改めて戦況を確認すると、ほぼ勝負はついていた。
「……ソフィー、最後の仕上げだ。全員に伝達を頼む」
小声で呟くと、ソフィーがこくりと頷く。
仕上げの一手間を伝え、それを出場選手へと伝えてもらう。
バルバラが立ち上がれないくらいに疲弊しているのは都合がよかった。
メドラが持つ棒が最後の二本だ。
それ以外の棒はすべてどこかの陣地へと運び込まれている。
「さぁ、そろそろ決着の時間だ。最後の悪あがきをしてごらんよ!」
「くそぉおお! 突撃だぁ!」
「「「「ぅぉおおおおおおお!」」」」
「ふん、捨て鉢かい。落第点だね」
メドラの体がブレて見え、忽然と消える。
突進していった狩人たちが目標を失い、味方同士で激突して折り重なるように地面へと沈む。
あんな巨体がどこに消えたのかと思ったら、マグダが空を見上げていた。
マグダの視線を追いかけて空を見上げると、その遥か先にメドラが浮かんでいた。入道雲みたいな巨体が空を飛んでいる。
棒を放り投げるのは禁止だが、棒を持ったままジャンプすることは禁止されていない。
そして、メドラの跳躍力を考えれば、あの巨体は間違いなく黄組の陣地まで到達するだろう。
もはや誰にも止められない。
そう思った矢先。
「逃……げる、なぁあ!」
バルバラが猛ダッシュからの大ジャンプでメドラの持つ棒へ手を掛けた。
空中で力任せに引っ張られ、メドラが驚いたような表情で振り返る。そして、すごく嬉しそうに口角を持ち上げた。
着地した時、二本の棒のうち一本は完全に黄組の陣地に入っていたが、バルバラが掴んだ棒は半分以上が陣地の外に出ていた。
競技は続行。
最後の一本の奪い合いだ。
「大した根性だね。褒めてやる」
「そんなもんいらねぇ! 棒を寄越せ!」
「あんたにゃ無理な話さ!」
「……なら、マグダが加勢すれば?」
「なっ!?」
バルバラの背後からマグダが飛び出し、直径20センチの棒にしがみつく、そして全身を使って棒を回転させる。
重機を使ってもびくともしそうにないメドラの腕が反り返るように持ち上がる。
「……バルバラ、引いてっ」
「ぅらぁぁああああ!」
バルバラが全身を使って全力で棒を引く。
だが、棒はピクリとも動かなかった。
「惜しかったねぇ」
マグダ渾身の奇襲でメドラに隙を作ることは出来たが、それが決定打とはならなかった。
もう一人、イネスかデボラがいてくれればなんとかなったかもしれない。
如何せん、バルバラに残された体力がなさ過ぎた。へたへたと地面に座り込んで、激しく肩を上下させている。
あれでは、強奪は不可能だ。
「マグダの判断は悪くなかった。あんたがウッセのボウヤたちと共闘していれば、一本くらいは取られていたかもねぇ」
「……仮定は所詮仮定。その条件であってもやはり取れていなかったかもしれない」
「まぁ、そりゃそうさ。けどね、アタシは嬉しいんだよ、あんたの成長と――」
メドラのデカい手がマグダの頭を撫でて、そしてバルバラの頭に覆いかぶさる。
「こんな無鉄砲な若い娘に出会えたことがね」
鬱陶しそうにメドラの手を払いのけるバルバラ。
悔しさが勝ってメドラの称賛が素直に受けられないらしい。
「その悔しさ、忘れんじゃないよ」
言って、メドラが棒をマグダに手渡した。
「褒美だ。持って帰りな」
「……けど」
「あんたらの頑張りは棒一本分の価値がある。アタシがそう判断したんだよ」
「……分かった。もらい受ける」
マグダがラスト一本の棒とバルバラを抱えて白組陣地へと戻っていく。
隙だらけのマグダを狙う者は誰もいなかった。
もしいたとしても、メドラや給仕長ズに妨害されていただろうけどな。
「はぁ……はぁ…………くそぅ……!」
奥歯を噛み締めるバルバラ。
お前は気付いてないんだろうな。
お前の頑張りを見て心を打たれたヤツが周りにたくさんいるってことに。
なかなか大したもんだったぞ。根性だけはな。
だってよ。
本当は動く予定がなかったマグダが思わず助太刀に向かっちまったんだからよ。
マグダも大の負けず嫌いだからな。お前の悔しさに共鳴したのかもしれないぞ。
マグダを動かしたんなら、そりゃあ十分な戦果だ。胸を張ればいい。
まぁ、今は精々悔しがっておけよ。
マグダが白組陣地に入って、フィールドの棒がなくなった。
競技終了だ。
給仕が各チームの陣地に駆けていき、棒の獲得本数をカウントしていく。
俺たちの賭けは、メドラとウッセたち狩猟ギルドがそれぞれ一本ずつ獲得したのでドローだ。
もしかしたら、メドラが気を利かせてドローにしてくれたのかもしれないけどな。
なんだかんだと、自分のギルドの構成員には甘いからな、メドラは。ウッセたちも敢闘賞ってところなのかもしれない。
「獲得点数の集計が終了しました」
給仕の声が上がり、選手が全員注目する。
「一位は黄組、19本!」
わっと黄組から歓声が上がる。
黄組はメドラ以外のメンバーで効率よく棒を獲得していた。
「残念だったわね、ヤシロ」
パウラが勝ち誇った顔で俺の前までやって来る。
その隣には、悠然と歩くノーマがついている。
「メドラさんを封じたつもりだったかもしれないけど、逆だったんだよ。メドラさん一人で狩猟ギルドを封じていたんだから!」
「青組が大人しかったおかげで、こっちは随分とやりやすかったさね」
うっすらと汗をかいているノーマとパウラ。
相当走り回って獅子奮迅の活躍をしたのだろう。
その証拠に――
「――ノーマの体操服に谷間汗染みが出来ている」
「どこ見てんさね!? あんたはもっと現実を見るんさよ!」
「そうだよ、ヤシロ。白組、大変なことになっちゃうんだから」
「じゃあね」と、短い言葉を残してパウラとノーマは去っていく。
「続きまして、第二位は赤組、15本!」
ルシアが声を枯らさん勢いで指示を飛ばし、ギルベルタがうまく潤滑油と緩衝材の役割を果たし、パワー押しの赤組は黄組に次ぐ高成績を残していた。
ルシアが直々に選手に激励の言葉をかけている。
相当嬉しかったようだな。こっちにイヤミを言いに来るのも忘れてすごいはしゃぎようだ。
「見ましたこと!? ワタクシの華麗なる活躍を!」
イメルダも、なんか活躍していたらしい。物凄く誇らしげだからきっと何本かゲットしたのだろう。
そういえば木こりでチームを組んで東奔西走していたっけな。
「そして三位は青組、9本!」
狩猟ギルド五人を欠いて半分の五人で健闘した青組。
ナタリアが黄組と赤組をうまく牽制し、エステラを中心としたチームが一丸となって地道にポイントを稼いでいた。
やはり、ここで狩猟ギルドを潰していなかったら青組の独壇場になっていたことだろう。
「最後になりますが、最下位は白組、7本です!」
白組からは、なんの声も上がらなかった。
ただ、ジッと――
選手たちがジッと俺を見つめていた。
俺は何も言わない。
口にする言葉を持っていない。
俺の指示で選手は動いた。
棒を『獲得する』ことよりも『獲得させない』ように動けと。
狩猟ギルドとメドラをぶつけて潰し合いをさせろと。
その結果が、これだ。
「身に沁みたかい、ヤシロ」
エステラが汗を拭きながらやって来る。
想像通りの結果を得て、俺に高説を垂れに来たのだろう。
「人を落とそうと穴をたくさん掘れば、いつか自分がその穴にハマってしまうことがあるんだよ」
他人の足を引っ張ることに躍起になって、自分たちの得点を疎かにした。そう言いたいのだろう。
敵を潰せば自分たちが自然と伸し上がれるなんて勘違いだと――そこまで思っているかどうかは分からんが、そういうことを言いたいのだろう。
「ごらんよ、ヤシロ。総合得点の集計結果が出たようだよ」
すでに暗算して結果を把握しているのであろうエステラが、自信に満ちた顔で得点ボードを指差す。
「ボクは約束通りトップの座を守った。そして君は――自分の掘った穴にハマってしまったようだね」
表示された得点は――
青組 3630ポイント
黄組 3580ポイント
白組 3380ポイント
赤組 3480ポイント
白組が最下位であることを明示していた。
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