異世界詐欺師のなんちゃって経営術

分割版π(パイ)
宮地拓海
宮地拓海

追想編12 ロレッタ -3-

公開日時: 2021年3月12日(金) 20:01
文字数:3,163

「あたしたちがこうしていられるのも……笑っていられるのも……生きて、いられるのも……みんなお兄ちゃんのおかげです。どんなに尽くしても返しきれないくらいに、お兄ちゃんには恩があるです」

 

 悔しかったのか、拗ねてしまったのか……

 あたしは、普段なら絶対にしないような……ウチの妹がたまに見せる世話の焼けるいじけ方をしてしまったです。

 

「それを返すには一生かかってもまだ足りないです。だから、何がなんでも、お兄ちゃんのために役立ちたいです。お兄ちゃんを思っていたいです。大切にするです。それのどこがおかしいですか!?」

 

 八つ当たりです。

 みっともないです。

 

 おまけに、どうなれば自分が納得できるのか、自分でも分からない、性質の悪いヘソの曲げ方をしているです。

 

 なんかイヤです。

 なんか気持ち悪いんです!

 

 お兄ちゃんが悪いんです。

 あたしが、自分で納得してへらへら笑っていたのに、それを奪うから……

 こんな体勢で優しくなんかするから……

 

「あたしは恩返しをさせてほしいです! 何がなんでもお兄ちゃんのために生きるです! あたしの人生はもう、お兄ちゃんのためだけにあるんです!」

 

 ……ムキになっちゃったです。

 

「お兄ちゃんがいたから、今のあたしたちがあるです! お兄ちゃんのおかげで、今、あたしたちは幸せなんです! だから、お兄ちゃんのためになら、あたしは……っ」

 

 ――ギュッ、と、抱きしめる腕に力が入ってあたしの言葉を遮ったです。

 …………頭の真ん中がじんわりと熱を帯び始めて……少し、泣きそうになってきたです。

 

「だって……だって…………お兄ちゃんがいたから……」

「お前らがこの街に受け入れられたのは、お前らが頑張ったからだ」

 

 そんな言葉、あたしには響かないです。

 だって、あたしは確固たる自信を持って言えるです。

 

「その、頑張れる場所をくれたのはお兄ちゃんです」

「そうじゃねぇよ」

「違わないです」

 

 お兄ちゃんはすぐに自分の手柄をなかったことにするです。

「たまたまだ」

「ついでだ」

「大したことじゃない」

「俺は何もやっちゃいねぇよ」って……

 

 けど、これだけは譲れないです。

 あたしたちは、お兄ちゃんがいなければ、今のように毎日笑って生活できていなかったです。

 

 それだけは、絶対に!

 

「全部お兄ちゃんがいてくれたおかげなんです! これは絶対です!」

「あぁ。だからこそだよ」

 

 …………へ?

 だからこそ……とは?

 

「俺は結構頑張っただろ? 大雨の中走り回ったし、頭もひねった。領主まで引っ張り出してきて、お前らに仕事を与えてやった」

 

 そ、そう……です、

 まさに、その通りです。

 

「それが、お前の功績なんだよ」

「……? よ、よく、分かんない、です、よ?」

 

 顔を上げると、お兄ちゃんは自信満々な笑みを浮かべてたです。

 お兄ちゃんが物凄く頑張ったことが、どうしてあたしの功績になるです?

 頑張ったのはお兄ちゃんで……あたしは…………

 

「お前だから、俺は頑張ったんだよ」

「…………………………ぇ?」

 

 あたし……『だから』?

 

「お前や、お前の弟妹たちだから、『なんとかしてやりたい』って思ったんだよ」

 

 ほっぺたを、むに~んと、摘ままれたです。

 それでもあたしの頭の中には『?』が飛び交っているです。

 

「基本的に俺は、他人が不幸になろうが知ったこっちゃないし、目の前で誰かが飢えていても、赤の他人なら平気で無視できるような男だ」

 

 それは……当たっているような当たっていないような…………

 

「けど、お前らは放っておけなかった」

「…………」

 

 頭が真っ白になったです。

 

 お兄ちゃんが優しいのは、もう十分過ぎるほど知っていたつもりです。

 なのに…………

 

 こんなに素直な言葉でそう言われて…………泣きそうになったです。

 

「この俺にここまで思わせて、どうにかなるように動かしたのは、紛れもなく……」

 

 頭に手を置いて、目線を合わせて顔を覗き込んでくる……

 お兄ちゃんの顔がすぐ目の前にあって……そこから、優しい言葉がもたらされる…………

 

「お前だぞ、ロレッタ」

 

 ぽろりと、大粒の涙が零れ落ちたです。

 はっきりと分かるくらいに大きな雫が……

 

「もっと自分を誇れ。この俺にここまで言わせられるヤツはそうそういない。世界に五人くらいのもんだ」

「ぅ……ぐす……そ、それは…………すごい、です……ね」

 

 おどけてみせようとするも、どうしてもうまくいかない。

 涙が声を詰まらせて、鼻水が呼吸を止めて、目の前が歪んでいくです。

 

「へ、へへへ……お兄ちゃんのトップファイブに、あたし、入ってるですか? う……嬉しい、です」

「……あ、ごめん。よく数え直したら七番目だったわ」

「イヤです! 誰か二人落としてです! 意地でもトップファイブに入れておいてです!」

「あ、見ろ見ろ。種が取れた」

「これでもう一安心ですけど! 今はそれよりランクダウンの話です!」

 

 こんなランクダウンは承諾できないです!

 

「お前。俺に忘れられてもいい、それでもそばにいよう――なんて考えてたろ?」

 

 うぅ、お兄ちゃんは一体どこまで鋭いんですか……

 

「諦めんなよ、そんな簡単に」

「で、でもあたし……お兄ちゃんに迷惑かけたくないですし……」

「かけていいよ。つか、かけろよ」

 

 え……っという暇もないくらいに、それは突然やってきて……

 

 

「俺がお前を守りたいって思ってんだからよ」

 

 

 ――あたしの脳みそを強制終了させたです。

 

 な、なんですか……それ…………そんなの…………ズル過ぎです。

 

 あたしは、いい妹でいたいって……思っているですのに…………

 

 

 

 そんなの、惚れてまうです…………

 

 

 

「むぁぁあああっ! お兄ちゃんは、あたしの計画、全部ぶち壊すですっ!」

「ふはははは! ぶち壊されるような計画しか立てられないお前が悪い!」

 

 そう。

 そうです。

 こうやって、くだらない言い合いをしているのが堪らなく楽しいです。

 

 だから、あたしは、ずっとずっと一緒にいたいです。

 

 お兄ちゃんと。

 

 

 …………ヤシロさん、と。

 

 

「――っ!?」

 

 それは、マズい!

 その想像はダメです!

 鼻血が込み上げてきたです!

 

 恥ずかし過ぎるです!

 

「おねーちゃーん!」

「おねーちゃんー!」

「おねちゃーーん!

「ねちゃー!」

「な、なんです、あんたたち!?」

 

 妹たちの声に振り返ると、なんか一列に並んでたです。

 

「抱っこー」

「順番ー!」

「早く代われやー!」

「あとがつかえとんねんぞー!」

 

 だっ…………抱っこ…………って……!?

 

「あ、あんたたちっ、見てたですか!?」

「見てたー!」

「オッサンたちも見てたー!」

「ここ、大通りー!」

「観衆いっぱいー!」

「ふなぁぁあああっ!?」

 

 これは、さすがに、恥ずかしいです!

 公衆の面前で甘えてしまったです! 長女の面目丸潰れです!

 

「あ、あたし! 陽だまり亭に戻って店長さんのお手伝いしてくるです!」

 

 三十六計逃げるに如かずです!

 …………二十八くらいでしたっけ? 三十…………?

 

 とにかく、逃げるです!

 

 幸いにも、お兄ちゃんは妹たちに飛びつかれて身動きが取れない状態。

 

 ……今、何か優しい言葉の一つでもかけられたら、妹たちの前で赤面してしまうです!

 姉の恋路など、幼い妹たちにはまだ早いです! っていうか、見せられないです! 恥ずかしいです!

 姉の女の部分とか、トップシークレットです!

 

 あたしはその場を離れ、逃げるように大通りを駆け出したです。

 

「ロレッタ!」

 

 後方で、あたしを呼ぶ声がするです。

 その声の主はお兄ちゃんで、お兄ちゃんはあたしに向かって、いつもの、変わらないあの笑顔でこう言ってくれたです。

 

「頑張れよ!」

 

 それは優しい言葉。

 そして、心地のいい言葉。

 

「はいです! 当然頑張りまくるです!」

 

 

 あたしはお兄ちゃんが好きです。

 でも、今はまだお仕事を精一杯頑張っていたいです。

 

 だからもし、あたしがもっと大人になって、店長さんくらいのおっぱいになったら……

 

 その時は、お兄ちゃんを遠慮なくもらい受けるです。

 

 大人になったあたしは、きっと今よりもっと可愛くなってるはずですから!

 

 

 

 

 

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