そして、運命の鐘の音が鳴り響く――
「位置について、よぉ~い……」
――ッカーン!
と、ピストル代わりの鐘が抜けるような金属音を響かせて、選手が一斉に走り出す。
「「「「ハム摩呂ぉぉおおー!」」」」
「はむまろ?」
「……ハム摩呂ぉ~」
「はむまろ?」
「ハム摩呂さぁ~ん!」
「はむまろ?」
かかったぁ!
ものすっごい、何回もかかったぁああ!
「おぉおい! 何やってんだよ!? 止まるな! 走れ、ハム摩呂!」
「はむまろ?」
デリアの指示もハム摩呂には逆効果だったようだ。
「よっしゃ、行けぇ、リベカぁ!」
「……駆け抜けろ、風のように」
「そのままぶっちぎるでぇぇえす!」
「え? あっ、リベカさんも、頑張ってくださぁ~い!」
ハム摩呂がスタート地点に立ち止まってきょとんとしている間に、リベカがぶっちぎりの一番でゴールする。
「ほぅ!? 絵にかいたような、出遅れやー!」
二番手と三番手がコースの半分を越えたあたりで、ようやくハム摩呂が走り出し……そのまま二着でゴールする。
お前……速過ぎだろ。あいつだけ1000メートルくらいのハンデがあってもいいんじゃないか?
よかった、まともに戦わずに済んで。
「貴っ様ぁ、カタクチイワシ! 卑怯な!」
「いやいや。俺たちは普段から仲のいいハム摩呂の応援もしようと思ってだな。な、ジネット?」
「はい。とても仲良しですので」
「ぐぬぬ……ジネぷーまで利用しおって…………っ!」
さすがルシアだ。
俺が何を目的として、何をどうやったのかが一瞬で分かったらしい。
ジネットには微塵も悪気がないってこともな。だからこそ、強く言えないのだろう。
「貴様……私とハム摩呂たんの婚姻がどうなってもいいというのか!?」
「むしろ積極的にぶち壊してやるよ、この変質者め」
「ふん! 所詮、徒競走は点数の低い肩慣らしに過ぎぬ! この後の競技で他を圧倒し、我が赤組が優勝してくれるわ!」
「それで優勝できなかったら『精霊の審判』かけるぞ?」
「バカモノ! 開会宣言でエステラが『今日この場における発言に「精霊の審判」をかけてはいけない』というルールを宣言しておっただろうが!」
「絶対勝つ!」みたいな発言は士気を高めるために必要だから、そういう発言はみんなで大目に見ましょうね~、という紳士協定が結ばれているのだ。
むろん、そんなことは百も承知だ。
「けど、お前区民じゃないからなぁ」
「近い将来そうなる可能性が限りなく高いであろうが!」
「あの、ルシアさん……やめてくださいね、割と真面目に……」
激昂するルシアのもとに、大会の責任者であるエステラが駆けつける。
虎視眈々と未成年ボーイの嫁の座を狙っている変質者に、エステラの表情筋がぴくぴく震えている。
「ヤシロも。あまりに露骨な妨害工作はしないように」
「いや、俺たちは純粋に応援を……」
「それで誤魔化せる人間が、ここに何人いると思う?」
……まぁ、純粋に信じてくれるのはジネットくらいかなぁ。
「自分の知名度を理解するんだね」
そんな言葉で釘を刺して、エステラは青組陣地へと戻っていく。
ふん。
勝つための策略は『有り』だろうが。
ルールに反しない範囲でならな。
……まぁ、スポーツマンシップってのには反するかもしれないけれど。
「しゃーない。真面目にやるか」
「その発言に『精霊の審判』をかけてやろうか? カタクチイワシ」
「いいから陣地へ帰れよ」
アホな領主を追い払い、次のプログラムの準備を始める。
次は十五歳未満の200メートル走だ。
年齢的に100メートルでもいいかと思ったんだが、獣人族が多いため日本の小学校と比べて距離が長くなっている。
獣人族でなくとも、この街のガキどもは体力が有り余っているからな。200メートルくらい余裕だろうという意見が多かった。
……まぁ、その弊害で俺が参加するオーバー15の徒競走は800メートルになったんだけどな。徒競走の距離じゃねぇだろ、800。長距離じゃねぇか。トラック一周だぞ? 俺はアスリートじゃねぇっつの。
張り切り屋が多いからなぁ、四十二区は。仕方がないことなのだろう。
「……勝利を、我がチームに」
意気揚々とマグダが自軍の陣地を後にする。
『赤モヤ』は禁止されているが、マグダならまぁなんとかしてくれるだろう。
ハムっ子たちは同じレースに固まるのであまり脅威はないが、代わりに確実に勝てるという確証もない。陽だまり亭二号店と七号店の売り子をしている妹たちが出場するが、勝負は時の運だろう。
あとは、モーマットのところの見習いが何人か出場することになっているのだが……こいつらは望み薄だ。
「我が騎士よ! 見るのじゃ! 一等賞の記念メダルじゃ!」
「おう、頑張ったな」
「リベカさん、素敵でしたよ」
「にへへ~」
リベカが首から記念メダルをぶら下げて戻ってきた。
俺とジネットに褒められて嬉しそうだ。
このメダルは、ノーマが張り切って作ってくれたもので、一位の選手全員に贈呈される記念品となっている。
俺が、小学校の頃はそういうのがあって無性に欲しかったんだよなぁ~、なんて話をしたのを聞いて夜なべして作ってくれたそうだ。
「子供らは、そういうのが好きなもんだからねぇ。あれば喜ぶだろぅ?」って。
どんだけ好きなんだよ、子供とイベント。
「位置について、よぉ~い……」
――ッカーン!
レースが開始され、各チームの応援席と観客席から声援が飛ぶ。
ふと隣を見ると……
「ぁかぐみ~! がんばってぇ~!」
ミリィが懸命に声を張り上げていた。
「ミリィ? 参加しないのか?」
「ぇ……ぁの、てんとうむしさん、みりぃ、もう十五歳、だょ?」
「気のせいだ!」
「違うょ!? みりぃ、もう今年で成人だからね!?」
なんということでしょう……
ミリィが十五歳に……
この後のオーバー15の大人たちに混ざって徒競走に参加するのだという。
「ミリィは徒競走よりかけっこの方が似合うのに!」
「みりぃ、もう大人だょ!」
認めない!
俺は絶対認めない!
ミリィはまだ青少年保護法とかで守られるべき対象なのだ!
「じねっとさんも言ってあげて、てんとうむしさんに。『みりぃはもう大人だょ』って」
「…………え? あ、そ、そうですね」
「ジネット、お前も今一瞬忘れてたろう? ミリィが成人してるってこと」
「そ、そんなことはっ…………ちょっとだけ」
「ひどぃよぅ、じねっとさんまでぇ~!」
仕方ないんだよ、ミリィ。
なにせ、人間の情報というものは八割近くを視覚から得ているのだから。
「あの、リベカさんを見ていたので、……つい」
「りべかちゃんと一緒なの、みりぃ!?」
リベカの「わしは大人じゃ!」と、ミリィの「みりぃ、もう成人だよ」は同じか否か……
「同じだな!」
「違ぅよ!? みりぃは、社会的にも大人なんだょ!? ね、ろれったさん?」
「大丈夫です! ミリリっちょは未成年のままでも通用するです!」
「通用とかじゃなぃのぉ!」
両腕をぶんぶん振って抗議してくるミリィ。
そうだよなぁ、こんなに可愛らしい生き物が大人なわけないよなぁ。
思わず自軍の陣地に拉致しかけたところで、ひょ~いっと、ミリィが掻っ攫われていった。
「ミリィたんに絡むな、敵! ぺっ!」
今日は一段と敵意剥き出しのルシアがミリィを抱え上げて俺から引き離す。
お前なぁ……
「今の『ぺっ!』は、俺じゃなくてモーマットだったら喜ばれていたところだぞ!」
「なに勝手なこと言ってんだ、ヤシロ!? 喜ばねぇよ!」
「…………ぅわぁ……」
「いやいや、三十五区の領主様!? あんたも知ってますよね、ヤシロがどーゆー男か!? 真に受けないでくれますかねぇ!?」
「…………ないな……マーたんのとこの半魚人と同じくらい、ないな」
「なんかとばっちりでえらい非難されてねぇか、俺!?」
ルシアがしかめっ面のまま赤組の陣地の中心部へと下がっていく。
そうか、モーマットはキャルビンと同じカテゴリーなのか。
「ぷぷぷっ!」
「笑ってんじゃねぇよ、ヤシロ!? お前のせいだからな!」
獣人族でも、ルシアはあまり男に興味を示さない。
ルシアが食いついた男は、ハム摩呂くらいなものだ。
それどころか、ジネットのことは気に入っているようだし、あいつは獣特徴マニアではあるが、それ以上に『可愛いもの』が好きなのだろうな。
なので、獣特徴が色濃く出ているモーマットやキャルビンでも、生理的嫌悪感を覚えるのだ。
「生理的嫌悪感をな」
「うるせぇよ、ヤシロ!」
モーマットが妙にダメージを受けている。
巨乳好きのくせにBカップのルシアに嫌われたことにへこむとか……
「お前は、おっぱいならなんでもいいのか!?」
「お前ぇと一緒にすんな!」
「うるさいよ、白組ー! ちゃんと応援して!」
青組からヤジが飛んでくる。
エステラのヤツめ、関係ないのに口を挟んできやがって……
「今おっぱいの話をしてるから!」
「それがどーした!?」
だから、関係のないヤツは口を挟むなと……っと、あのナイフはよく飛ぶやつだ。黙ろう。
「……モーマットが『おっぱいとは無縁のヤツは黙ってろ』みたいな顔するから」
「してねぇわ!」
「応援しろよ、英雄!」
今度は自軍に怒られた。
バルバラが俺の頭を両手で掴んでトラックの方へと向かせ、固定する。
痛い痛い痛い!
だから、お前は力加減を覚えろっつうのに!
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