「マグダさん! よかった……無事だったんですね」
マグダの顔を見て、ジネットが安堵の息を漏らす。
エステラはまだ戻ってきていないようだが、待っていればそのうち戻ってくるだろう。
「ポップコーンで餌付けをした」
「餌付けだなんて……酷いですよ、ヤシロさん」
非難を向けるジネットだが、その顔はとても嬉しそうだった。
ポップコーンを平らげた後から、マグダは急に大人しくなった。
というより、すっかり俺に懐いてしまったようだ。
ずっと俺の腰にしがみつき離れようとしない。
「なんだか、子猫のようで可愛いですね」
ジネットが手を伸ばすと、マグダは肩をビクッと震わせ俺の背中に隠れる。
しかし、それでもずっと笑顔を向けるジネットに、やがて警戒心を解いたようだ。
ジネットを受け入れ、頭を撫でさせている。
それから、レジーナに傷口を見てもらい、軽く診察をしてもらった。
「怪我が完治すれば、獣と人間のバランスも元に戻って、一時的に混乱している記憶も戻るやろう」
診断の結果、レジーナはそのような推測を述べた。
つまり、傷が癒えるまでは子猫状態が続くというわけか。
「まぁ、特に暴れたりするわけじゃないし……しばらくの間なら問題はないか」
狩りは当分中止になるし、店の手伝いもさせられないが……まぁ、それは仕方がないだろう。
「あの、ヤシロさん。一つ、困ったことがあります」
「なんだ?」
困り顔のジネットは、スッと一着の服を差し出す。
それはマグダのもので、滅茶苦茶に破かれていた。
「傷に触れて痛いのか、服を着せると破いちゃうんです」
レジーナの診察の後、服を着せようとした際に破かれてしまったらしい。
「大きめのもので試したのですが……」
そう言って次に差し出されたのは、見覚えのある、ジネットの私服だった。
こちらも無残な姿になっていた。
「わたしの服も気に入らないようでして……」
「うわぁ……酷いな、これは」
「破れたのは、修繕すれば済む話ですので構わないんですが……」
そうして、ちらりと視線をマグダに向ける。
マグダは現在、俺の服を着ている。
「ヤシロさんくらい大きなサイズでないとダメみたいです」
傷口に触れるから……と、ジネットは理由を説明していたが……たぶん違う。
マグダは時折、襟を引っ張り顔を埋めては「ふかふか」と匂いを嗅いでいるのだ。
……どうやら、俺の匂いが落ち着くらしい。
が、そんなことジネットに言えるか。
「まぁ、俺の服を着てくれるんなら、しばらくはそれで凌ぐしかないだろう」
「すみません。貴重な衣服を……」
「いいよ。あ、それじゃあ、もし暇な時間があれば新しい服を作ってくれるか?」
「はい! 喜んで」
破れた服をくしゃりと抱き寄せ、ジネットが嬉しそうな笑みを浮かべる。
ジネットは誰かの役に立つのが何よりも嬉しいのだ。
マグダに関して何も出来ないという無力感を、俺の服を作ることで少しでも忘れられればそれでいい。
「にゃ~!」
ぶかぶかのシャツを着たマグダが、両手を上げてよたよたとこちらに歩いてくる。
そして、俺まであと数歩というところでぽてっとこける。
「……………………にゃぁぁあぁ……」
「あぁ、もう!」
まるで子供だ。
いや、子供なんだが……
マグダはもっと手のかからない、大人しい子だったのに。
これじゃあ完全に世話の焼ける駄々っ子だ。
「よしよし」
「……にゃぁ」
抱きかかえてやると、マグダは安心したように目を閉じ、俺に身を預けてくる。
「マグダさんのお世話は、ヤシロさんにお願いした方がよさそうですね」
「……マジでか」
「可愛い妹みたいでいいじゃないですか」
言いながら、ジネットはマグダの髪を撫でる。
妹…………妹ねぇ……
まぁ、しばらくは面倒を見てやるか。
そんなことを思った矢先、それを躊躇させるような事案が発生する。
「ヤシロッ!」
エステラが勢いよく室内へと駆け込んでくる。
「おいおい、エステラ。もう少し静かに……」
「君は一体何をしたんだい!?」
ズズイと俺に詰め寄り、鋭い視線を向けてくるエステラ。
意味が分からず、俺は狼狽する。
「金物通りで噂になっていたよ! 変な男が『すっぽんぽんの幼女はどこだぁ~!』って駆けずり回っていたって!」
……………………は?
「しかも、幼女にお菓子を与えて連れ去ったって!」
………………あぁ~…………まぁ、確かにそう見えなくもない、かなぁ…………
「幼い娘を持つ親御さんたちが戦々恐々としていたよ! もう、どうするのさ!?」
「どうするって…………」
とりあえずは、しばらくの間は金物通りには近付かないでおく…………くらいかなぁ。
何かに一生懸命になっている時、人間は周りが見えていないものである。
周りから見ればおかしな行動と捉えられるようなことでも、必死な時はやってしまうのだ。
だが、それを責められるだろうか?
それだけ一生懸命だったということではないか!
誰かのために一生懸命になれる自分を、俺は誇らしくすら思うね!
だがしかし、大通りの掲示板に――
『 知らないオジサンに「お菓子あげるよ」と言われてもついていかないように! 』
――なんて、日本で見慣れた文章が書かれたポスターが張り出された時は……さすがにちょっと反省したけどな。
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