「「お姉ちゃん、マグダっちょー! 救助要請の大至急やー!」」
トムソン厨房にハムっ子が駆け込んできたのは、一連の騒動がようやく落ち着きを取り戻した頃だった。
「カンタルチカが崩壊間近ー!」
「従業員は寿命を削って奮闘中ー!」
要するに、客が多過ぎてカンタルチカが回っていないので手伝いに来いという、パウラとネフェリーからのSOSだった。
「むむむ、これはあたしの出番ですね!」
「……救世主の名前、それはマグダ」
馴染みと思い入れのあるカンタルチカの、他ならぬパウラからの頼みだからだろうか、二人は嫌な顔をするどころか「頼るのが遅過ぎだ」くらいの面持ちで立ち上がる。
「んじゃ、俺も手伝いに行くかな」
「それでは、わたしも」
「ちょーっと待つです、お兄ちゃん、店長さん!」
「……二人は、今日は休暇」
「そうです! 二人は滅多に休まないですから、今日くらいしっかりと完全休養するですよ!」
「いや、それを言うならお前らだって……」
「あたしとマグダっちょはほどほどにサボっているです! ね、マグダっちょ?」
「……ロレッタに言われて、仕方なく」
「ほわぁ!? 全責任あたしに押しつけてきたです、この小悪魔!?」
「……仕方なく」
この二人、頑張っているように見えて、実はこっそり息抜きをしていたらしい。
……っていうか、知ってるけどな。
最近なんか、「息抜きがうまくなったもんだな」なんて、ジネットと話していたくらいだ。
頑張り過ぎなくらいなんだよ、お前らは。みんな。
もっと休めばいいのに。
「疲れてないか?」
「平気です! 疲れてるどころか、今日一日遊んで英気養ったです!」
「……むしろ、要請がなければここの手伝いを始めるところだった。マグダ『は』真面目だから」
「あっ、ずっこいです、マグダっちょ! あたしも真面目っこですよ!」
わちゃわちゃ戯れるマグダとロレッタは楽しそうでありながらも、どこかすでに働くウェイトレスの顔つきに変わっていた。
「そんじゃあ、アタシも手伝ってやろぅかいねぇ」
「ノーマさんも手伝ってくれるです?」
「……けど、ノーマは少し酔っている」
「なぁ~に、大丈夫さよ。酔っ払い相手の接客なんて、ちょっと酔ってるくらいでちょうどいいさね」
からからと笑うノーマ。
なんだか今日はずっと上機嫌だ。
「なんだ? ノーマも行くのか? じゃあ、あたいも行こうかなぁ。今日はなんにもしてないから、体がなまっちまいそうだし」
デリアが腕の筋を伸ばしながら言う。
デリアの言う「何もしていない」というのは、仕事のことだろうか。
……こいつら、一日中街を歩き回って、なんでそんなに元気なんだ?
「はいは~い☆ 私も行く~!」
「マーシャに何が出来るんだよ?」
「カウンター業務~☆」
「あっ、それ地味に必要です! オシナさんがいなくなってから、実はあそこ地味に不評だったです! マスターだけだと華がないって!」
いやいやいや。
オシナがいた時の方が特別だっただけで……ま、一度いい思いをしたら、そっちを求めちまうのは人の性ってもんだよなぁ。
「あ、あのっ! 私もお手伝いしていいですか?」
「モリリっちょも来てくれるですか?」
「は、はい。あの…………さすがにちょっと、食べ過ぎたような……罪悪感が…………」
うん、まぁ……今日は歩いたせいか、物凄く箸が進んでたようだしな。
少しは運動がてら働いてもいいのかもしれないな、うん。
明日からは四十区に戻っちまうわけだし。
「でしたら、わたしも……」
「店長はたまには休めよ」
「そうさね。ここはアタシらに任せておけばいいんさよ」
「ですが、わたし、ここ最近は結構お休みを……」
「「「してないです!」さね!」ねぇよ!」
「……店長は陽だまり亭以外でも、教会の衣装作りとトムソン厨房の研修とエステラのところの給仕たちへのお菓子作り指南を行っていた」
ジネット、お前……そんなことまでしてたのか。
「そうだね。ジネットちゃんはしっかりと休むべきだよね」
エステラがゆらりと立ち上がり、ジネットの肩に手を乗せる。
立たせないように軽く力を込めてるな、あの手。
「ヤシロ。君は責任を持ってジネットちゃんを休ませるように」
「添い寝でもすればいいのか?」
「ジネットちゃん。これ、ボクのナイフ。貸してあげる」
物騒な物をジネットの懐に忍ばせるな。
忍ばせるスペースのなさに驚愕して、手に触れた圧倒的ボリュームにちょっと衝撃を受けて、その後でそっと肩を落とすな。羨ましい。
「食事が終わったら、陽だまり亭へ連れて帰って少し休ませてあげてよ。この後、ボクたちがお世話になる予定だからさ」
「あぁ……そりゃ一番の重労働だ」
今日はエステラの家の給仕たち全員が休暇だから、エステラとナタリアが泊まりに来るんだった。
すでにへべれけなルシアも泊まるだろうし……そうだな、ジネットは休ませておくか。今晩から明日の朝にかけての重労働に備えて。
「代わりに、ボクが手伝いに行ってあげよう」
「……ナタリア、援護を要求する」
「エステラが来ると、余計な仕事が増えるさね」
「エステラ、接客業に向いてないからなぁ」
「君に言われたくないよ、デリア!」
「分かりました。では、飲み足りない分は仕事の後陽だまり亭でいただくことにして、サポートに伺いましょう」
「任せるがよい、給仕長! 今宵の晩酌には私が徹底的に付き合ってやろう!」
「お願いしたい、飲酒はほどほどに、ルシア様」
あ、これはジネット休ませないと倒れるな。
ただでさえ夜には弱いのに。
「ジネット。お前は先に帰って少し仮眠でも取ってろ」
「そう、ですか?」
みんなお前と似たようなもんなんだよ。
ハロウィンの夜だから、いつもと違うことをしてみたいんだよ。
今日の失敗は、よほどのことでもない限り、大目に見てもらえそうだしな。
「では、お言葉に甘えて休ませていただきますね」
その代わり、明日からまたばりばり働くんだろうけどな。
こいつを休ませるのにも骨が折れるよ、まったく。
「よ~し、それではカンタルチカお助け隊、出発です!」
「……みんな、マグダに続いて」
「今あたしが仕切ったですのに、なんで先頭持ってっちゃうですか、マグダっちょ!?」
「……これが、カリスマ性」
「くふふ。な~んでもいいから、早く行くさよ」
「な~んか、ノーマちゃん機嫌がいいよね~☆」
「あぁ、ノーマのヤツ、占いでいい結果が出てからずっとあんな感じなんだよな」
「ぅわぁあっ! は、早く行くさね! ほらほら! ぼやっとすんじゃないさよ!」
「んだよぉ、ノーマ?」
「ほらほら、歩いた歩いた!」
わいわいと賑やかに、カンタルチカお助け隊が出陣していった。
あれだけの豪華メンバーが揃えば、どんな混雑も乗り越えられるだろう。
むしろ、ここに残ったルシアやリカルド、ハビエルやデミリー、ドニスやマーゥルの対応の方が心配だが…………ま、好きにやらしときゃいっか。
お付きの者たちに頑張ってもらおう。
ガゼル親子にはそこまでのものは期待できないしな。
多少の失礼は大目に見とけ、領主&ギルド長ども。
「とはいえ……」
箸を置いて店内をくるりと見渡すジネット。
「なんだか寂しくなりましたね」
ベルティーナはガキどもを連れてとっくに帰路に就いており、俺たちを取り囲んでいた面々がいなくなった後は、騒がしい店内が妙に静かに感じた。
聞こえてくる喧噪は、俺たちには関係のない会話ばかりだ。
ジネットも、少しだけ寂しそうに見えなくもない表情をしている。
……ったく。
「あいつらが一緒に働くってことは、そのままのテンションで全員陽だまり亭に押しかけてくる可能性があるってことだ」
疲れて家に帰るヤツもいるだろうが、エステラやルシアが泊まると知れば「じゃあついでに」と便乗するヤツもいるかもしれない。
「今日は夜まで騒がしくなるぞ。休めるうちに休んどけ。どうせ、精一杯のおもてなしをするつもりなんだろう?」
カンタルチカの客のためじゃなく、陽だまり亭に集まる連中のためにその腕を振るえばいいんだよ、お前は。
そんな思いを込めて言ってやると、ジネットの顔に喜色が戻った。
「そうですね。では、出迎えの準備をしておきましょう」
「もう帰る気かよ……」
そして働く気かよ。
休憩って言葉知らないのか、こいつは?
「ヤシロさん、お腹は膨れましたか?」
「まだ六分目ってところだな」
「では、陽だまり亭に着いたら何か作りますね」
「やっぱ帰る気なんだな」
で、拒否権はないっぽい。
食べた食器を片付けて、カウンターの向こうへと運んでいく。
レーラと二言三言言葉を交わし、ぺこりと頭を下げる。
わぁ、お暇の挨拶済んじゃった。
「さぁ、ヤシロさん」
その笑顔。反論の余地ないんですけど。
まったく、しょーがないヤツだ。
「この、わがまま娘」
「はい。今日はオバケですから」
少し青っぽいメイクの亡者シスターが楽しげに笑う。
まったく、しょーがないヤツだ…………この笑顔に逆らえない俺も、な。
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