治ってなかったんだな。
「ぁの……中にいた人たち……」
「大した連中じゃねぇよ。三十五区の領主とそこの給仕長だ。エステラとナタリアみたいなもんだから気にする必要ないぞ」
「た、大した人たちばっかりだよぉ……っ」
そうか?
どいつもこいつも、揃いも揃って変態ばっかりだぞ?
「オイッ、カタクチイワシッ!」
「ひゃんっ、てんとうむしさんっ!」
俺が優しく語りかけてミリィを落ち着かせているというのに……。空気を読めないルシアが大声を張り上げてドアを乱暴に開けたりするから、ミリィがビックリして俺にしがみついてきた。泣きそうになってんじゃねぇか。
「ん? てんとうむし?」
「ぇ? か、かたくち、いわし……?」
いや、俺、そのどっちでもねぇんだけどな。
「なんだよ、ルシア。脅かしてやるなよ」
「話の途中で席を外すとは何事だ! 戻れ!」
その話、思いっきり脱線してたじゃねぇかよ。
「ところで、誰だ、その小さな少女は?」
「ん? あぁ、こいつは……」
「あ、ミリィ。そんなところにいたんだ」
俺の背に隠れるミリィを紹介しようかなというタイミングで、ルシアの後ろからネフェリーが顔を出してきた。
ネフェリーの声を聞き、俺の肩越しに顔を覗かせるミリィ。頭の上で大きなテントウムシの髪飾りが揺れる。
それに合わせて、二つの触角もぴよんと揺れる。
「お嫁さんにしたい女子、今期ナンバーワンだ!」
「あれぇ!? 私ランクダウンしてるっ!?」
先ほどまでナンバーワンだったネフェリー、まさかのランクダウン。
ギルベルタもそうだけど……三十五区の人間は目の前の物しか見えない町民性でも持ってるのか? 周りにいる人間への配慮が欠けまくりだよな。
「カタクチイワシ! そのプリティな娘をくれ!」
「なんだろう。俺、毎秒お前のことを尊敬できなくなっていくよ……」
エステラの前情報、全然当てにならねぇな。
つか、ルシアは四十二区に住んだら、三日と持たずに心臓破裂するんじゃないだろうか?
「この娘が、先日話した花のスペシャリストだ」
「おぉ、そなたが。……うむ。分かるぞ。花を愛するピュアなハートが表情に表れているようだ。いとかわゆすっ!」
最後の一言で台無しだな。
途中まではそういうのって見る人が見れば分かるんだなぁとか思ったのに。こいつ、単にミリィを褒めたいだけだ。マグダを前にしたウーマロレベルの判断力しか持っていない。
つまり、なんでもいいんだよ、可愛ければ。
「ぁ、ぁの……なんの、ぉはなし?」
「あぁ。三十五区には、美味しい蜜が飲める花園があってな」
「はなぞのっ!?」
『花園』というワードに、ミリィがいつになく過敏な反応を示す。
「ぃいなぁ……見てみたいなぁ……花園かぁ…………」
頬に手を添えてぽや~んとした顔で、うっとりと虚空を見つめる。
ミリィがこんな表情を見せるのは珍しい。
様々な花が咲き誇る花園は、ミリィにとっては楽園かもしれない。
「是非見に来るといい」
「ぇ……でも……三十五区は、遠いし……」
「明日、この者たちが三十五区へ来ることになっている。その際、馬車に同乗してくればよい」
「ぇ……でも…………」
ちらりと、俺を窺い見るミリィ。
その瞳を見る限り、「行ってみたい」「見てみたい」と思っているのは間違いない。
「明日、仕事を休めるか?」
「ぇ…………ぁ、ぅん。ギルドの人にお願いして代わってもらうことは……できる……、けど……」
「じゃあ、一緒に行かないか? 俺と、ジネットと、エステラと、四人で」
「…………ぃいの?」
「当たり前だろう」
俺が言うと、ジネットがふわりと頷く。その隣ではエステラが微笑んでいる。
エステラの馬車なら、四人乗っても大丈夫だ。今回はルシア直々に「少人数で」という条件がつけられている。ナタリアは置いてくつもりだ。
ミリィが乗るスペースは確保できる。
最悪、膝に乗っけていってもいいしな。ミリィなら大丈夫だろう。
いや、むしろそこは積極的に……
「私が馬車を出す。車内では、なるべくこのカタクチイワシと距離を取って座るといい。ばっちぃからな」
「誰がばっちぃか、こら」
もう、領主だからって容赦しねぇぞ。いや、最初からしてなかったけど、もう欠片も遠慮しない。こんだけケンカ売られりゃ何をしたって心なんか痛むもんか。
「そう言うわけだから、カタクチイワシよ」
ルシアの表情が引き締まり、領主の威厳を放ち始める。
鋭く研ぎ澄まされた視線が俺へと向けられる。
「ウェンたんも連れてくるように!」
「威厳台無しだな!?」
どんだけ気に入ったんだよ、ウェンディ!?
「明日、貴様らに会わせる人物には、是非会っておいてもらいたいのだ。人間と結婚をしようとしている亜系…………もとい、虫人族の彼女にはな」
ルシアは自ら進んで「亜系統」や「亜種」という言葉を使わないようにしようとしているらしい。
そういう意識の変化が、これから先の世界にきっといい影響を及ぼすことだろう。
こいつも変えたいと思っているのだ、古い時代の傍迷惑な遺物を。
どうにも出来ない、潜在意識に巣食う仄暗い世間の感情を。
「分かった。今から言って話をつけてくる」
「うむ。必ず成し遂げるように」
それじゃあ、これからちょっと会いに行くかな。
セロンのところまでなら、道、明るいし。
でも、念のために。
「エステラ、付いてきてもいいぞ?」
「素直に『お願いします』って言えないのかい、君は?」
「マグダやロレッタは仕事があるんだよ」
「ボクもあるよっ! ……まったく、しょうがないから行ってあげるよ」
店があるからマグダたちを連れ出すわけにはいかない。
これから夕飯のラッシュが始まるのだ。
「申し訳ありませんが、私は明日の準備があるためお供できかねます」
ナタリアが頭を下げる。
領主が他区に赴くのだ、何かと準備が必要になるのだろう。
まぁ、セロンのところに行くだけならエステラと二人でも大丈夫だろう。
夜道で独りぼっちにさえならなければ、それでいいのだ。
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