「ヤシロォ……なんだったの、さっきの変な人……」
ネフェリーが塵取り片手に顔を引き攣らせている。
うん。お前も十分変な人に分類されると思うけどな。
しかし、なんだな。こいつのニワトリフェイスを見慣れちゃってる自分に危機感を覚えるな。
「すっごくいっぱい、変な粉撒き散らしていったんだけど……」
「興奮してたからなぁ……あ、それ鱗粉なんだ」
「えぇ……なんか汚ぁい……」
こらこら。
ウェンディも出すんだぞ、それ。発言には気を付けてやれよ。
「チボーは人間を警戒しているからな。興奮も一入だったのだろう」
「自分たちが見世物にされると、そして物笑いの種にされると思って乗り込んできたらしい」
「それで騒ぎを起こしては、結局多くの者に奇異の目を向けられるというのに……愚かな」
自区の領民の不手際を嘆くように、ルシアが肩をすくめる。
半裸タイツのオッサンが鱗粉撒き散らして歩いていたら、まぁ、見るよな。
「大方、人間である私たちと一緒にいたところを見られでもしたのだろう」
「それで、人間が総出でウェンディを結婚させようとしている……ってか?」
「確かに、三十五区の領主であるルシアさんがこちらに協力しているって知ったら、焦るかもしれないね、ウェンディの両親は」
「うむ。エステラの言う通りかもしれんな。私が動いたことで、あらぬ不信を買ったのかもしれん」
俺たちだけなら聞く耳持たない作戦で突っぱねることも可能だろうが、領主が相手ではそうもいかない。
もし本当に、俺たちとルシアが一緒にいるところを目撃したのだとすれば、チボーたちは相当焦ったことだろう。
「もとより、『貴族』というものに対し、信頼など寄せてはいなのだろうがな」
自嘲気味にルシアは呟く。
虫人族が人間を警戒するようになった原因の一つに、シラハの負傷があるからな。
シラハを傷付けた貴族を敵視している者は、きっと多いだろう。
「ウェンディの両親は、貴族を警戒しているんだろうね……もともとは、シラハさんのことがきっかけで人間を警戒するようになったわけだし」
「うむ。そうであろうな」
誰に言うでもなく呟いたエステラに、ルシアが答える。
「オルキオの親族が屋敷に火を放ったというのが知れ渡ってな」
「犯人はすぐに特定されたのか? 状況証拠だけなら、なんとでも言い逃れできそうだが」
実際、貴族や権力者はそうやって事実を揉み消すことが多い。
オルキオの親族も貴族だったんだ、それくらいはやるだろう。そうやって揉み消す自信があるから、放火なんて大それたことを仕出かしたのだろうし。
「言い逃れは不可能だったさ。凄まじい火災になって、辺りを焼き尽くし、大きな爆発まで引き起こして屋敷が吹き飛んでな……相当問題になったのだ」
……爆発?
放火で、爆発?
「それが原因で、オルキオの一族は王から貴族の権利を剥奪され平民に落とされたと聞いている」
「厳しい罰ですね。被害者であるオルキオも貴族の権利を剥奪されるなんて……」
「貴族同士の揉め事は両成敗というのが、古くからの慣例だからな」
「まぁ、屋敷が吹き飛ぶほどの業火を放つというのはやり過ぎですよね。オルキオは気の毒だけど、親族の方は剥奪も仕方なしって感じですよね」
「いや。おそらくだが、親族もそこまでの大事にするつもりはなかったんだと思うぞ」
「え?」
シラハの屋敷で聞いた話によれば、親族はオルキオとシラハの結婚を解消させようと嫌がらせを始め、それに反発されたことでムキになった節がある。
その当時は相当頭に血が上っていただろうが、それで夫婦もろとも息の根を止めてやろうとはしないはずだ。精々『痛い目に遭わせてやる』くらいの気持ちだったことだろう。
だが……
「火を放って脅すだけのつもりだったオルキオの親族にとって、一つの誤算があった」
「誤算?」
「オルキオとシラハの住んでいた屋敷には、シラハの鱗粉が大量に舞っていたんだよ」
「あ……っ」
一度、ウェンディの実家で鱗粉が燃え上がる様を目撃しているエステラ。その威力のほどは察しがつくだろう。
一緒にいられる喜び。
親族から受ける嫌がらせへの憤り、悲しみ、苦悩……
そんな感情の変化が、シラハに鱗粉を噴出させていたのだ。
そして、そんなこととは知らない親族が火を放ったところ……
「鱗粉に引火して、一気に炎上……爆発してしまった。ってとこだろうな」
粉塵爆発ってものがある。
その破壊力は想像を絶する。
たかが粉と侮るなかれ。
小さな粒だからこそ、空気中に舞い、目視しにくく、燃えやすいのだ。
「なるほど。軽い気持ちで……まぁ、放火はどう考えても許せないけれど……そこまでの大事になるとは思っていなかったっていうのは、信憑性があるね」
「ふむ。カタクチイワシにしては理に適った推論だな」
まぁ、あくまで推論の域を脱しないけどな。
けれど、それが立証されれば、虫人族たちの見る目も変わるかもしれない。
シラハが触角を失うことになったあの事故が、完全なる故意ではなかったということが知れれば、少しくらいは、な。
「ん? ……あ、そうかっ!」
ネフェリーの持つ塵取りに視線をやる。
こいつは、使えるかもしれない。
「ちょっと出かけてくる! ネフェリー。この鱗粉、袋に詰め込んでおいてくれないか?」
「ちょっとヤシロ、どこ行く気よ?」
「この鱗粉を活用できるヤツのところだよ」
「はぁ?」
「ヤシロ。何か思いついたんだね。ボクも付いていっていいかな?」
「好きにしろよ」
訳が分からないという顔をするネフェリーの横で、何かを悟ったような顔をしたエステラがほくそ笑む。
エステラの場合は、何かが分かったっていうより、「なんか知らないけど面白そうだ」って顔だけどな。
「ヤシロ。出かけるんかぇ?」
「なんだよ。そろそろ夕飯時だから客が増えるぞ?」
「まぁ、オイラたちだけでも回せるッスけど……不安ではあるッスね」
ノーマにデリア、そしてウーマロが不安そうな顔で集まってくる。
今日一日で、こいつらはお好み焼きと焼きそばをマスターしていた。
任せても問題ないだろうが……
「今日頑張ってくれたら、結婚式の時に特等席でいい物を見せてやる」
「それが、これから作ろうとしてるものなんさね?」
「なんか知らねぇけど、そういうことなら任せとけ! どれだけ客が来ても捌いてみせるぜ! ウーマロが!」
「丸投げされたッス!?」
こっち三人は若干不安ではあるが、まぁ、マグダとロレッタがいれば大丈夫だろう。
……って。なんだか、立場が変わっちまったな。
昔は、マグダとロレッタに不安を感じて、ジネットがいれば大丈夫だろうって思ってたのにな。
「期待に応えろー、ウーマロー!」
「お前が言うなッス! あと呼び捨てやめるッスよ、ハム摩呂!」
「はむまろ?」
「よし、ウーマロ。ハム摩呂に付いて、しっかり接客してくれよ」
「えっ!? オイラ、ハム摩呂の下ッスか!?」
こんな変化を、少し嬉しいと思っちまうあたり……俺も随分毒されてるよな。ジネットのお人好しオーラに。
「それじゃあ、ヤシロ。行こうか」
「おう」
「ルシアさんはどうしますか?」
「はぁ、はぁ…………こ、この店には獣人族がこんなにたくさん…………て、天国かっ!?」
「よし、エステラ。踏ん縛ってでも連れて行くぞ」
「うん。そうだね」
エステラも、ようやくルシアの扱いに慣れてきたらしい。
そうそう。こういう手合いは甘やかしてはいけないのだ。
強制連行。刃向うようなら、強制送還だ。
「ハム摩呂とやらっ! 一度、一度でいいからモフらせてくれっ!」
「はむまろ?」
「はいはい。青少年に手を出すと、さすがのルシアさんでも訴えますよ」
「ハム摩呂ぉーっ!」
「見たことない女性の、魂の叫びやー」
獣特徴丸出しのハム摩呂が甚くお気に召したらしい。
ルシアが男にここまで興味を示したのは初めてな気がする。
……まさか、ハム摩呂が初恋?
いやいやいや。
「でなければ、あのキツネ娘の尻尾をモフらせろぉ!」
「じゃあ、俺はおっぱい担当で!」
「エステラ! 早くその二人を外へ放り出すさねっ! 早くっ!」
煙管をビシッと構えて外を指し示すノーマ。
なんだよ。ケチ。減るもんでもなし……むしろ増える可能性が高いのに。
「ルシアが変態過ぎるせいで警戒されてしまった……」
「大丈夫。二人揃って十分過ぎるほど変態だからね」
「言うようになったな……エステラよ」
エステラに首根っこを掴まれて、俺とルシアは陽だまり亭から引き摺り出されてしまった。
外に出ると、マグダとロレッタが見送りに出て来てくれた。
「お兄ちゃん。お店のことはあたしとマグダっちょに任せるです! でも、お仕事が終わったら、また一緒に遊んでです!」
最近、何かと走り回っていて、こいつらと過ごす時間が取れていなかったな。
時間が出来たら思いっきり遊んでやるか。
「……ヤシロ」
そして、店長代理の名のもとに、現在陽だまり亭の最高責任者となったマグダが頼もしい無表情で俺を見つめる。
「……帰ってきたら、マグダが最高に美味しいたこ焼きをご馳走する」
まぁ、正直。一日中ソースの匂いを嗅いでいて……ちょっと飽きてきてはいるのだが。
「おう! 楽しみにしてるぞ!」
マグダが最高に美味いって言うんなら、食わないわけにはいかないよな。
夕飯はたこ焼きに決定だ。
マグダとロレッタに見送られ、俺と領主二人は大通りに向かって歩き出す。
「どこ行くのさ?」
「レジーナのところだ」
目指すはレジーナの薬屋だ。
「その鱗粉をどうするつもりなのだ、カタクチイワシよ?」
「こいつを使えば、いい物が作れるんじゃないかと思ってな……」
ネフェリーから受け取った袋詰めの鱗粉をぽんと叩き、密かな野望を燃やす。
こいつが完成すれば、きっとこの街の歴史が変わる。
どんな催し物も、一発で大盛り上がりに出来る、究極のアイテム。
「打ち上げ花火を作るぞ」
レジーナなら、それが出来る。
そんな気がするんだ。
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