「よぉし! それじゃあ、大々的におっ始めるか!」
オープンカーのように、上部が全開している馬車へと乗り込む。
一つの馬車には約八人程度が乗り込める。結構大きな馬車だ。
「ほぉぉう……っ!」
奇妙な声が上がったと思ったら、セロンがウェンディの手を引いて馬車へエスコートしていた。
やってくれるな、セロンのヤツ…………爆発しろ。
「何を考えているか一目瞭然だよ」
エステラが俺の肩を叩いて背中を押す。
さっさと乗れということか? ふん言われんでも……
と、俺が馬車へ乗り込むと、そこにマグダとロレッタが身を潜めていた。
「ふぉうっ!?」
こっちはこっちで、違った意味合いの変な声を上げてしまった。
……ビックリしたぁ。
「……ふっふっふっ。待機していた」
「降りろと言われても、絶対に退かないです」
妙に固い意志を抱き、座席にしがみつく二人。
本来『陽だまり亭代表』として馬車に乗るのは俺とジネットの二人だけの予定だった。
マグダとロレッタは店で留守番をすることになっていたはずなのだが……
「店、どうしたんだよ?」
「……ノーマWithハムっ子オールスターズに託してある」
「ハム摩呂もいるからたぶん大丈夫です」
「お前らなぁ……」
もはや完全に部外者じゃねぇか、ノーマは。
まぁ、今日は一日、結婚披露宴の準備のために貸し切りにしてあるから、店番をする必要はない。本当に留守番なのだ。……にしても、責任者が不在とはなぁ。
「……マズい。ヤシロの顔に笑みがない」
「こ、ここ、これは、あとでメッチャ怒られるパターンですか!? 怒られるですか!?」
「……店長っ。店長を呼んでほしい」
「店長さ~ん! ちょっと来てですぅ! 可及的速やかにお願いです!」
「えっ!? マグダさんとロレッタさんがどうしてここへ!?」
俺に続いて馬車に駆け込んできたジネットが、すでに乗り込んでいた二人を見て目を丸くする。
まぁ、驚くよな。
「……今こそヤシロキラーの出番」
「あ、あとでちゃんと謝るですから、今はあたしたちの盾になってほしいですっ!」
「あの、お店は?」
「……ノーマがいる」
「あと、ウチの弟妹をこれでもかと……お店に詰め込んでおいたです」
「あらら……ノーマさんには、今度きちんとお礼をしないといけませんねぇ」
頬に手を添えて、困り顔を浮かべるジネット……なのだが、目が嬉しそうな色を見せている。
あぁ、分かる。分かるぞ、ジネット。仕事はちゃんとやらなきゃいけないとは思いつつも、一緒にパレード出来るのが嬉しいんだろ? けど、勝手な行動をしたから一応は怒らなきゃいけないけれど、怒ったりしたら可哀想かなぁとか、そういう風なことを思っているんだろ?
……ほら、またそうやって俺を見る。
「はぁ……ったく、しょうがねぇな」
今日は目出度い日だ。
特別に、大目に見てやるよ。
その代わり、大いにパレードを盛り上げろ。
ホント。帰ったらノーマにご褒美をやらなきゃな。
「お前たちは獣人族だが……これの装着を義務づける」
そう言って、マグダとロレッタの頭に触角カチューシャを取り付ける。
陽だまり亭の四人、全員の頭に触角が生えている。おまけに、エステラとナタリアもお揃いだ。
「おぉ、これが噂の触角カチューシャですか!? あたし、実はつけてみたかったです!」
「……マグダは、なんだか多い」
耳と触角。確かにマグダの頭の上は少々ゴチャゴチャしているな。
だが。
「可愛いぞ、マグダ」
「……むふー。なら、よし」
耳がぴるぴるっと動き、触角カチューシャを揺らす。
「ヤシロも随分甘くなったよね」
馬車に乗り込んできたエステラが俺の脇腹を小突く。
気安く触るな。「仕返し」とか言ってぺたぺたするぞ。
「マグダとロレッタは、盛り上げ係に就任だ」
「はいです! 任せてです!」
「……そういうの、マグダは得意」
ホントかよ、この無表情娘は……
俺たちが思わぬ闖入者に面食らって騒いでいる間に、他の馬車はすっかり出発の準備を終えていたようだ。
大慌てで席に着き、こちらも準備を終える。
「はいよぉー!」
先頭の兵士が威勢のよい声を上げ、馬車がゆっくりと動き出す。
五台連なる豪華な馬車が揃って前進を始める。
パレードの始まりだ!
「わぁあああっ!」
歓声が上がり、三十五区領主の館の前に詰めかけていた群衆が盛り上がりを見せる。
ここから三十五区の大通りへ出れば、あとはずっと大通りを通っていくことになる。
「な、なんだか、わたしが緊張してしまいます」
「ドキドキしてないか? ちょっと胸を見せてみろ」
「はい」
「ジネットちゃんストーップ! ヤシロのセクハラにまんまと乗せられてるよ!?」
そんな、浮かれた車内の空気は、大通りに出ると一層温度を上げる。
「うはぁああっ! すごいです! お兄ちゃん、見てです! 人がいっぱいいるですっ!」
「……壮観」
「あっ、虫人族の女の子が手を振ってますよ。何人族のお子さんなんでしょう? うふふ、可愛いですね」
大通りの両サイドにはぎっしりと人が詰めかけていた。
虫人族も人間も獣人族も関係なく、みんなが一様に、出店の食い物を片手にパレードを見ている。
子供も大人も無邪気な顔をして手を振っている。
ジネットも、それに応えるように手を振り返す。
マグダも無表情ながらもしっかりとした手つきでジネットに倣う。
ロレッタは立ち上がり、両腕を大きく振り回している。
エステラは上品に小さく手を振る。
ナタリアは静かにそんな景色を眺めていた。
「お前は振らないのか、手?」
「私は給仕ですので。出しゃばるような真似はいたしません」
「観客は、手を振り返してもらうと嬉しいもんなんだぞ?」
「給仕でも、ですか?」
「あぁ。試しに振ってみろよ」
「……では」
俺に促され、控えめに手を振るナタリア。
すると、最前列で手を振っていた虫人族の女の子がきゃっきゃっと嬉しそうに飛び跳ねた。
「今、目が合いました。あの子と! あの子です! あの、虫人族の、触角を生やした黒髪の!」
「分かった。分かったから落ち着け」
ライブの客で「今目が合った」アピールを必死にするヤツはたまにいるが、お前は見られている側だからな?
「楽しいですね、これはっ」
うっすらと頬を紅潮させ、ナタリアのテンションが目に見えて上がっていく。
「今日は私のためにありがとうございます」
「お前のために集まったんじゃねぇよ!」
「見えてますか、後ろー!?」
「ロック歌手か!?」
「二階席ぃー!」なノリか!?
「ヤシロさん。本当にいいんでしょうかね?」
嬉しそうに、表情筋を緩めてジネットが言う。
「わたしたちはセロンさんとウェンディさんのお供ですのに、こんなに楽しませていただいて」
「いいんじゃないか? このポジションが楽しそうなら、やりたがるヤツも出てくるだろう?」
そうすりゃ、貴族なんかが『麻呂が結婚する時はパレードをするでおじゃるっ!』とか言い出して、そのための金を街へとばら撒くわけだ。
俺たちにとっては儲けるチャンスが増えることになる。
「存分に楽しんでやれ。その方が、セロンたちも喜ぶさ」
「はい! では、そうします」
満面の笑みを浮かべ、再び観衆へ手を振り始めるジネット。
その度に歓声が上がる。
まぁ、アレだな。
千葉方面の夢の王国のパレードだって、主役のネズミじゃないキャラでも手を振ってもらえると喜ぶもんな、客は。
そういうもんなのだ。
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