異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

332話 バオクリエアからの要請 -2-

公開日時: 2022年2月1日(火) 20:01
文字数:3,323

「それで、面白一人称」

「誰が面白一人称ですのん!? わてらの周りはみんな『わて』て言ぅてはりますえ?」

「第二王子もか?」

「王子は王族やさかい、もうちょっとかしこまったしゃべり方してはりますわ」

 

 かしこまったってことは、『私』とかかな。

 

「『わい』言ゎはります」

「どっこいどっこいだな、オイ」

 

 王子の一人称が『わい』かぁ……

 

 

『わいが、この国の第二王子や!』

 

 

 ……うん、初対面で爆笑する自信がある。

 俺、これまでの人生で『わい』が一人称のヤツなんて、プロゴルファーな猿くらいしか知らねぇや。

 

「んで? その第二王子派のナンバー2が、わざわざレジーナに会いに遠いオールブルームまで来た理由ってのはなんだ?」

 

 顔が見たくなって~、なんて軽い気持ちでやって来られる距離じゃない。

 距離もそうだが、こいつがバオクリエアを離れるのは相当な危険が伴う。

 道中の魔獣。こいつを付け狙う賊。

 そして――

 

「筆頭護衛騎士であり、ナンバー2のお前が第二王子の元を離れるなんてのは、よほどのことがない限りあり得ないことなんじゃないのか?」

「いやはや……あんさんには驚かされてばっかりやな」

 

 明け透けな感情で言って、くっと表情を引き締める。

 

「せやねん。実はワケがあってな」

 

 バオクリエアは今、王位継承権で揺れている。

 二人の王子が対立し、国が真っ二つに割れている。

 そんな状況で、王子を残して国外に出るとか……よほどの理由がない限り考えられない。

 そうまでしてレジーナに会いに来た理由。

 

 思いつくのは二つだ。

 

「あんま口外してえぇこっちゃないんやけども……、王が病に伏せられた」

 

 一つは、レジーナにしか作れない薬を調合し、入手するため。

 もう一つは――

 

「せやから、是が非でも――レジーナ・エングリンドに国へ戻ってもらいたいねん」

 

 ――レジーナをバオクリエアへ呼び戻すため。

 

 レジーナは相当の思いを持って国を出た。

 それを呼び戻すには王子か、それ相応の立場の人間が出向き、直々に頼み込まなければ実現はしない。

 

 なにせ――

 

「レジーナがバオクリエアに戻って、命の保証はあるのか?」

 

 レジーナとレジーナの知識は、戦況を大きく揺るがすほどに強力なものだ。

 湿地帯の大病をもたらした細菌兵器の基礎を生み出した張本人であり、また、その解毒薬を作ることが出来るのもレジーナだけだろう。

 

 それが味方に付けば心強いが敵に付けば厄介なんてもんじゃない。

 もし俺が敵なら……真っ先に排除するように動くだろう。

 

 第一王子派の連中だって、同じように考えるはずだ。

 自分たちの切り札を無効化できるばかりか、自分たちを脅かす未知なる細菌兵器を生み出しかねない存在を野放しにはしないだろう。

 レジーナがさらに強力な細菌兵器なんぞ作るはずがないとはいえ、敵にとってはその脅威があるだけで充分に恐ろしい。

 

「あいつが擦り傷一つでも負うような危険があるなら、俺はお前らにレジーナを預けるわけにはいかない。バオクリエアの一大事なのかは知らんが、そっちの国のことはそっちでなんとかしろ」

 

 レジーナは強くない。

 自分の身を自分で守れるような力を持ってはいない。

 

 第二王子派の筆頭護衛騎士というからには、このワイルという男は相当に強いのだろう。

 そのワイルが「絶対に大丈夫だ」「命に代えてもレジーナを守り切る」と断言できないような状況なのだとしたら――

 

「――悪いが、俺はお前をこの街から叩き出し、お前が来たことをひた隠しにさせてもらう。レジーナには、毛の先ほども気取られないようにな」

 

 このことを知れば、バオクリエア王に対してよい印象を持っているらしいレジーナは思い悩むだろう。

 もし、その恩義や忠誠が俺の思うものよりも強ければ、自身の身を顧みることなくバオクリエアへ行くと言い出すかもしれない。

 だから、徹底的に隠してやる。

 

「レジーナを失うつもりは毛頭ない。あいつは、この街には必要な人間なんだ」

 

 湿地帯の大病のこともある。

 確定ではないにせよ、限りなく黒に近いグレーのウィシャートのこともある。あいつが、まだ見ぬ厄介な毒物を持っていないとも限らない。

 そいつに対抗できるのはレジーナただ一人だ。

 今、ウィシャートと対立している状況で、レジーナを欠くことは出来ない。

 

 それ以上に――

 

「あいつはようやく笑えるようになったんだ。あいつを苦しめることしか出来ないような連中に、あいつを任せられるか」

 

 四十二区が変わっても、多くの者たちと知り合っても、ずっと引きこもっていたレジーナ。

 それが、最近になってようやくちょこちょこと顔を見せるようになった。

 川遊びやイベントに。

 祭りの時に浴衣を着れなかったからとハロウィンの時に着てみたり、強引に水着を着せたら「来年はへその出てへんヤツがいい」なんて言い出したり、あいつはようやく誰かと一緒の時間を楽しめるようになってきたんだ。

 この先の予定を、わくわくして待つなんてことが出来るようになったんだ。

 

「レジーナは渡さねぇよ。あいつを苦しめ続けた、バオクリエアなんかにはな」

 

 レジーナが行かなければ王が死ぬのだろう。

 だが、レジーナが行けば、レジーナが死ぬことになりかねない。

 どちらか一つしか守れないのなら、俺は迷わずレジーナを選択する。

 

「恨むなら、国王が危なくなった今現在まで権力争いにケリをつけられなかった自分たちの無力を呪うんだな」

「あんさん……」

 

 ワイルが瞳に力を籠めて俺を睨む。

 国の一大事に、遠路はるばる助けを求めに来てみた結果、事情も知らない第三者にこんなことを言われたら腹も立つだろう。

 だが、レジーナが気軽に帰れないような国にしているのはこいつら自身だ。

 それを責められる謂れは――

 

「めっちゃえぇ男やな!?」

「……は?」

 

 なんか、ワイルがくねくねし始めたんだか?

 

「いやん、もう、かなんわぁ! めっちゃシビれたやん! なんなん、今の!? カッコよすぎひん!?」

 

 音に反応してくねくね動く花のオモチャみたいな動きを見せるワイル。

 うっすらと頬を赤く染め、染まった頬を両手で押さえる。

 

「アカァァーーン! みなぎってきたぁぁあぁああ!」

 

 くねくねがブンブンに変わり、がっこんがっこんへと変わる。

 勢いっ! 勢いが凄まじ過ぎるっ!

 

「あんさんっ、お名前っ、教えてんか!?」

「……パス1」

「いやん、いけずぅ~!」

 

 いやんと言うな、気色悪い!

 

「ジネット、悲しい知らせだ……バオクリエアには変人しかいないらしい」

 

 なんともやりきれない思いでジネットを見ると……なんか目がうるうるしてんですけど!?

 

「ヤシロさん……わたし……っ」

「まてまてまて! なんで泣きそうになってんだよ、お前は!?」

「レジーナさんを大切に思うヤシロさんの気持ち……わたし、感動しましたっ!」

「せんでいいし、そんな言うほど大切に思っちゃいねぇよ、あんなモン!」

「レジーナさんの笑顔を守りたい、その思いがひしひしと伝わってきました」

「だとしたら、別の電波受信してんじゃねぇーの!? 俺、そんな思い発信してねぇし!」

「『会話記録カンバセーション・レコード』っ!」

「待てぇーい! 何を参照する気か知らんが、させねぇよ!?」

 

 なんか、ジネットが暴走し始めた!?

 違うじゃん!

 俺が~とかじゃなくて、今はウィシャートが不穏で危険な状況だから、レジーナがいないと街の連中が……とか言うと、「街のみなさんのことをそこまで大切に!?」って泣き出しそうだなぁ、ちきしょー!

 

「や・し・ろ……うん、覚えた」

 

 覚えられたー!?

 

「ヤシロはん。好みのタイプの異性は?」

「パス2!」

「ほなら、好みのタイプの同性は!?」

「パス3!」

「スリーサイズは!?」

「パァース!」

「ざーんねーんでーしたー! パスは3回までですぅ~!」

「どこルールだ!?」

 

 そんなルールに則ってやる謂れはねぇんだよ、こちとらよぉ!

 

「分かった! もうレジーナ・エングリンドいらへん! ヤシロはんがお嫁に来て!」

「行くか!」

 

 どういうわけか、まともそうに見えたイケメンの変なスイッチを押してしまったらしい俺は、ワイルの血走った目とジネットの潤んだ瞳に見つめられ、「なんかもーどーでもいーかなー」という気になっていた。

 

 まぁ、だいじょうぶじゃねーの、筆頭護衛騎士が付いてるんだしー!

 レジーナは殺しても死にそうにないしなー!

 

 だから、さっさと帰れ。

 間違っても居座るなよ? マジで!

 

 

 

 

 

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