「おぉっ!? 綺麗なもんやなぁ」
鉄桶の中で爆ぜる色とりどりな炎に、レジーナが瞳をきらめかせる。
ここは毎度お馴染みレジーナの店。
作業台をどかして、床に鉄桶を置き花火の実験をしているのだ。
同じく、鉄桶を覗き込んでいるエステラとルシアも、色づいた炎に照らされて、燃え上がる炎を見つめている。
「思ったよりもうまくいったな」
「火の粉がこんなもんに使えるとはなぁ。自分、ホンマよぅおもろいこと考えるなぁ」
「もともとあった技術の応用だ。そんな難しいもんじゃねぇよ」
偉大なのは、花火という文化を生み出した人だ。
これを火薬でやってたんだから、命知らずな人だったんだろう。
鱗粉に火の粉で着火すると、凄まじい勢いで燃え上がった。
ちょうど、ウェンディの実家で火の粉を使った時に炎が燃え広がったような感じだ。
この鱗粉は想像以上に燃えやすい。
温度も結構上がっているようだ。火の粉はさほど熱くはならないが、鱗粉が燃える時に温度が上がるらしい。
「ヤママユガ人族の鱗粉というのは、本当によく燃えるのだな」
ルシアの顔は少しだけ強張っていた。
虫人族を多く抱える三十五区。こういう危険性をこれまで放置し続けてきたのだ。意識も変わるだろう。
「この鱗粉に、ウェンディの光の粉を混ぜればスパークとかするはずだ。そうすりゃ、もっと綺麗になると思う」
「ほなら、光の粉もらいに行こか?」
「いや。さっきセロンのところに寄って、持ってきてくれるように頼んでおいた」
「用意がえぇっちゅうか、人使いが荒いっちゅうか……ホンマ、自分、抜かりないなぁ」
「ウェンディがいなくて寂しがってるセロンを、面白い実験に混ぜてやろうってんだ。親切だろ?」
「物は言いようやなぁ」
レジーナが感心したような、呆れたような、からかうような、にまにました笑みを浮かべる。
こいつがこういう顔をする時は、わくわくしている時だ。楽しんでおきながら人を非難すんじゃねぇよ。同罪だろ、もはや。
「ねぇ、ヤシロ。どうして炎の色が変わるの?」
「炎色反応だ」
「えんしょく……?」
レジーナの家にあった、リチウムやカリウムを拝借して、鱗粉と混ぜて一緒に燃やしてみたところ、綺麗に色づいてくれた。
リチウムが赤。銅が緑。カルシウムがオレンジ。カリウムは紫。といったところだ。
「レジーナ、知ってた?」
「いいや。こんな実験、したことあらへんかったなぁ」
まぁ、レジーナは科学者ではないからな。
「でもさ。ホント、なんでもあるよね、この家は」
「そうやろか?」
「カレーの材料から、花火の材料まで……ケーキを柔らかくする粉もここで作ってるんでしょ?」
「まぁ、『作らされとる』みたいなとこもあるけどな。なぁ、自分?」
「俺が強要してるわけじゃねぇだろうが」
もともとここにあって、それを俺が「もっと用意しといて」って言ってるだけじゃねぇか。…………あ、強要してるか?
「けどまぁ、助かっていることは間違いない。感謝してるぞ、レジーナ」
「なっ、なんやねんな、改まって!? いややなぁ、冗談やないかいな。真面目に受け取らんとってんか、気持ち悪いっ」
改まって感謝を述べると、レジーナは据わりが悪そうに体をよじらせる。
つくづく、褒められ慣れてないヤツだ。
だが、なんでもあるわけではない。
ここにあるのは薬に関する物だけで、いくら『薬』と名が付いても置いていないものもある。
例えば……『火薬』とかな。
「あとは、これをどう打ち上げるか……だな」
打ち上げ花火は、打ち上げ筒の中に火薬を敷き、その上に花火の玉を載せ、火薬の爆発で夜空へと打ち上げるのだ。
花火本体は鱗粉と火の粉で代用したが、こいつを空高く打ち上げるほどの爆発力は鱗粉では出せない。
さすがに、火薬は作ったことがないからなぁ……レジーナが持ってないならお手上げだ。
「デリアやマグダに放り投げてもらうっていうのは?」
「まぁ、それも一つの手ではあるんだが……」
今日、店を守ってくれている連中には、客としてちゃんと花火を見せてやりたいんだよなぁ。裏方としてじゃなくてさ。
「どこかにいねぇかなぁ……日頃から重たいものを放り投げてて、俺の言うことを聞いてくれそうなガチムチマッチョ系のお人好し…………………………あっ」
いるなぁ。
俺、そういうヤツに心当たりあるなっ!
しかもそいつは、『何かあったら手伝ってやる』と言っていたな!?
「よし! 打ち上げ装置の目処は立った! あとは実験をして、綺麗な花火を生み出すだけだ!」
「目処が立ったって……なんもしてへんやないの? 交渉とかせんでえぇんかいな?」
「大方、言いくるめて利用しても心が痛まないような相手がいるんだと思うよ。……すごくあくどい顔してるしね、今のヤシロ」
当たりだ、エステラ。
だが、あくどい顔とは失敬だな。希望に満ちた無邪気な笑みと言ってくれ。
「カタクチイワシよ」
炎が燃え尽き、黒煙を上げる鉄桶を見つめていたルシアがこちらに顔を向ける。
炎が怖かったのか、少々表情が強張って見える。
「これから実験をするのか?」
「あぁ。花火はこう、バーっと広がってくれなきゃ綺麗じゃないんだ。手持ち花火なら、こんな感じでもいいんだが……やっぱ、爆発力が欲しいんだよな」
「まさに火遊びだな。……私は少々怖いと感じるところもあるが…………」
花火は遠くから眺めるものだ。
この至近距離で見る炎は、さすがに少し怖い。
完成形が分からない者にとっては恐怖の対象となるかもしれない。
「まぁ、十分に気を付けるさ」
花火の事故は、恐ろしいからな。
「英雄様、領主様、お待たせをいたしました」
「ようこそ。ウチの家やのに家主に挨拶せぇへんイケメンはん」
「あぁ、これは申し訳ありません! お待たせいたしました、レジーナさん」
「真面目やなぁ、自分」
「あんまりからかってやるなよ。セロンはお前みたいな変態に対する免疫があまりないんだから」
「せやろなぁ。これが自分やったら、『誰に口利ぃとんねん、生乳揉ませぇっ!』言ぅて、人の目も憚らずウチを辱めとるところやもんなぁ」
「俺はどんな変態だ!?」
「カタクチイワシの周りは、こんな連中ばかりなのか?」
「類友ですかねぇ」
ほっほぅ。付き合いの長さでは五本の指に入るエステラが何かをほざいてやがる。
誰に向かって口利いてんだよ。生乳揉むぞ、コラ。
「それで、あの。光の粉をお持ちしたのですが……」
「あぁ、すまん。これからちょっと実験をしようと思ってな。手伝ってくれないか?」
「はい。僕に出来ることでしたら、なんなりと」
それはよかった。
では、セロンには俺の指示した分量の光の粉を鱗粉に混ぜ合わせる係をやってもらおう。
ほら、俺。夜中に光ったりしたくないし。光の粉、触りたくないし。
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