異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

31話 絶対安静 -4-

公開日時: 2020年10月30日(金) 20:01
文字数:2,082

「マグダさん! よかった……無事だったんですね」

 

 マグダの顔を見て、ジネットが安堵の息を漏らす。

 エステラはまだ戻ってきていないようだが、待っていればそのうち戻ってくるだろう。

 

「ポップコーンで餌付けをした」

「餌付けだなんて……酷いですよ、ヤシロさん」

 

 非難を向けるジネットだが、その顔はとても嬉しそうだった。

 

 ポップコーンを平らげた後から、マグダは急に大人しくなった。

 というより、すっかり俺に懐いてしまったようだ。

 ずっと俺の腰にしがみつき離れようとしない。

 

「なんだか、子猫のようで可愛いですね」

 

 ジネットが手を伸ばすと、マグダは肩をビクッと震わせ俺の背中に隠れる。

 しかし、それでもずっと笑顔を向けるジネットに、やがて警戒心を解いたようだ。

 ジネットを受け入れ、頭を撫でさせている。

 

 それから、レジーナに傷口を見てもらい、軽く診察をしてもらった。

 

「怪我が完治すれば、獣と人間のバランスも元に戻って、一時的に混乱している記憶も戻るやろう」

 

 診断の結果、レジーナはそのような推測を述べた。

 つまり、傷が癒えるまでは子猫状態が続くというわけか。

 

「まぁ、特に暴れたりするわけじゃないし……しばらくの間なら問題はないか」

 

 狩りは当分中止になるし、店の手伝いもさせられないが……まぁ、それは仕方がないだろう。

 

「あの、ヤシロさん。一つ、困ったことがあります」

「なんだ?」

 

 困り顔のジネットは、スッと一着の服を差し出す。

 それはマグダのもので、滅茶苦茶に破かれていた。

 

「傷に触れて痛いのか、服を着せると破いちゃうんです」

 

 レジーナの診察の後、服を着せようとした際に破かれてしまったらしい。

 

「大きめのもので試したのですが……」

 

 そう言って次に差し出されたのは、見覚えのある、ジネットの私服だった。

 こちらも無残な姿になっていた。

 

「わたしの服も気に入らないようでして……」

「うわぁ……酷いな、これは」

「破れたのは、修繕すれば済む話ですので構わないんですが……」

 

 そうして、ちらりと視線をマグダに向ける。

 マグダは現在、俺の服を着ている。

 

「ヤシロさんくらい大きなサイズでないとダメみたいです」

 

 傷口に触れるから……と、ジネットは理由を説明していたが……たぶん違う。

 マグダは時折、襟を引っ張り顔を埋めては「ふかふか」と匂いを嗅いでいるのだ。

 ……どうやら、俺の匂いが落ち着くらしい。

 

 が、そんなことジネットに言えるか。

 

「まぁ、俺の服を着てくれるんなら、しばらくはそれで凌ぐしかないだろう」

「すみません。貴重な衣服を……」

「いいよ。あ、それじゃあ、もし暇な時間があれば新しい服を作ってくれるか?」

「はい! 喜んで」

 

 破れた服をくしゃりと抱き寄せ、ジネットが嬉しそうな笑みを浮かべる。

 ジネットは誰かの役に立つのが何よりも嬉しいのだ。

 マグダに関して何も出来ないという無力感を、俺の服を作ることで少しでも忘れられればそれでいい。

 

「にゃ~!」

 

 ぶかぶかのシャツを着たマグダが、両手を上げてよたよたとこちらに歩いてくる。

 そして、俺まであと数歩というところでぽてっとこける。

 

「……………………にゃぁぁあぁ……」

「あぁ、もう!」

 

 まるで子供だ。

 いや、子供なんだが……

 マグダはもっと手のかからない、大人しい子だったのに。

 これじゃあ完全に世話の焼ける駄々っ子だ。

 

「よしよし」

「……にゃぁ」

 

 抱きかかえてやると、マグダは安心したように目を閉じ、俺に身を預けてくる。

 

「マグダさんのお世話は、ヤシロさんにお願いした方がよさそうですね」

「……マジでか」

「可愛い妹みたいでいいじゃないですか」

 

 言いながら、ジネットはマグダの髪を撫でる。

 妹…………妹ねぇ……

 

 まぁ、しばらくは面倒を見てやるか。

 そんなことを思った矢先、それを躊躇させるような事案が発生する。

 

「ヤシロッ!」

 

 エステラが勢いよく室内へと駆け込んでくる。

 

「おいおい、エステラ。もう少し静かに……」

「君は一体何をしたんだい!?」

 

 ズズイと俺に詰め寄り、鋭い視線を向けてくるエステラ。

 意味が分からず、俺は狼狽する。

 

「金物通りで噂になっていたよ! 変な男が『すっぽんぽんの幼女はどこだぁ~!』って駆けずり回っていたって!」

 

 ……………………は?

 

「しかも、幼女にお菓子を与えて連れ去ったって!」

 

 ………………あぁ~…………まぁ、確かにそう見えなくもない、かなぁ…………

 

「幼い娘を持つ親御さんたちが戦々恐々としていたよ! もう、どうするのさ!?」

「どうするって…………」

 

 とりあえずは、しばらくの間は金物通りには近付かないでおく…………くらいかなぁ。

 

 何かに一生懸命になっている時、人間は周りが見えていないものである。

 周りから見ればおかしな行動と捉えられるようなことでも、必死な時はやってしまうのだ。

 

 だが、それを責められるだろうか?

 それだけ一生懸命だったということではないか!

 誰かのために一生懸命になれる自分を、俺は誇らしくすら思うね!

 

 

 だがしかし、大通りの掲示板に――

 

『 知らないオジサンに「お菓子あげるよ」と言われてもついていかないように! 』

 

 ――なんて、日本で見慣れた文章が書かれたポスターが張り出された時は……さすがにちょっと反省したけどな。

 

 

 

 

 

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