見事『台風の目』を制した我が白組は……相変わらずの最下位だ。……ちっ。
「……諸君。先ほどの勝利は反撃ののろしに過ぎない。これからが本番」
チームリーダーマグダから激励の言葉が贈られる。……激励、かな?
ともあれ、今の勝利が逆転への第一歩となったことは確かだろう。
……でだ。
「お前がちゃんと踏ん張ってれば、アーシらも抜かされなかったんだよ!」
「テメェ様が一人で暴走しやがったせいだろうがですよ!」
……この二人だ。
一応勝利はしたものの、自分たちのチームが足を引っ張ったことがどうにも許せないらしい。
それも、「自分のせいで……」ではなく、「お前のせいで!」という悪い方向で、だ。
「あ、あの……ヤシロさん」
あぁ、はいはい。
心配なんだな、ジネット。
けどまぁ、そんなに気に病むな。
「モコカ、バルバラ。あれは作戦のうちだ。おかげで手堅く勝てたって面も少なからずある。そう気に病むな」
「「いいや、こいつには反省が必要だ」ですよ!」
と、お互いを指差していがみ合うモコカとバルバラ。
はてさて…………面倒なことを引き受けちまったもんだよなぁ、まったく。
知らず、視線が貴賓席へと向かう。
エステラから贈られたのだという日傘の影に隠れながら、優雅に微笑む一人のオバハン……マーゥル。
こりゃあ、モコカがマジで貢献してくれなきゃ割に合わねぇよな。
分かりやすく衝突する二人の獣人族の影響で、空気が荒み気味の白組陣地。
ジネットははらはらしているし、ロレッタもどう声をかけたものかといがみ合う双方の顔を窺っている。
マグダは……腕を組んでふんぞり返っている。なにその余裕の態度? あ、こっち見た。俺に「なんとかしろ」って丸投げのポーズだな、あれは。
そんな中、シスターとしての使命に燃えたソフィーが渦中に飛び込んでいく。
「お二人とも。争いはそのくらいに。精霊神様はおっしゃっています、『争いは人の心を摩耗させ輝かしい未来をも……』」
「「うっせぇ」ですよ!」
「はぅうう……リベカぁ……!」
「こりゃあー! そなたら、ウチのお姉ちゃんを苛めるななのじゃ!」
あえなく撃沈。……弱いなぁ、もう。
俺にはメイスをチラつかせたりするくせに。
「ヤシロ様」
と、鋭くも落ち着いた声が白組陣地に入り込んでくる。
振り返れば、ナタリアが涼しい顔をしてそこに立っていた。
「見事な勝利でした。こちらの予想を裏切る大注目の戦法、まさに台風の目のような戦いぶりでしたね」
そんな激励とも皮肉とも恨み節とも取れるような発言を、なんの感情も感じさせない声で言う。
「次があれば、ルール改正されそうな勝ち方だったけどな」
「おそらくそうなるでしょうね。けれど、今回は初めての試みですので、完成度よりもエネルギッシュさを重要視させたいと、エステラ様もおっしゃっていました。私としても、これでよいのだと思っています。ただ――」
と、いがみ合う二人に視線を向ける。
「スポーツは人を興奮状態へと導きます。時には行き過ぎるほどに……」
こいつが今、わざわざそんなことを言いに来るということは……
気にかけてくれているわけだ、ナタリアかエステラが。もしくはその両方が。
要するに、世間話のついでにいがみ合う二人にとって最良だと思えるアドバイスをしに来てくれたわけだ。
まぁ、目に余るからな、今のこの状況は。
お前んとこも狩人と牛飼いがいがみ合ってたろうにこっちに気を回すとは、ご苦労なこった。
「それで、次の競技なのですが――そちらのお二人を競技に……」
「そこまでです、ナタリア・オーウェンさん」
俺とナタリアの間にイネスとデボラが割り込んでくる。
……なんだよ?
「ここから先は白組内の事案です」
「忠告は感謝しますが、そこは我々の領分です」
「…………ここは四十二区ですが?」
「それを言い出すのであれば、モコカさんは二十九区の領民ですよ」
「それに、バルバラさんはまだ四十一区の領民であると聞き及んでいますが」
なんか、不穏な空気が立ちこめ始めたぞ!?
また新たな火種か!?
「…………私は、『BU』ナンバーワン美女ですが?」
「残念ながら、ナタリアさんフィーバーは現在終息に向かっています」
「そうです。ブームなど一過性のものに過ぎないのですから」
「そうですか。ブームが過ぎ、私はただのアイドルから……レジェンドになったわけですね」
「「ポ、ポジティブだ……」」
ん?
そんな言うほど不穏でもないかな?
なんかいつものナタリアだわ。うん。
「どうやら、お節介焼きの給仕長がおいでなようですので、私は自軍へ戻ります」
「おう。悪かったなわざわざ」
「いいえ。この運動会の意義を考えた時、どう行動するのが最適かを考慮した結果です」
区民運動会は領民たちの団結力を高める楽しいイベントであるべきだ。――と、エステラは思っているのだろう。
ナタリアはそれに従っているわけだ。
だからこそ、区民運動会が原因で仲違いして、ケンカ別れに終わるなどあってはいけないのだと。
けどまぁ、心配すんな。
こっちの都合でちょっと小火を起こしたような状況だから。
心配する必要はないと示すために、俺は無言で貴賓席を指差しておく。
その先にはマーゥルがいるわけで……ナタリアならこれで理解してくれるだろう。
「貴賓席…………シンディ給仕長のおっぱいが意外と大きい、というお話でしょうか?」
「違う! もうちょっと横!」
「横乳、ですね?」
「『ですね?』じゃねぇんだわ! なにその『全部分かってますから』みたいなキリッとした顔!? 全然意思疎通できてないからね、今現在!」
ホント……ナタリアはある特定の条件下以外では頼れる給仕長なのに…………俺のそばにいるとその『特定の条件下』になっちゃうことが多いんだよなぁ。あぁ、残念だ。
そうして、ナタリアが青組陣地へと帰っていく。
ま、白組内での争いは、白組内で収めるさ。
「あのぉ、ヤシロさん……一体どういう……?」
俺たちのやりとりを見ていて、何かを感じたらしいジネット。だが、肝心のところには思い至らず、なんだかやきもきした表情をしている。
「要するに、モコカとバルバラは大丈夫だってことだよ」
大丈夫というか、大丈夫にさせるというか……
「コメツキ様」
「う~っわ、返事したくねっ」
「一つ提案があるのですが」
「呼び名が気に入らないので却下する」
「あの二人を次の競技に参加させてみては?」
イネスは聞く耳というものを持っていないらしい。
俺の抗議がするっと無視された。
「先ほどのやりとりを拝見して、あなたが何を考えているのかが分かりました」
イネスに続いて、デボラも状況を察したようだ。
そして、ナタリアが持ちかけようとした案と同じ結論に達したらしい。
「それじゃ、イネス、デボラ。モコカを頼めるか?」
「分かりました」
「少し話をしてみましょう」
言って、給仕長二人が音もなく歩を進める。
そして、不意に立ち止まり、こちらへと振り返る。
「「そろそろお時間です」」
「なんのだよ?」
「褒めてください」
「割とお役に立てたと、そう自負しておりますが?」
……えぇ、マジで定期的に褒めるの?
「よく気が利く給仕長たちだなぁー」
「取ってつけた感が凄まじいですね」
「感情というものが感じられません」
当たり前だ。取ってつけたんだから。
「けれど……まぁ、よしとしましょう」
「最初はこの程度が妥当でしょう」
涼しい顔で言って、二人揃って背を向け、軽くスキップを踏みながら遠ざかっていく。
分かりやすいな、どっちも!?
え、『BU』っ子ってそうなの? みんなそんな感じなの?
「うふふ、喜んでおられますね」
「そーなのかねぇ……」
俺には、四十二区に関わったせいで、なんだか深刻な病を発症した患者のように見えるのだが……
まぁ、腐っても給仕長。任せておいて大丈夫だろう。
……給仕長が腐るといろいろと面倒くさいことになるんだが、自区で腐る分には好きにすればいい。俺には関係ない。うん、俺は知らない。他人事を貫こう。
というわけで、こっちはバルバラを宥める係だ。
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