異世界詐欺師のなんちゃって経営術

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宮地拓海
宮地拓海

127話 大食い大会四十二区代表者選考会 -1-

公開日時: 2021年2月3日(水) 20:01
文字数:3,738

 本日は朝から抜けるような青空が広がり、気温も湿度も非常に快適な、非常に過ごしやすい日になった。

 

「うんうん。やっぱり日頃の行いがいいからだろうね」

「おいおい。あんまり褒めんなよ。照れんじゃねぇか」

「……ヤシロの行いがいいんだったら、ボクなんか聖人君子と呼ばれているよ」

 

 第一回四十二区内大食い大会出場選手選考会委員長エステラ様のありがたいお言葉である。

 誰が聖人君子だ。この偽乳常習犯が。

 

「ヤシロさ~ん! エステラさ~ん! 準備が整いましたよ~!」

 

 選考会が行われる四十二区中央広場に設けられた特設キッチンで、ジネットが大きく手を振って合図を寄越す。

 ジネットの他に、四十二区内の飲食店関係者がキッチンの向こうで忙しなく動き回っている。

 

 大食いのための料理を作り続けてもらうのだ。

 今日は、あいつらが一番しんどい日かもしれないな。

 

「マグダとシスターベルティーナ、デリアとウーマロは選手決定だから参加しないんだね」

「そいつらを参加させると、料理番の中から死人が出るぞ」

 

 大食いのためにじゃんじゃん料理を作るなんて経験、誰もないだろうからな。

 三区対抗の大食い大会本番も、各区の料理番が大食い用の料理を作ることになっている。

 これはそのための予行練習でもあるのだ。

 

 領主だけで行われた会談の中で、リカルドから一つの案がもたらされた。

 

『料理が滞り、選手を待たせることがあった場合、その料理を担当していた区にはペナルティを科すこと』

 

 大食いはペース配分が重要だ。

 下手に待たされたりしたら腹が膨れてしまう。

 不利になった区が料理番を使ってそういう工作をしないための追加ルールと言える。

 それに、料理が間に合わなくて勝負が白けてしまうのもいただけない。

 

「なんだかんだで、結構大掛かりな大会になっちゃったね」

「全領民が参加して、まさに区を挙げてのイベントだな」

 

 ちなみに、本日四十二区内の店はすべて強制定休日とされている。

 後々に禍根を残さないために、領主に泥を被ってもらった格好だ。

 もっとも、不満を言うヤツなんかいなかったけどな。

 

 あ、緊急時には仕事に戻ることは許可されているし、申請の必要もない。

 ニワトリが逃げたとか牛が産気づいたとか、いろいろ緊急事態があるかもしれないしな。

 そこら辺は、自由にやればいい。

 

「……ヤシロ」

 

 会場のセッティングがほぼ終わりかけた頃、マグダが、すでに参加の決まったメンバーを引き連れて俺のもとへとやって来た。

 

「……マグダたちも参加したい」

「人殺しか!?」

「物騒な言葉を使ってはいけませんよ、ヤシロさん。……じゅる」

「物騒な音を漏らしてんじゃねぇよ!」

 

 こいつらが参加すれば、料理番から死者が続出し、四十二区内の食料は枯渇し、栄養不足により巨乳が激減する。

 認めるわけにはいかない!

 

「違うんッス。オイラたちは、試合の雰囲気に慣れておきたいんッス」

「なにをいっちょ前に、選手みたいなこと言ってんだよ?」

「オイラたち選手ッスよ!? ヤシロさんが選んだんッスよ!?」

「確かに、ぶっつけ本番よりかは、一度でも体験してもらっておいた方がいいかもね」

「う~ん……それもそうか……」

「ふぇいっ!?」

 

 遠くから奇妙な声が聞こえ、そして、ジネットがすごい速度の小走りで俺たちのもとまでやって来た。

 

「あ、あああ、ああ、あの…………ひ、人死にが出ますよ?」

 

 マジ狼狽えだ。目がすげぇマジだ。

 

「大丈夫ですよ、ジネット。私たちは雰囲気を楽しむだけ……そうですね。腹八分目に留めておきましょう」

「二分目でお願いします!」

「……餓死者が出ますよ?」

「一人前以上食って餓死するヤツはこの世にいねぇよ」

 

 ジネットの切実な願いは聞き入れられ、ベルティーナは腹二分目まで、マグダは『赤モヤ』無し、という条件で参加することになった。デリアに関しては、甘い物さえ出さなければ普通よりちょっと食うくらいだしな。

 

「あ、あの……オイラは? 何か制限とか」

「マグダ禁止」

「それ、精神的につらいだけッス! 食べる量に関係ないッス!」

「じゃあ……」

 

 マグダのネコ耳に口を近付け、こそこそととあるセリフを吹き込む。

 俺の意思を汲み、マグダが頷く。そして……

 

「……マグダは、あまり大食いの人は好きくない」

「オイラ、お米粒二つくらいでお腹いっぱいになる派ッス!」

「……ねぇ、ヤシロ。扱いやすいのはいいんだけど……大食い大会の選考会には相応しくないんじゃないかな?」

 

 仕方がないので「……今日は適度に」と、マグダに言わせるに留めておいた。

 

「シスターの食べる料理を、リアルタイムで…………その試練、わたしたちに乗り越えられるでしょうか……」

 

 なんかすげぇ深刻な顔をしている。

 いや、確かにベルティーナなら、わんこそばのおばちゃんから泣きが入ってもおかしくないレベルで食うけど。今回は腹二分目でやめるっていうし…………ベルティーナの腹二分目って、結局何人前なんだろうな……

 

 と、そこへ、参加者と観客の整理を行っていたナタリアがやって来る。

 

「ヤシロ様、お嬢様、その他大勢様」

「誰がその他大勢だ!?」

「でも、『様』付けで敬う気持ちは汲み取れますし、よいではないですか」

 

 怒るデリアをベルティーナがなだめている。

 ウーマロは反論したくても美女が多いので何も言えないでいる。

 

「観客席は問題なく、大きな混乱もなく着席していただけました」

「そう。よかった」

「ヤシロ様デザインの客席は、どの席でも見やすいので、不平不満が出難かったのだと思われます」

 

 今回のセッティングに際し、俺は何枚かのデザイン画をウーマロに手渡していたのだ。

 観客席はテレビの番組観覧のような感じで、大食いの舞台となる横に長~いテーブルを中心とした扇形に設置し、前列から後ろに行くにつれ高くなる階段状の構造にしてある。

 どの席にいても見えないということはないだろう。

 

 鍋をやって盛り上がった後、ウーマロは夜遅くまでこの設営に勤しんでいたようだ。

 

「寝不足じゃないのか?」

「いや、寝たッスよ。ある程度組み上げておけば、朝のうちにパパッと出来るッスからね」

 

 組み立て式の特設セット。

 本当にテレビ番組みたいだな。……俺、グラサンしてオールバックとかにしてくればよかったか? 「髪切った?」とか言って。

 

「ですが一つ困ったことが」

「何か問題があったのかい?」

「参加希望者が予想よりも多くなりまして、席が足りないのです」

 

 ナタリアが言うには、四十名以上の者が参加したいと申し出てきたようだ。

 俺たちは集まっても精々十数人だろうと予想していたのだが……領民への説明会で下手に火をつけてしまったのかもしれないな。

 

「どうやら、今回出されるスペシャルメニューを食べてみたい方が多いようです」

「あぁ……なるほどね」

 

 大食いに自信があるわけではないが、滅多に食べられない新しいメニューを食べてみたい。

 そんな、記念参加をしたいヤツが大勢いるようだ。

 ……それは困ったな。

 

「どうしよう、ヤシロ? そんなものに応えていると、経費はいくらあっても足りないよ」

「だな」

 

 今はまだ参加を表明していない観客にまで「その手があったか!」なんて思われて「じゃあ私も!」なんてヤツが増えても困る。

 しょうがないな。

 

「足切りをするか」

「足切り?」

 

 俺は特設キッチンへと赴き、檸檬のオーナーやその他ケーキを取り扱っている店の連中に話をつけた。

 まず選考会の予選を行う。

 食材は、ケーキだ!

 

「各自、自分の店に戻り大至急ケーキを焼いてきてくれ。参加者が十人になるまで食わせ続ける!」

「あの、でも……そんなことをしては大人様ランチが食べられなくなるのでは?」

「大丈夫! ケーキは別腹だ!」

 

 ただし、別腹の方を先に満たした場合、メインの胃袋への圧迫感は半端ないけどな!

 

「じゃあ、こうしたらどうかな?」

 

 俺の案に、エステラが修正案を出してくる。

 

「参加者を二つに分けて、どっちに出るかを選ばせよう。女の人も多かったし、いろんなケーキが食べられるんなら、そっちがいいって人もいるんじゃないかな?」

「だが、それだと『俺も私も』連中が……」

「その点はお任せください」

 

 ナタリアが胸を張ってキリリとした表情を見せる。

 

「これ以降の参加希望者は……私を倒してからということにしましょう」

「普通に締め切ろう」

「そ、そうですね。話せば分かってくださいますよ」

「怪我人を出してどうすんだよ」

「……そういう挑発は、ノーマあたりが面白がって乗ってくるからやめた方がいい」

「総攻撃ですね、私。良かれと思ってやったことが裏目に……悲しいです、ヤシロ様、大至急慰めてください」

「どの角度から甘えてくるんだよ、お前は!? ビックリするわ!」

 

 そんなわけで、深く考えるまでもなく、最も単純かつ簡単な方法で問題は解決された。

「もう締め切りで~す」の一言で終了だ。うん、人間、話せば分かり合えるもんだ。

 

 エステラの睨んだ通り、ケーキ部門と大人様ランチ部門に分けると、ケーキに二十七名、大人様ランチに十八名と、適度な人数になった。

 大人様ランチ、作るの大変なんだよ。本番は三人分でいいわけで、ここまでハードな練習は必要ないんだけどな。

 

「一回で十八皿か……ウチの店の旗、何回出てくるかな?」

「四周はしてほしいよね」

 

 そんな、こっちサイドの楽しみも内包しつつ、大食い大会出場選手選考会は始まった。

 

 

 

 

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