「アタシのヤシロはいるかい!?」
教会への寄付を終え、陽だまり亭へ戻った俺たちが開店準備を進めているところに、そいつは現れた。
「ヤバい! みんな、死んだフリをするんだ!」
俺はすぐさま床へと倒れ込む。
だが、ジネットはぽかんとした顔で突っ立っているし、マグダに至っては……珍しく……額に汗を浮かべて硬直していた。
「はっはっはっ! またやってんのかい、ヤシロ、いやダーリン!」
「なんで言い直した!?」
「出会った頃の再現とは、アタシをここで泣かせて、何を企んでるんだい!?」
「そんなメモリアルなサプライズじゃねぇわ!」
「ほいっ、起きた起きた!」
脇に手を突っ込まれ、軽々と抱き起こされてしまう。
ガバッと持ち上げてポイッと放り投げられ、気が付いたら俺は起立をさせられていた。
だから、どんな筋力してんだよって! クレーン車か!?
「ん? おぉ、そっちの虎っ娘はウッセの坊やのとこの子だね? なかなかいい目をしてんじゃないか!」
「……にゃっ!?」
メドラに見られて、マグダが小さく跳ねる。
……マグダが恐怖している。野生の勘が警鐘を鳴らしているのだろう。『こいつは危険だ』と。
「よくマグダが狩猟ギルドの一員だって分かったな。会ったことないんだろ?」
マグダから前に聞いたからな。狩猟ギルドは大きな組織で、しかも強烈な縦社会だから、直属の上司より上の人間には面会できる機会が滅多にないって。
「アタシを誰だと思ってんだい? 相手の『気』を見れば、そいつがウチの者かどうかくらいすぐ分かるんだよ」
すげぇな……さすが狩猟ギルドのギルド長と言うべきか……
「随分大切にされているようじゃないかい。いい人に世話になってんだね。髪もよく手入れされているし、肌ツヤもいい。うん? 耳の肉厚も申し分ないね」
メドラがマグダの耳をもふもふし始める。
「……みっ、みぃぃっ!」
警戒音だ!? あれは子猫が親猫に助けを求める時の声だ!
「メドラ、そこまでだ! ウチのマグダをいじめるな!」
メドラの手から、マグダを奪い返す。
メドラの手を離れたマグダは俺の胸にしがみつき、力任せにギューッと抱きついてきた。……痛い痛い痛い! 折れる! 首の骨か背骨が折れる!
「……みぃ! みぃ!」
「あぁ、よしよし。怖かったな。ほら、もふもふしてやるぞ、な?」
俺は軋む体にムチ打って、メドラから距離を取り、マグダを慰めるように耳をもふもふする。
「……みゅひゅー」
いつもの「むふー」がちょっと涙声だ。
相当怖かったようだ。
「なんだい、ダーリン! 虎っ娘の耳が好きなのかい?」
「こいつだけだよ、もふもふするのは。獣人族は耳を触られんのが嫌なんだろ? ムリヤリは触らねぇよ」
「へぇ、獣人族か……いい呼び名だね。アタシも使わせてもらおうかね」
変なところに食いついたメドラ。
そんなもんどうでもいい、と言いかけたんだが……
「はぁぁぁあああっ!」
どうでもよくない事態が突然始まっていた。
メドラが、超メドラに覚醒しようとでもするかのような、物凄い闘気を発し始めた。
気のせいか……体の周りに黄金色のオーラが見える……やっぱ戦闘民族なんじゃねぇの、こいつ!?
「かぁぁぁぁぁあああああああああああああああっ!」
ラスボスが最終形態に変身するかのような音を発するメドラ。そして……
――ぴょこんっ!
と、メドラの頭から二つの可愛らしい耳が顔を出した。
「アタシレベルになると、獣特徴のコントロールが出来るのさ! さぁ、ダーリン。気の済むまでもふりな!」
「……いや、遠慮、します」
え?
なに?
獣特徴って、コントロールとか出来るものなの?
それってあれじゃね?
人間が妖怪に転生して筋肉を自在に変形させられるようになった感じのヤツじゃねぇの?
「100%……」とか言って主人公ガスガス追い込んじゃう感じのヤツなんじゃねぇの!?
「よくご覧! 丸っこい可愛らしい耳が頭頂部から側頭部にかけて生えている、意外と大きな耳、こいつがフェレットの耳だよ」
誇らしげに耳を見せつけた後、メドラはズイッと顔を近付けてくる。
その気配を察し、マグダが「ギュグッ!」としがみつく。……死ぬ! マグダ、その力の入れ方は、俺、死ぬ! で、メドラのドアップを見ながら死ぬのだけは絶対イヤ!
「アタシがこの耳をさらすのは心を許している相手の前だけさ」
えぇ……なに、お前、心許してる人の前で最終形態に変身しそうな闘気撒き散らしてんの?
やめなぁ、友達無くすよぉ? ……亡くすかもしれないけど。
「さぁ、もふりな! 特別だよ!」
「い、いや…………会ってすぐ、そういうのって……違うと思うなぁ、俺」
「…………なんだって……?」
メドラの顔から表情が消える。
真顔になったメドラちょ~~~~~~~~~怖ぇ~~~~~~~~~~~~っ!
食われる! 食われちゃうかも!
「…………そうかい」
ゆらりと、山が動くような不気味さで立ち上がり、メドラは壁際へと歩いていく。
こちらに向けた大きな背中を丸め……両手で顔を覆い隠す。
「アタシ……大切にされてるっ!」
ヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイヤバイッ!
早くなんとかしなきゃ、これ、取り返しつかなくなるパターンだ!?
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